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関西弁の銀髪ハーフ美少女が俺を照れさせたいらしいが照れてるのはいつもあっちだ  作者: 夜天 颯


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1/14

1.うちのこと好きやろ?

「なあ、湊くん」


 昼休みの教室で、そんな声がした。


 隣からだ。


 いや、正確に言うと、隣から近すぎる距離で、だった。


 銀色の髪がさらりと揺れる。窓から差し込む春の光を受けて、その髪は白に近い色にも見えた。少し青みがかった大きな瞳が、まっすぐ俺の顔を覗き込んでいる。


 整いすぎているくらい整った顔立ち。


 どう考えても、この教室でいちばん目立つやつ。


 しかも転校してきてまだ半日も経っていない。


 そんな美少女が、机に頬杖をつきながら、いたずらっぽく笑って言った。


「うちのこと好きやろ?」


 教室のざわめきが、一瞬だけ遠くなった気がした。


 俺は少し考えてから答える。


「別に」


「即答!?」


 銀髪の美少女――白銀ルナが、ばしっと机を叩いた。


「なんで!? 普通そこ、ちょっとは迷うやん! え、ほんまに一秒も迷ってへんかったやん!?」


「質問されたから答えただけだけど」


「いや答えるのはええねん! でも『別に』は早いやろ!」


「そう?」


「そうや!」


 関西弁で勢いよくツッコみながら、白銀の耳はうっすら赤くなっていた。


 ちなみに今の質問をしたのは白銀のほうだ。


 なのに。


 なぜか。


 照れているのは白銀だった。


「ちょ、ちょっと待ってや」


 白銀は小さく深呼吸して、頬を両手で押さえた。


「今のはノーカン」


「なんで」


「うちの中で、まだ試合始まってへんから」


「何の試合」


「湊くんを照れさせる試合や」


「初めて聞いた」


「今言うたからな」


 そう言って、白銀はびしっと俺を指差した。


「今日中に絶対、湊くんをドキッとさせたる」


「難しいと思う」


「むかつく!」


 教室のあちこちから笑い声が上がる。


「白銀さん、また桐谷に負けてる」

「いや、桐谷が天然すぎるだけだろ」

「白銀さんのほうが照れてんじゃん」


「ちゃうし!」


 白銀は勢いよくそっちを振り向いて反論した。


「これはまだ序盤やし! うち、本気出してへんし!」


「本気出してこれだったら危なくない?」

「桐谷、相手にするの慣れてんな」


「慣れてないけど」


 俺がそう答えると、白銀がぐるんとこちらへ戻ってくる。


「ほら! そういうとこやって!」


「何が」


「なんでもや!」


 言葉になっていない。


 でも、そうやって赤い顔で騒ぐ白銀を見ていると、なぜか少しだけ可笑しかった。


 ――まあ、こうなった理由にはちゃんと順序がある。


 時間を少し戻すと、始まりは今日の朝だ。


     ◇


 高校二年の春。


 新学期が始まって数日経った教室は、もうだいぶ「いつもの空気」になっていた。


 クラス替えはなかった。


 去年と同じ顔ぶれが多くて、新鮮味もそこまでない。


 席替えもまだ先。


 窓際の最後列より一つ前、悪くないけど特別いいわけでもない席で、俺――桐谷湊は頬杖をついて朝のホームルームを聞いていた。


 平和だ。退屈なくらいに。


 だから、担任が教壇で咳払いをしてこう言ったとき、教室がざわついたのも無理はなかった。


「今日は転校生を紹介する」


 その一言で、前の席の男子がすぐ振り向いてきた。


「なあ桐谷、転校生だってよ」


「聞こえてる」


「可愛い子かな」


「知らない」


「夢がないなあ」


 夢で可愛くなるなら苦労しないだろ。


 そう思いながら窓の外を見たところで、教室のドアが開いた。


 空気が変わったのは、その瞬間だった。


 最初に目に入ったのは、やっぱり髪だった。


 白に近い銀色。窓からの光を受けて、きらっと淡く反射する。肩にかかるくらいの長さで、少し動くだけでさらりと揺れた。


 次に、はっきりした目元。青みがかった瞳。すっと通った鼻筋。人形みたい、というよりは、雑誌のモデルみたいな顔立ちだと思った。


 教室がしんと静まる。


 たぶん、クラスの全員が同じことを思った。


 ――めちゃくちゃ美人だ。


 担任が軽く手を振る。


「今日からこのクラスに入る、白銀ルナさんだ。自己紹介してくれ」


 教壇の前に立った彼女は、少し周りを見渡してから、ふわっと笑った。


「白銀ルナです。お父さんがドイツ人で、お母さんが関西の人やねん。せやから見た目ちょっと派手やけど、そんな怖い子やないから安心してな。仲良うしてくれたら嬉しいわ」


 その瞬間、教室の空気がまた変わる。


 関西弁。


 この見た目で。


 ギャップが強すぎる。


「え、可愛い……」

「ハーフかよ」

「関西弁なんだ」

「声いいな」


 小さなざわめきが広がる。男子だけじゃなく女子まで、ちょっと見惚れているのがわかった。


 白銀ルナはそんな視線にも慣れているのか、あまり緊張した様子を見せなかった。もちろん多少の作り笑顔はあるのかもしれないけど、それでも自然だ。


 担任が座席表を見る。


「白銀の席は――桐谷の隣だな」


 その瞬間、なぜか教室中の視線が俺に集まった。


 やめてほしい。


 どうしてこういうイベントの当事者みたいな位置に置かれるんだ。


 白銀は、俺の隣の空席まで歩いてくると、机に手を置いて、軽く身をかがめた。


「よろしくな、隣くん」


 近い。


 初対面の距離じゃない。


「……よろしく、白銀さん」


「お、ちゃんと返してくれた。無視されたらどうしよか思たわ」


「しないよ、普通に」


「普通に返してくるんやなあ」


 そう言って、白銀はくすっと笑った。


 そのあと席に着いたのだが、白銀の周りにはすぐ人が集まった。


「前の学校どこ?」

「髪って地毛?」

「関西にはよく行くの?」

「彼氏いる?」


 最後の質問、距離感どうなってるんだ。


 女子が「いきなりそれ?」と呆れていたが、白銀本人は意外なほど手慣れていた。


「前は東京やで」

「髪は地毛」

「関西はおばあちゃん家とかでよう行ってた」

「彼氏はおらんおらん。そんな余裕ありそうに見える?」


「見える」

「めっちゃ見える」

「むしろいるほうが自然」


 そこにはすぐ笑いが起きた。


 明るい。返しがうまい。見た目で引っ張れるだけじゃなく、ちゃんと空気の中心に立てるタイプだ。


 そう思いながら、俺は一歩引いた位置で教科書を出す。こういう場では静かにしていたほうが楽だ。


 だが、一時間目が始まる直前、前の席の男子が振り向いて俺に言った。


「湊ー、今日の現代文のノートちゃんと持ってきた? 後で見せてくれよ」


「ああ、あとでな」


 そのやり取りを、白銀は聞いていたらしい。


 すっとこっちを見て、目を丸くする。


「湊?」


「え?」


「桐谷湊くん、ってこと?」


 前の席の男子が笑う。


「そうそう。こいつ桐谷湊」


「へえ」


 白銀は何か面白いものを見つけたみたいに、にやっと笑った。


「ええ名前やな」


「そう?」


「うん。呼びやすいし」


 そして、少しだけ身を寄せて、小声で言った。


「ほな、湊くんやな」


 距離の詰め方が早い。


「まあ、好きに呼べば」


「なんやその塩対応。そこは『ありがとう』とかあるやん」


「呼び方にお礼言う文化あったっけ」


「今できた」


 そこでチャイムが鳴った。


 担任が「ほら席に着け」と言い、教室は授業モードになる。


 けれど、そのあと白銀が大人しく授業を受けていたかというと、そんなことはなかった。


 一時間目の現代文の途中、机の下からつんつんと袖をつつかれたのだ。


「なあ」


 小声。


「何」


「ここどこ?」


 白銀が教科書の端を指差している。今どの行を読んでいるのか分からなくなったらしい。


「そこじゃなくて、ひとつ上」


「どれ?」


 仕方なく身を寄せて、指で示す。


「ここ」


「……」


「何」


「近いなあ思て」


「分からないって言ったのそっちだけど」


「そうやけど」


 白銀は妙に楽しそうに笑った。


「湊くんって、ちゃんと教えてくれるタイプなんやな」


「授業中だし」


「冷たそうで優しいん、ずるいわ」


「静かにして」


「はーい」


 返事だけは素直だった。


 でもその五分後、また袖をつつかれる。


「なあ、今の先生なんて言うた?」


「ちゃんと聞いて」


「半分くらい聞いとった」


「残り半分は」


「湊くん見とった」


「何してるの」


「観察」


 即答だった。


「やめて」


「えー」


 その声が少しだけ楽しそうなのがまた面倒だ。


 休み時間になると、白銀は当然みたいに話しかけてきた。


「なあ湊くん」


「何」


「うちって、話しかけやすい?」


「急にどうしたの」


「いや、見た目でちょっと距離置かれることあるし」


 さっきまで余裕たっぷりだったくせに、少しだけ言いにくそうに目を逸らした。


 だから、俺はそのまま答える。


「話しかけやすいと思うよ」


「……ほんまに?」


「うん。見た目は目立つけど、さっきから普通に喋りやすいし」


「……」


「白銀さん?」


「いや、それな」


「何」


「その、普通にええ感じのこと言うやつ」


「別にええ感じに言おうとしてないけど」


「してへんから余計あかんねん」


 白銀は片手で口元を押さえた。


 頬が少し赤い。


「どうしたの」


「なんでもあらへん」


「そう」


「そうやなくて! 今のは湊くんが悪い!」


「理不尽だな」


 そのあと二時間目、三時間目と授業は進んでいったが、白銀は本当に誰とでもすぐ打ち解けていった。


 女子とも自然に話していたし、男子の軽口も上手くいなしていた。目立つからこそ最初に注目されるけど、話してみたら親しみやすい――そんな印象をクラス全体に作るのが異様に早い。


 ただ、その合間にも白銀はちょくちょく俺へ話を振ってきた。


「購買ってどこ?」

「移動教室ある?」

「この先生、宿題多い?」

「湊くん、字きれいやな」


 そのたびに近い。


 話しかけるたびに顔が近い。


 俺がとうとう四時間目の前の休み時間に言った。


「白銀さん、近い」


「そう?」


「そうだと思う」


「えー。うち普通やけど」


「普通じゃないよ」


「嫌やった?」


 その聞き方だけ、少し軽くなかった。


 からかっているような声なのに、半分くらい本気で確認している感じがした。


「嫌ではないけど」


「…………」


「どうしたの」


「いや、それはあかん」


「何が」


「嫌やないって、そんな即答で言われたら困るやん」


「なんでそっちが困るの」


「なんででもや!」


 昼休み前にして、白銀の耳はまた赤かった。


 そこで前の席の男子が笑う。


「白銀さん、桐谷相手だとわかりやすいな」

「たしかに」

「からかってる側が赤くなってるし」


「ちゃうし! うち別にからかってへんし!」


「いやしてるでしょ」

「かなりしてる」

「朝からずっと桐谷で遊んでるじゃん」


「遊んでへん!」


 そこまで言ってから、白銀はちらっと俺を見た。


「……まあ、ちょっとはおもろいけど」


「遊んでるじゃん」


「それは今、揚げ足取りや」


 昼休みになると、俺は購買で買ったパンを机に置いた。


 焼きそばパンと牛乳。いつも通りの適当な昼食だ。


 すると白銀が自分の机をがたっと寄せてきた。


「ここで食べるん?」


「そうだけど」


「ほな、うちもここ」


「別にいいけど」


「断らへんのや」


「断る理由ないし」


「そのへん優しいよなあ」


「普通だって」


 白銀は、どこか楽しそうに弁当箱を取り出した。白い弁当箱に、小さな花柄のゴム。派手な見た目のわりに持ち物は可愛い。


「手作り?」


 何気なく聞くと、白銀は少し得意げに顎を上げた。


「半分うち、半分お母さん」


「へえ、すごいね」


「へえ、だけ?」


「料理できるのえらいと思う」


「……っ」


「また?」


「またってなんやねん!」


 白銀が一気に赤くなる。


「なんで褒めるん!?」


「聞いたから」


「聞いてへんとこでも褒めとるやん!」


「そうだっけ」


「そうや!」


 前の席の男子がニヤニヤしながら振り返った。


「白銀さん、桐谷のこと気に入ってんの?」


 その瞬間、白銀の箸が止まった。


「……は?」


「だって朝からめっちゃ話しかけてるじゃん」

「隣だからってだけじゃないよな」

「転校初日にそんな絡むの珍しいって」


 周りが面白がって乗ってくる。


 白銀は数秒だけ黙っていたが、すぐにふっと笑った。


「あー、なるほど?」


 その顔、嫌な予感がする。


 白銀は頬杖をつき、じっと俺を見る。


「気に入ってるっていうかあ……まあ、からかいやすいんよな、湊くん」


「そうなの?」


「反応薄そうに見えて、たまに変なクリティカル出してくるし、見てて飽きひん」


「褒めてるのかけなしてるのか分からない」


「半々やな」


「ひどい」


「でも、嫌いやったらこんな喋らへんよ?」


 そう言われて、俺は少しだけ黙った。


 深い意味ではないと分かっていても、教室の真ん中でそんなふうに当然みたいに言われると、少しだけ反応に困る。


 白銀はそれを見逃さなかった。


「お?」


「何」


「今、ちょっと困った?」


「別に」


「へえー」


「その『へえー』やめて」


「ふふ。効くことあるんやなあ思て」


「ないけど」


「ある顔してたで?」


「気のせい」


「強情やなあ」


 白銀が勝ち誇ったように笑う。さっきまで照れていたくせに、立て直しが早い。


 ――と思ったのは、そのすぐあとまでだった。


 俺がパンの袋を開きながら、何気なく言ったからだ。


「でも、白銀さんって話しやすいよね」


「……え?」


「見た目で勝手に距離あるのかなって思ったけど、全然そんな感じしないし」


「…………」


「多分みんな、すぐ仲良くなれると思う」


 白銀が固まった。


「どうしたの」


「いや……」


 白銀は弁当箱の隅を見つめたまま、小さく息を吐く。


「それはちょっと、予想してへんかった」


「何が」


「うちがからかった返しでなんか来る思うやん」


「思ったこと言っただけだけど」


「やからそれやねん……」


 そして、白銀は少しだけ俯いたまま、ぽつりと言った。


「……ありがと」


 その声は、今まででいちばん素に近かった。


「うん」


「そこで『うん』で終わるん?」


「何て返せばいいの」


「知らんけど……」


 でも白銀は、少しだけ嬉しそうに見えた。


 その表情を見たクラスの女子たちが、こそこそと笑い合っている。


「白銀さん可愛い」

「桐谷、無自覚っぽいのずるい」

「なんかもう空気できてるよね」


「聞こえてるからな!?」


 白銀がそっちへ抗議しても、余計に笑われるだけだった。


 午後の授業中も、白銀はちょくちょく仕掛けてきた。


 英語の時間に当てられ、発音よく読んだあと「どうやった?」と聞いてくるので、「綺麗だった」と答えたらまた赤くなる。


 化学の時間に「ノート見せて」と肩を寄せてきて、「近い」と言ったら「嫌やないんやろ?」と返してきて、俺が「嫌ではないけど」と言うと結局また白銀が赤くなる。


 学習しているのかしていないのか分からない。


 ただひとつ言えるのは、からかうたびに自分がダメージを受けているということだ。


 放課後、教室が少しずつ空いていく中で、俺が鞄を持つと、白銀が机に頬を乗せたままこちらを見た。


「なあ」


「何」


「一緒に帰らへん?」


「……なんで」


「なんでって、隣やし?」


「その理屈、便利だな」


「便利やで」


「途中までなら」


「よっしゃ」


 白銀が小さくガッツポーズした。


 それが妙に年相応で、少し意外だった。


 校門を出て、夕方の道を並んで歩く。


 白銀の銀髪は、教室で見るより外の光のほうがさらに綺麗に見えた。すれ違う何人かが振り返るのも仕方ないと思う。


「見られてるね」


 何気なく言うと、白銀は肩をすくめた。


「まあ、慣れてる」


「嫌じゃないの」


 白銀は一瞬だけ目を丸くした。


「……嫌なときもあるよ」


「そうなんだ」


「慣れてるんと平気なんは、ちょっと違うし」


 軽い口調だったけど、その言葉は少しだけ本音っぽかった。


 だから俺はそのまま言う。


「でも、白銀さんならそのうち普通になるんじゃない」


「普通?」


「見た目は目立つけど、話すと普通に話しやすいし。今日ももうだいぶクラスに馴染んでた」


 白銀が足を止めた。


「……湊くんさ」


「何」


「ほんまに天然なん?」


「何が」


「そういう、さらっと安心すること言うやつ」


「別に安心させようと思ってないけど」


「思ってへんから余計あかんのやって……」


 白銀は片手で顔を押さえる。


 指の隙間から見える頬が、また赤い。


「大丈夫?」


「大丈夫ちゃう」


「え」


「いや、変な意味ちゃう! その、今日ずっと調子狂わされとるだけやし!」


「俺そんなに何かした?」


「した」


「例えば」


「いっぱいある!」


「ざっくりしてるな」


「ざっくりしか言えへんねん!」


 白銀はそう言ってから、小さく笑った。


 そして、少しだけ歩幅を合わせるようにして俺の隣に寄る。


「でも、今日ちょっと安心したんはほんま」


「何が」


「転校初日って、やっぱ多少はしんどいやん。見られるし、気ぃ張るし、変に目立つし」


「……」


「でも、湊くん、最初から普通やったやろ」


「普通って」


「うちを『派手な転校生』としてやなくて、ちゃんと隣の席のやつとして喋ってくれた」


 白銀は少しだけ照れくさそうに笑った。


「それ、わりと助かった」


「ならよかった」


「……うん」


 その笑顔は、教室で見せていた余裕のある笑い方じゃなかった。


 でも次の瞬間には、白銀はもういつもの顔に戻っていた。


 くるっと俺の前に回り込み、夕陽を背にして立つ。


「ほな、お礼にひとつ聞いたる」


「何を」


 白銀は、いたずらっぽく目を細めた。


「うち、今日可愛かった?」


 またそれか。


 でも俺は少しだけ考えて、そのまま答えた。


「うん」


「……」


「可愛かったと思う」


「…………」


「白銀さん?」


「無理」


「何が」


「真正面から追撃してくるん無理やって!」


 白銀が両手で顔を覆った。


「聞いたのそっちでしょ」


「わかっとるわ! でもそこはちょっと照れるとか、なんかこう、段階あるやん!」


「ないけど」


「なんでやねん!」


 通りがかりの女子高生がちらっとこっちを見たくらいには、白銀のツッコミは大きかった。


 本人もそれに気づいたのか、ますます恥ずかしくなったらしい。


「……あーもう、最悪」


「そんなに?」


「そんなにや」


 でも、その声は少し笑っていた。


 駅前の分かれ道で立ち止まる。


「俺こっち」


「うん、うちはあっち」


 そこで会話が終わるかと思ったけれど、白銀はなぜかすぐには背を向けなかった。何か言いたそうに、でも少し迷うみたいに立っている。


「どうしたの」


「……いや」


「うん」


「また明日も、話してええ?」


 意外な聞き方だった。


 もっと当然みたいに「また明日な」と言うタイプだと思っていたから。


 でも考えてみれば、転校初日だ。どれだけ明るく振る舞っていても、不安がゼロなわけじゃない。


「いいよ」


「ほんまに?」


「うん。隣だし」


 白銀が一瞬だけ目を丸くした。


 それから、少し照れたみたいに笑う。


「……なにそれ。うちの理屈使うんや」


「便利そうだったから」


「ずる」


「そう?」


「うん、ちょっとだけ」


 そう言いながら、白銀は明らかに嬉しそうだった。


「じゃあまた明日」


 俺がそう言うと、白銀は数秒迷ってから、少しだけいたずらっぽく胸を張った。


「ほな最後に宣言しとく」


「何を」


「明日からはもっとちゃんと、湊くんをからかったる」


「宣言なんだ」


「今日はちょっと不意打ち食らっただけやし。次は負けへん」


「何に」


「いろいろや!」


「曖昧だな」


「ええねん」


 そして、白銀はほんの少しだけ目を逸らし、小さな声で付け足した。


「……あと、今日の『可愛かった』は、ちょっと嬉しかった」


「そう」


「そこで流すなや!」


 最後にまた赤くなって、白銀はばたばたと走っていった。


 夕陽の中で揺れる銀髪が、妙に目に残る。


     ◇


 家に帰って鞄を置いたところで、スマホが震えた。


 見慣れない番号からメッセージが来ている。


『これうち』


 短い一文。


 そのすぐあとに、もう一通。


『クラスの子に聞いた』


 たぶん連絡先のことだろう。


 俺がどう返そうか少し考えていると、さらにメッセージが来る。


『……確認なんやけど』

『今日の“可愛かった”って、社交辞令ちゃうよな?』


 数秒、画面を見る。


 そして短く打つ。


『社交辞令であそこまでは言わないよ』


 送信した直後、少しやりすぎたかと思った。


 でも、取り消すには遅い。


 数秒後、返信が来る。


『ほんま、そういうとこやで』


 真っ赤な顔の絵文字が一つ。


 さらにそのあと。


『明日絶対、仕返ししたるからな』


 思わず少しだけ笑ってしまった。


 たぶん明日も、あいつは隣の席で、やたら近い距離からからかってくるんだろう。


 そして、結局いちばん最初に赤くなるのは、またあいつのほうだ。


 そんな妙な確信を胸のどこかで抱えながら、俺はスマホの画面を閉じた。


 退屈だと思っていた春は、どうやら今日で終わったらしい。

読んでくださりありがとうございます。

2話、3話はこのあと連続投稿します。

よろしくお願いします。

是非とも、フォローやレビューもよろしくお願いします。

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