10.今日はちゃんと照れさせたる
駅前のショッピングモールは、休日らしく人が多かった。
空は明るいけど、空気は少し重たい。
梅雨前の湿気が、じわっと肌にまとわりつく。
俺――桐谷湊は、入口の前でスマホを見ていた。
画面には、さっき届いたメッセージ。
『もう着く。今日は負けないから』
福原七海。
今日の目的は、駅前でやっている小規模なゲーム大会だった。
少しして。
「湊」
声をかけられる。
顔を上げると、七海がこっちに歩いてきていた。
「待った?」
「今来たところ」
「その言い方、毎回ちょっと怪しい」
「じゃあ五分くらい」
「今日は素直でいいね」
七海は小さく笑う。
「にしても蒸すね」
「六月って感じする」
「髪まとまらないのが一番嫌」
「七海でもそうなんだ」
「その言い方ちょっと失礼」
「ごめん」
そんなやり取りをしながら、会場の方へ向かう。
――と、そのとき。
「……へえ」
後ろから声。
聞き覚えがあった。
振り向く。
そこにいたのは――白銀ルナだった。
私服姿。
薄い青のワンピースに白いパーカー。
そして、やっぱり目立つ銀髪。
「ほんまに来とるやん」
白銀さんは腕を組んで、俺と七海を見た。
「しかもちゃんと二人で」
「白銀さん?」
「おはよ、湊くん」
「もう昼前だけど」
「細かいなあ」
そう言って笑う。
でもその視線は、すぐに七海へ向いた。
「……福原さんやんな」
「そう。久しぶり」
「久しぶりってほどでもないけどな」
「まあね」
自然な会話だった。
初対面ではない距離感。
でも、少しだけ探るような空気。
「今日は大会やろ?」
白銀さんが俺を見る。
「そう」
「見に来たん?」
「まあ、そんな感じ」
軽く答える。
白銀さんは少しだけ頷いてから言う。
「うちもやで」
「見に来た」
「ゲーム分からんけど」
「それで来たの?」
「ちょっと気になったし」
その“気になる”の中身は、あえて言わない。
でも分かる。
七海がそれを見て、少しだけ笑った。
「白銀さんって、分かりやすいね」
「何が」
「色々」
「……福原さん、けっこう言うタイプなんやな」
「思ったこと言うだけ」
「それ湊くんと一緒やん」
「一緒にされるのはちょっと不本意」
「ひどいな」
会話のテンポが妙にいい。
でも、その中で白銀さんは一回だけ、俺をじっと見た。
「なあ湊くん」
「何」
「今日はちゃんとやるで」
「何を」
「照れさせたいゲームや」
やっぱりそれだった。
七海が一瞬止まる。
「……まだやってるのそれ」
「やってるで」
「継続中や」
「ルールもある」
「ないけど」
「ある」
白銀さんは俺を指差す。
「今日は福原さんもおるし」
「ちゃんと勝つ」
「証人付きや」
「なんでそうなるの」
七海が笑う。
「面白いからいいんじゃない?」
「巻き込まれてるよ」
「楽しそうだし問題ない」
完全に観戦モードだった。
◇
大会の受付を済ませる。
会場は思ったより人が多くて、対戦台の周りにはすでに観客も集まっていた。
白銀さんは参加せず、観覧側に回る。
でも静かに見てるタイプじゃない。
「なあ湊くん」
「何」
「今日のうち、可愛ない?」
いきなりだった。
「その質問、外でもやるんだ」
「場所関係ないやろ」
「大事やし」
「……」
「……」
「何か言って」
「可愛いと思うよ」
「っ……!」
一瞬で赤くなる。
「なんで即答なん!?」
「聞かれたから」
「そこは迷うやろ!」
七海が横で吹き出す。
「やっぱりこの人負けてるよね」
「負けてへん!」
「まだ始まったばっかや!」
そう言いながらも、耳は赤い。
◇
大会が始まる。
俺と七海は順番に対戦していく。
一回戦、二回戦は順調だった。
途中、ちらっと観覧席を見ると、白銀さんが腕を組んで真剣な顔で見ている。
……と思ったら、目が合った瞬間、すぐ逸らされた。
分かりやすい。
三回戦で俺は負けた。
七海は勝ち上がる。
観覧席に戻ると、白銀さんがすぐに反応する。
「どうやった?」
「負けた」
「早ない?」
「三回戦」
「まあまあやな」
なぜか少し満足そう。
「福原さんは?」
「まだ勝ってる」
「……強いんやな」
「そうだね」
「……」
「……」
「何」
「別に」
絶対別にじゃない。
「白銀さん」
「何」
「気にしてる?」
「してへん」
「ほんとに?」
「ほんまに」
「じゃあなんで、ずっと七海のほう見てるの」
「それは大会やからや!」
言い切る。
でも少しだけ視線が泳ぐ。
そこへ、七海が戻ってくる。
「勝った」
「知ってる」
「見てたんだ」
「……まあ」
白銀さんが少しだけそっぽを向く。
七海はそれを見て、小さく笑った。
「白銀さん」
「何」
「無理に隠さなくてもいいと思うよ」
「何を」
「気になるやつ」
「気にしてへん!」
即否定。
でもその速さが答えだった。
◇
大会が終わる。
七海は準決勝で負けた。
「惜しかったね」
「まあね」
「でも楽しかった」
外に出ると、空気が少しだけ軽くなっていた。
夕方に近づいて、風も少しだけ涼しい。
「じゃあ私はこっち」
七海が反対方向を指さす。
「今日はありがと」
「こっちこそ」
七海は白銀さんを見る。
「白銀さん」
「何」
「また会うと思うから」
「……たぶんな」
「そのときはもう少し素直で」
「余計なお世話や」
でも、どこか楽しそうだった。
七海が去る。
残るのは、俺と白銀さん。
「……なあ」
「何」
「今日どうやった?」
「何が」
「うち」
少しだけ真面目な顔。
少し考える。
「いつも通りだった」
「それ褒めてる?」
「たぶん」
「なんやそれ」
白銀さんは少し笑う。
それから、小さく言う。
「……今日、来てよかったわ」
「そっか」
「うん」
「福原さんともちゃんと話せたし」
「……あと」
「あと?」
「湊くんのそういうとこ、ちょっと分かったし」
「どこ」
「無自覚で人困らせるとこ」
「困ってたの」
「めっちゃ困っとったわ!」
でも、笑っていた。
「まあええわ」
「何が」
「今日は引き分けや」
「照れさせたいゲーム?」
「そう」
「うちも照れたし」
「湊くんもちょっと困ってたやろ?」
「少しだけ」
「ほら」
満足そうに頷く。
それから言う。
「次はちゃんと勝つからな」
「難しいと思う」
「むかつく!」
でも楽しそうだった。
六月の風が吹く。
銀色の髪が揺れる。
やっぱり、どこにいても目立つ。
「白銀さん」
「何」
「すぐ見つけられるね」
「……っ」
「そういうの、外で言うの反則やろ……」
最後にまた赤くなる。
結局今日も。
照れさせたいはずの白銀ルナが、いちばん照れていた。




