8.なあ湊くん、それうちのせいにしてへん?
昼休み。
俺――桐谷湊は、机に軽く突っ伏していた。
「疲れた……」
その一言に、すぐ隣から声が飛んでくる。
「まだ昼休みやで?」
白銀ルナが、呆れた顔でこっちを見ていた。
「朝からちょっと騒がしかったから」
「それ、誰のせいやと思ってるん?」
「白銀さん」
「即答やめえや!」
ばんっと机を叩く。
周りから小さく笑いが起きる。
「違うって言うてほしいとこやろ普通!」
「違うの?」
「……全部ではない」
「一部は認めるんだ」
「ちょっとだけや!」
白銀さんは腕を組んでそっぽを向く。
でもそのあと、ちらっとこっちを見る。
「てかやな」
「何」
「朝のあれ、なんなん」
「どれ」
「“綺麗だと思う”ってやつ」
「ああ」
「なんであれ即答なん!?」
「聞かれたから」
「そこは迷うとこやろ!」
「迷う理由ある?」
「ある!」
白銀さんは顔を押さえた。
「ほんま調子狂うわ……」
でも耳はしっかり赤い。
◇
俺がパンの袋を開けると、白銀さんがじっと見てくる。
「またパンなん?」
「手軽だから」
「焼きそばパン?」
「そう」
「ほんま好きやなそれ」
「食べやすいし」
「栄養偏るで」
「昨日も言ってたね」
「大事なことや」
白銀さんは弁当箱を開ける。
今日もちゃんとしている。
「白銀さんの弁当、すごいね」
「……」
「何」
「それや」
「何が」
「普通に褒めてくるやつ」
「思ったことだけど」
「それがあかんねん!」
白銀さんは机に突っ伏した。
「なんでそんな自然に言えるん……」
「普通じゃない?」
「普通ちゃう!」
しばらくそのまま。
それから顔を上げて、じっとこっちを見る。
「なあ」
「何」
「ほんまにわざとやってへん?」
「何を」
「うちが照れるやつ」
「やってない」
「……それでこれなん?」
「これって」
「この状態や!」
自分の顔を指差す。
「ずっと赤いね」
「言うな!」
また赤くなった。
◇
そのとき。
教室のドアが開く。
「よう、湊」
土井海斗が顔を出した。
別クラスなのに、いつも通り自然に入ってくる。
「また来たの」
「昼休みだしな」
そう言いながら近づいてきて――
白銀さんを見る。
「白銀さん、今日もいい感じですね」
「何が」
「顔」
「何」
「めっちゃ分かりやすい」
「分かりやすくない!」
即否定。
でも赤い。
海斗が笑う。
「で、どうなの今日」
「何が」
「照れさせたいゲーム」
「継続中や」
白銀さんがきっぱり言う。
「今日は本気やからな」
「結果は?」
「……途中や」
「つまり負け気味?」
「違う!」
白銀さんは即反論。
「まだ勝負はこれからや!」
「さっき顔真っ赤でしたよ」
「それは関係ない!」
海斗が吹き出す。
「もう勝負ついてるだろこれ」
「ついてへん!」
そこで、海斗が俺を見る。
「湊、なんか言ってやれよ」
「何を」
「フォロー」
少し考えてから言う。
「白銀さん、よく頑張ってると思う」
「っ……!」
白銀さんが固まる。
「それや!」
「何が」
「フォローのふりしてダメージ与えるやつ!」
「そう?」
「そうや!」
教室に笑いが広がる。
◇
そのあと、ふと白銀さんが言う。
「なあ」
「何」
「今日の途中経過」
「うん」
「何勝何敗?」
「白銀さん全敗」
「そんなわけあるか!」
机を叩く。
「一回くらい勝っとる!」
「どこで」
「……さっき」
「どこ」
「その……」
白銀さんは視線を逸らす。
「ちょっと困らせたとこ」
「少しだけね」
「ほら!」
少し嬉しそうに笑う。
◇
昼休みの終わり頃。
担任がふらっと入ってきた。
「来週あたり席替えするかもなー」
教室がざわつく。
「マジで?」
「今の席悪くないけどな」
俺は特に気にしなかった。
でも。
「……」
隣を見ると、白銀さんが少し固まっていた。
「どうしたの」
「何もない」
「席替え嫌?」
「嫌ちゃうし」
「じゃあ何」
「……」
少しだけ間。
「今の席、まあまあええだけや」
「そうだね」
「その返しやめて」
「何が」
「軽すぎる」
白銀さんはむっとした顔になる。
「もうちょい何かあるやろ」
「まだ決まってないし」
「そうやけど」
少しだけ声が落ちる。
「……隣やと楽やったし」
「うん」
「すぐ話せるし」
「うん」
「……」
「……」
「なんか言って」
「白銀さん、気に入ってるんだ」
「気に入ってへん!」
即否定。
でも。
「……ちょっとだけや」
最後は小さかった。
◇
放課後。
帰り道。
夕方の風が少しだけ涼しい。
「なあ湊くん」
「何」
「今日さ」
「うん」
「ちょっと負け気味やったかも」
「ゲーム?」
「うん」
「まだ途中だよ」
「そうやけど」
白銀さんは少し笑う。
「でもな」
「何」
「次は勝つから」
「楽しみにしてる」
「その余裕むかつく!」
でも、少し楽しそうだった。
そのまま少し歩いてから、白銀さんがふっと言う。
「……でも」
「何」
「今日、楽しかったわ」
「そう」
「うん」
「昨日より普通やったし」
「普通って」
「湊くんいじる」
「それ普通なの」
「うちにとっては」
少し笑う。
そして最後に言う。
「ほな、また明日な」
「ああ、また明日」
手を振ると、白銀さんも軽く振り返した。
今日も結局。
照れさせるはずの白銀ルナが、一番照れていた。




