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浮き上がる事実

                    1


現在地は見知らぬ森にできた広場。

目の前に立っているのは白を基本とした豪華な鎧に身を包む美女。

そして、辺りを取り囲む屈強な騎士。


(やばい……どうしようこの状況…)


完全に退路を断たれた成斗は一応今はおとなしく座っている。

数分前までの状況だったらダッシュで逃げることも考えたが、ぞろぞろと集まってきた騎士達によってそんな考えは見知らぬ世界に羽ばたいて行ってしまった。


「とっ、とりあえず名前を教えていただいても、その、よろしかったり…しますでしょうか?」


最大限の注意を払いながら、なるべく相手を怒らせないように会話を始める。厳つい男たちに美女と二人、向かい合って座ったままというのも耐えられるものではない。


「そうですね、至らず申し訳ありません。私の名はクレア・レンベルクと申します。クレアとお呼びください、王よ」


最後に付け足された言葉に触れないように頭の中に『クレア』という名前を押し込み、成斗もひとまず名乗る。親しくしたいわけではないが、名前だけ聞いて言わない訳にもいかない。


「よろしくクレアさん。俺は一条成斗。俺も成斗でいいよ」

「セイト様ですか。王に相応しい凛々しいお名前をしていらっしゃる」


クレアはそう言って、うんうんと頷き、なぜだか周りの騎士達も同じく頷く。ゴツい男達の、しかも集団での笑顔などあまり見たいものではなかった。

眼前に広がる異様な光景から成斗はそっと視線を外す。


「少し質問していいですか? とりあえず、ここか何処だか知りたいんですけど」

「現在地ですか、ここはエストニア王国の南端、カチテア領とノイ領の間に位置するテテオの森と言います」


質問した途端、クレアの口から一気に見知らぬ名前の連続掃射が開始される。その弾丸はクレアの知らないうちに成斗の僅かな希望を撃ち抜いていた。


(だよな~、やっぱ日本じゃないよな~。日本に王国なんて無いし、さすがにこの人達総出でドッキリやってるわけもないし。なんとか飛行機探して日本に帰らねば)


「それと、セイト様の居られた世界ではありません」

「心読んだの!? 後、何その時間差ハートブレイク! 作戦だとしたら大成功、俺の心は粉々ですよ」


塞き止められた濁流が一気に氾濫するかのように飛び出す成斗の言葉にクレアは少したじろぐ。

それとは対照的に成斗の勢いは止まらない。


「よーし、この際もう触れてやる! 無視して終わらせたかったけどしょうがない、なんで俺が王様なんて呼ばれてるんだ!? 俺は唯の高校生だぜ?」

そう言い放った瞬間、クレアの瞳がこれまでと違う鋭さを映し出した。

「いえ、それは違います」

静かな、それでいて重たい声だった。その一声で成斗の勢いは制されてしまう。


「貴方様が唯の人などと世迷言を。貴方は光の龍印をその身に宿す、エストニア王国の正統王位継承者なのです」


ゆったりとした一言はまるで剣のような言葉だった。振りぬかれたその剣は動揺と困惑に包みこまれた成斗の心に確かな一撃を与えた。

もはやこれまでのような驚きの声など出ない。静かにクレアの言葉へ耳を傾ける。


「戸惑うのも無理はないでしょう。少しだけ、お話を聞いていただけますか?」


少しだけ声を和らげ、クレアは話を始める


                    2


「まず、先ほど申したようにここは貴方様がいた世界とは違います。ノルディーシャ、それがこの世界の名前です」


最初の一言から成斗にとっては重要な事だったが、そこで口を出すようなことは敢えてしない。真剣な顔つきでクレアの言葉に集中する。

成斗の素早い対応に心中で感嘆し、クレアは少し微笑んで話を続ける。


「この世界には四つの国があります。大陸の南に位置する我らが祖国、エストニア。西側に独立自営都市デンダルが、東には交易国コロン。そして、南に帝国ヴォルクスがあります」


話しながらクレアは一人の騎士から茶色い巻物を受け取り、成斗と自分の間に広げた。

一見して世界地図のような物だと成斗は思う。ただ成斗の知る世界地図と明らかに違うところがある、それは海面の少なさだ。

クレアの広げた地図は大部分をひし形に似た陸地が占めていて、周りをグルリと囲むようにほんの少しだけ海が描かれていた。


成斗は口を開こうとして、やめた。幾つか疑問はあったが、今はこの世界について知らないことが多すぎる。


「ここがエストニアです」さっき言ったように南側の部分を指差す。「エストニアは四国の中でも最大の領地を保有しています」


確かに、クレアが指差した『エストニア』と書かれた範囲は地図の三分の一程を占めていた。地図からの情報しかないので、大きさはわからないが他の三国と比べると領土の面では大きく上回っていた。


「エストニアは第二級神、光を齎す者ヒュミエルが遥か昔に創ったと言われております。それ故、最古の歴史を誇る国なのです」


神が国を創るという聞きなれない言葉をクレアは当然のように口にする。そこが成斗の知る世界と今居る世界との大きな差異だった。ノルディーシャにおいて、『神』という存在は確かに存在していて、人と明確な一線を画している。


「突然ですが、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

説明口調だったものが、一転疑問の形に変化する。

「ええ、いいですよ」

ここまで色々と教えて貰った上、否定する理由も別に無いので成斗はすぐに快諾する。

「貴方様に御両親は居られますか?」

クレアの質問に、成斗はつい言い淀んでしまった。答えは決まっているのだが、それを答えるのが少しだけ怖かった。

このタイミングでの質問に嫌な予感しかしてこない。

「……いない」

ゆっくりと噛み締めるように成斗は答える。その答えにクレアはやはりといった風に小さく頷いた。

それはクレアにとって予想通りの答えだったから。


「居なくて当然なのです。貴方の父上こそ、前エストニア王国二百三十一代国王、フォルレイ・アルティケル様です」


草原に一陣の風が吹き抜ける。まるで成斗の心のざわつきを代弁するような風だった。成斗ですら知らない父親についての話が、突然訪れた世界で語られる事になるなんて予想すらできなかった。

風に乱された淡い紫の髪を掻き上げながらクレアは言葉を続けた。


「だからこそ、貴方はエストニア王国の正統王位継承者なのです」


これまでのクレアの言葉が成斗の頭の中で繋がっていく。自分がここに呼ばれた理由、大勢の騎士達が取り囲んでいる理由、そしてなによりクレアが成斗を『王』と呼んだ理由が。

成斗は周りの騎士達の自らに向けられた視線の意味が、敬意だということにようやく気付く。


「じゃあ、俺がここにいるのは……」

頭の中で導かれた回答を確実なものに変えるべく、成斗は問いかける。


「えぇ、私達がこの世界に貴方様をお呼びしたのです。このエストピアの王に成って頂くために」


突然知らない世界に連れてこられ、突然に成斗は王位を任された。出会ってから呼ばれ続けた『王』というのは人違いか何かだと思っていた。だが違う、クレアは成斗を王に据えるべくこの世界、ノルディーシャに呼んだのだ。それはもはや逃れようの無い事実でしかない。


「ホントに、俺が王様なのか? これから王宮とか行って、大勢の前で偉そうな事言ったりするのか?」


少しだけ王様になった自分を想像してみる。

やたらと豪華な服を着て、引きずるくらいのマントを羽織り頭を下げる大勢の人達に対してにこやかに手を振る自分。周りにはクレアを筆頭に沢山の人間が取り巻いている。


(似合わねぇ~)

なんだか安いコメディーみたいだった。


あれこれと想像する成斗に、なぜだか少し申し訳なさそうな顔をクレアは浮かべる。

だが、そんな何か言いたげなクレアの表情を成斗が見ることは無かった。何故ならば、クレアの表情は一瞬にして武人のものへと変わっていたから。


成斗を取り巻く空気が一気に凍りついた。

戦闘経験など皆無の成斗にもわかるくらい冷たい空気だった。


「どうしたんですか? 何か――――」

「動かないでっ!!」


事態を聞こうと立ちあがろうとした所で突然クレアに怒鳴られる成斗。見れば、いつの間にか座っていた成斗とクレアを隠すように騎士達が二人を囲っていた。


「敵は?」

「おそらくこちらと同数ほどかと。防御術式を展開しますか?」

「いや、そのまま待機だ」

クレアと騎士の会話は最低限の言葉で交わされていく。未だ事態の飲み込めない成斗は何もせず、右側に立つ騎士の背中を見ていた。


大きな背中だった。だからだろうか、一瞬で背中にできた空洞もやたらと大きく見えた。


「がぁあああっ!」


声と共に成斗の目の前に人の頭ほどの穴が穿たれた。

攻撃はまさに一瞬。胸に大きな穴を作った騎士は激痛に対する呻きをあげ、すぐに絶命する。咄嗟にクレアが成斗の目を手で覆ったため、成斗には絶叫だけが聞こえた。

「遠距離射撃だ、総員散開しろ! トレスとピピケで狙撃手を攻撃!」

クレアの指令が伝え終わるのとほぼ同時に、十人程いた騎士たちはすぐさま行動に移った。

その場はすでに戦場だった。


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