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落ちて異世界

                    1 


十一月、冬本番となった町は日ごとに寒さを増し、その代わりに人々の着込む服が厚くなっていく日々の中にあって、少年の服装は一年通して変わらないでいた。

学校指定の黒い学ラン、ズボン。さすがにそれだけではなく今日は首に青いマフラーを巻いている。


「はぁ~」


白い息溜息を吐きながら、ゆっくりと通学路の坂道を登っていく。入学して二年経つが未だにこの坂道だけは慣れてはくれない。毎日登っているが、毎日なんでこんな場所に学校を建てたのかと、心の中で愚痴をこぼす。


黒い髪をガシガシと掻きながら坂を登りきった所で、不意に声を掛けられた。


「相変わらずめんどくさそうな顔してるねー。一条成斗(セイト)君」

「うるさいぞ来栖祐里(クルス ユウリ)君。生徒会長なんだから暇なら生徒、つまり俺の要望を叶えてくれ」


坂の頂上にある校門の前に立っていたのはこの学校の生徒会長であり成斗の数少ない友人、来栖祐里だった。日本人のそれとは少し違う、洋風の美しさを持ちながらそれを鼻にかけることのない気さくな態度で男女ともに人気があり、祐里は二年生にして生徒会長を務めている。


「ほほう。君に要望があるとは初耳だね。聞こうではないか言ってみな」


最初の貴族染みたしゃべり方から、最後のぶっきらぼうな言葉へと口元を少し歪めながら口調を変える。

祐里はなぜだか成斗と話す時だけは、きれいな言葉と雑な話し方が入り混じっていた。


「俺の要望は一つ。十時登校にしてくれよ」


先生にあてられた生徒のように、右手を高々と挙げて学校の仕組みを根底から覆すような暴論を宣言する成斗に祐里は嫌な顔一つせず、むしろ笑顔を作る。


「なんでそんな事を希望するのかな?」

「そりゃ簡単だ。十時登校なら、俺は遅刻じゃないからな」


そう言って学校の時計へと指をさす。

時刻は九時五十分。学校への登校時間としては完全かつ完璧に遅刻だが、確かに成斗の希望した時刻ならば遅刻ではない。


しかし、そんなことが受け入れられるはずもなく……


「んじゃ、職員室行こうか」


成斗は最も行きたくない場所へ引きずられていった。


      

                    2


「なんでイチイチ先生に知らせるんだよ。そのまま見逃してくれりゃいいのに……」


時刻はすでに午後五時。登校からそのまま職員室にて説教を喰らい、授業が終わった後にも職員室にて再度説教を喰らった成斗は横を歩く祐里に愚痴をこぼす。

さすがに十一月ともなれば五時でもすでに日は沈んでしまっている。


「そういうわけにはいかないよ。僕は生徒会長だし」

「本音は?」

「成斗が怒られるの見たかったから」


淀みの無い素直な笑顔を浮かべる祐里。その笑顔を苦い顔で見る成斗。

「お前やっぱ性格悪いな」

溜息交じりにそう言うと、肩に掛けたカバンをしっかりと背負いなおす。


「んじゃ、また明日」

見晴らしのいい交差点、そこが成斗の家と祐里の家の分岐点。祐里も成斗と同じようにカバンを背負いなおし帰りの挨拶を返す。


「じゃあ明日こそ、遅刻しないでよ」

「あぁ。もうお前の笑顔は見たくねぇからな」


振り向きながら片手を振り、お互いに帰路につく。黒髪の少年と茶髪の少年は同じペースで離れて行った。


                    3


「ただいまっと」

玄関の扉を開け、帰宅の挨拶を部屋へ向ける。だが、返答は帰ってこない。


成斗は高校生にして一人暮らしをしている。親元を離れて学校に通っているわけではなく、最初から成斗に家族と呼ぶべき存在はいなかった。

物心ついた時より孤児院にいたので、特に親がいないことに何か感情を持ったことはない。孤児院には兄弟と呼べる存在がいたし、父親のような存在もいた。だからこそ、人に言われるような悲壮感は持ったことは無い。


いつもはまず、学ランやズボンに皺がつかないようにハンガーに掛けるのだが、今日は朝からの説教三昧で少々体力的に疲弊していたのでマフラーを外してベッドへなだれ込む。


「ふぃぃーー」


気の抜けた声を漏らしながらうつ伏せで横になる。ようやく家に帰ってきたのを実感した。


「やべっ、寝ちまいそうだ」


沈みかけた意識を手放さないように、自らを引きずり上げる。このまま寝てしまってはまずいと、起き上がろうと顔をあげた瞬間、


「えっ――――」


力を込めた腕からフッと重さが消える。

理由は単純明快。成斗は落下の真っ最中だった。


「ええええええっ!? なっなんだこれ」


ベッドから転がり落ちたのならまだましだが、そんな落下とはレベルが違う。テレビで見るスカイダイビングみたいに体が宙に浮いているような感覚と無力感が体を支配する。

しかも部屋にいたはずが、落下の途中で見える光景は青い、星の川のような空間だった。

自分が落下しているため辺りに漂う光も移動しているのか判別はつかないが、成斗の周りを青い色紙に線を引くように光が駆け抜けていく。


「ちょっと待て……これはきっと夢だ、それしかない。だからきっと、あの目の前に見える黒いヤツも夢……だよな…」


成斗にどんどん迫る黒い魔法陣のような影、全てを飲み込むような黒に深紅で刻まれた紋様。

触れることすら躊躇うような陣へ叫び声とともに飲み込まれた。



                    4


「くぅっっ」


飲み込まれる瞬間、閉じた瞼をゆっくりと開く。

頬に当たる風、さわやかな空気。今までにあった胸を締め付けるような空気が一転、爽快感をその身に感じる。


「こっこれは……」


開いた瞼をそのまま大きく見開く。先ほどまでの星空のような空間も、ある種機械的な美しさを秘めていた。だが、今目の前に広がるのは広大な自然美。

雲ひとつない青空、日本ではなかなか見れない緑の海、澄みきった空気。人と交わらないことで生まれた大自然の美しさがそこにはあった。

「すごい……すごいけど、、、、同時にやばいーー!」


さっきまではただただ落下していたからよかったものの、今では完全に地上が見えている。さらに運の悪いことに成斗の落下地点だけ木の無い小さな空き地になっていた。

このまま行けば、あと数秒で成斗は見るも無残な姿へと変わるだろう。


「ちょっ…ちょっと待って、来るな来る地面ーーっ。俺が迫ってるのかもだけど、来るなぁぁーーー」


叫んでみても状況は変わらない。無情にも重力は加速しか許さず、あれこれ考える間もなく時は過ぎ地面に後数十メートルとした所で、


駆ける風塵(ウィルウィンド)


凛とした美しい声とともに突然吹いた強風が成斗を包みこんだ。


風は成斗の落下速度を相殺し、それだけではなく一瞬成斗に浮遊感すら与えた。

まぁ、落ちるということに変わりはないので結局成斗は地面に体を打ち付けることとなる。だがしかし本来なら潰れたトマトみたいになってもおかしくないところを尻餅程度で済んだのは僥倖と言っていい。


「痛たたた」


痛む尻や腰をさすっていると、背後から不意に言葉を掛けられた。

「お怪我はございませんか?」

地面に激突する瞬間聞こえたのと同じ声に成斗は思わず振り返る。

そこには薄い紫色の髪と大きな碧い瞳をした美人の外国人が立っている。なぜか、豪奢な鎧を身につけて。


「えーっと、一応怪我は無い……、と思います」


美女の腰に掛けられた剣を横目に見ながら律儀に答える。驚くほどの美しさと物騒な出で立ちの奇妙なコラボレーションに困惑せずにはいられない。もうこれ以上のびっくりは勘弁してくれよ、と成斗が心の中で呟いたのも知らずに、その女性は安堵の笑みを浮かべると、いきなり片膝をついて頭をさげる。

突然、頭を下げられて慌てふためく成斗をよそに、下を向いたまま小さな口を開く。


「お待ちしておりました。我らが王よ」

「……えっ?」


いきなりすぎてもはや驚きの表情すら出ない。人は衝撃を受けすぎると表情が消えるらしい。

成斗は目の前の美女の言葉を何度か反芻してから。


「えええええーーーっ!!」


これまでで一番の叫び声をあげた。



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