1.うちのこと好きやろ?
「なあ、湊くん」
昼休みの教室で、そんな声がした。
隣からだ。
いや、正確に言うと、隣から近すぎる距離で、だった。
銀色の髪がさらりと揺れる。窓から差し込む春の光を受けて、その髪は白に近い色にも見えた。少し青みがかった大きな瞳が、まっすぐ俺の顔を覗き込んでいる。
整いすぎているくらい整った顔立ち。
どう考えても、この教室でいちばん目立つやつ。
しかも転校してきてまだ半日も経っていない。
そんな美少女が、机に頬杖をつきながら、いたずらっぽく笑って言った。
「うちのこと好きやろ?」
教室のざわめきが、一瞬だけ遠くなった気がした。
俺は少し考えてから答える。
「別に」
「即答!?」
銀髪の美少女――白銀ルナが、ばしっと机を叩いた。
「なんで!? 普通そこ、ちょっとは迷うやん! え、ほんまに一秒も迷ってへんかったやん!?」
「質問されたから答えただけだけど」
「いや答えるのはええねん! でも『別に』は早いやろ!」
「そう?」
「そうや!」
関西弁で勢いよくツッコみながら、白銀の耳はうっすら赤くなっていた。
ちなみに今の質問をしたのは白銀のほうだ。
なのに。
なぜか。
照れているのは白銀だった。
「ちょ、ちょっと待ってや」
白銀は小さく深呼吸して、頬を両手で押さえた。
「今のはノーカン」
「なんで」
「うちの中で、まだ試合始まってへんから」
「何の試合」
「湊くんを照れさせる試合や」
「初めて聞いた」
「今言うたからな」
そう言って、白銀はびしっと俺を指差した。
「今日中に絶対、湊くんをドキッとさせたる」
「難しいと思う」
「むかつく!」
教室のあちこちから笑い声が上がる。
「白銀さん、また桐谷に負けてる」
「いや、桐谷が天然すぎるだけだろ」
「白銀さんのほうが照れてんじゃん」
「ちゃうし!」
白銀は勢いよくそっちを振り向いて反論した。
「これはまだ序盤やし! うち、本気出してへんし!」
「本気出してこれだったら危なくない?」
「桐谷、相手にするの慣れてんな」
「慣れてないけど」
俺がそう答えると、白銀がぐるんとこちらへ戻ってくる。
「ほら! そういうとこやって!」
「何が」
「なんでもや!」
言葉になっていない。
でも、そうやって赤い顔で騒ぐ白銀を見ていると、なぜか少しだけ可笑しかった。
――まあ、こうなった理由にはちゃんと順序がある。
時間を少し戻すと、始まりは今日の朝だ。
◇
高校二年の春。
新学期が始まって数日経った教室は、もうだいぶ「いつもの空気」になっていた。
クラス替えはなかった。
去年と同じ顔ぶれが多くて、新鮮味もそこまでない。
席替えもまだ先。
窓際の最後列より一つ前、悪くないけど特別いいわけでもない席で、俺――桐谷湊は頬杖をついて朝のホームルームを聞いていた。
平和だ。退屈なくらいに。
だから、担任が教壇で咳払いをしてこう言ったとき、教室がざわついたのも無理はなかった。
「今日は転校生を紹介する」
その一言で、前の席の男子がすぐ振り向いてきた。
「なあ桐谷、転校生だってよ」
「聞こえてる」
「可愛い子かな」
「知らない」
「夢がないなあ」
夢で可愛くなるなら苦労しないだろ。
そう思いながら窓の外を見たところで、教室のドアが開いた。
空気が変わったのは、その瞬間だった。
最初に目に入ったのは、やっぱり髪だった。
白に近い銀色。窓からの光を受けて、きらっと淡く反射する。肩にかかるくらいの長さで、少し動くだけでさらりと揺れた。
次に、はっきりした目元。青みがかった瞳。すっと通った鼻筋。人形みたい、というよりは、雑誌のモデルみたいな顔立ちだと思った。
教室がしんと静まる。
たぶん、クラスの全員が同じことを思った。
――めちゃくちゃ美人だ。
担任が軽く手を振る。
「今日からこのクラスに入る、白銀ルナさんだ。自己紹介してくれ」
教壇の前に立った彼女は、少し周りを見渡してから、ふわっと笑った。
「白銀ルナです。お父さんがドイツ人で、お母さんが関西の人やねん。せやから見た目ちょっと派手やけど、そんな怖い子やないから安心してな。仲良うしてくれたら嬉しいわ」
その瞬間、教室の空気がまた変わる。
関西弁。
この見た目で。
ギャップが強すぎる。
「え、可愛い……」
「ハーフかよ」
「関西弁なんだ」
「声いいな」
小さなざわめきが広がる。男子だけじゃなく女子まで、ちょっと見惚れているのがわかった。
白銀ルナはそんな視線にも慣れているのか、あまり緊張した様子を見せなかった。もちろん多少の作り笑顔はあるのかもしれないけど、それでも自然だ。
担任が座席表を見る。
「白銀の席は――桐谷の隣だな」
その瞬間、なぜか教室中の視線が俺に集まった。
やめてほしい。
どうしてこういうイベントの当事者みたいな位置に置かれるんだ。
白銀は、俺の隣の空席まで歩いてくると、机に手を置いて、軽く身をかがめた。
「よろしくな、隣くん」
近い。
初対面の距離じゃない。
「……よろしく、白銀さん」
「お、ちゃんと返してくれた。無視されたらどうしよか思たわ」
「しないよ、普通に」
「普通に返してくるんやなあ」
そう言って、白銀はくすっと笑った。
そのあと席に着いたのだが、白銀の周りにはすぐ人が集まった。
「前の学校どこ?」
「髪って地毛?」
「関西にはよく行くの?」
「彼氏いる?」
最後の質問、距離感どうなってるんだ。
女子が「いきなりそれ?」と呆れていたが、白銀本人は意外なほど手慣れていた。
「前は東京やで」
「髪は地毛」
「関西はおばあちゃん家とかでよう行ってた」
「彼氏はおらんおらん。そんな余裕ありそうに見える?」
「見える」
「めっちゃ見える」
「むしろいるほうが自然」
そこにはすぐ笑いが起きた。
明るい。返しがうまい。見た目で引っ張れるだけじゃなく、ちゃんと空気の中心に立てるタイプだ。
そう思いながら、俺は一歩引いた位置で教科書を出す。こういう場では静かにしていたほうが楽だ。
だが、一時間目が始まる直前、前の席の男子が振り向いて俺に言った。
「湊ー、今日の現代文のノートちゃんと持ってきた? 後で見せてくれよ」
「ああ、あとでな」
そのやり取りを、白銀は聞いていたらしい。
すっとこっちを見て、目を丸くする。
「湊?」
「え?」
「桐谷湊くん、ってこと?」
前の席の男子が笑う。
「そうそう。こいつ桐谷湊」
「へえ」
白銀は何か面白いものを見つけたみたいに、にやっと笑った。
「ええ名前やな」
「そう?」
「うん。呼びやすいし」
そして、少しだけ身を寄せて、小声で言った。
「ほな、湊くんやな」
距離の詰め方が早い。
「まあ、好きに呼べば」
「なんやその塩対応。そこは『ありがとう』とかあるやん」
「呼び方にお礼言う文化あったっけ」
「今できた」
そこでチャイムが鳴った。
担任が「ほら席に着け」と言い、教室は授業モードになる。
けれど、そのあと白銀が大人しく授業を受けていたかというと、そんなことはなかった。
一時間目の現代文の途中、机の下からつんつんと袖をつつかれたのだ。
「なあ」
小声。
「何」
「ここどこ?」
白銀が教科書の端を指差している。今どの行を読んでいるのか分からなくなったらしい。
「そこじゃなくて、ひとつ上」
「どれ?」
仕方なく身を寄せて、指で示す。
「ここ」
「……」
「何」
「近いなあ思て」
「分からないって言ったのそっちだけど」
「そうやけど」
白銀は妙に楽しそうに笑った。
「湊くんって、ちゃんと教えてくれるタイプなんやな」
「授業中だし」
「冷たそうで優しいん、ずるいわ」
「静かにして」
「はーい」
返事だけは素直だった。
でもその五分後、また袖をつつかれる。
「なあ、今の先生なんて言うた?」
「ちゃんと聞いて」
「半分くらい聞いとった」
「残り半分は」
「湊くん見とった」
「何してるの」
「観察」
即答だった。
「やめて」
「えー」
その声が少しだけ楽しそうなのがまた面倒だ。
休み時間になると、白銀は当然みたいに話しかけてきた。
「なあ湊くん」
「何」
「うちって、話しかけやすい?」
「急にどうしたの」
「いや、見た目でちょっと距離置かれることあるし」
さっきまで余裕たっぷりだったくせに、少しだけ言いにくそうに目を逸らした。
だから、俺はそのまま答える。
「話しかけやすいと思うよ」
「……ほんまに?」
「うん。見た目は目立つけど、さっきから普通に喋りやすいし」
「……」
「白銀さん?」
「いや、それな」
「何」
「その、普通にええ感じのこと言うやつ」
「別にええ感じに言おうとしてないけど」
「してへんから余計あかんねん」
白銀は片手で口元を押さえた。
頬が少し赤い。
「どうしたの」
「なんでもあらへん」
「そう」
「そうやなくて! 今のは湊くんが悪い!」
「理不尽だな」
そのあと二時間目、三時間目と授業は進んでいったが、白銀は本当に誰とでもすぐ打ち解けていった。
女子とも自然に話していたし、男子の軽口も上手くいなしていた。目立つからこそ最初に注目されるけど、話してみたら親しみやすい――そんな印象をクラス全体に作るのが異様に早い。
ただ、その合間にも白銀はちょくちょく俺へ話を振ってきた。
「購買ってどこ?」
「移動教室ある?」
「この先生、宿題多い?」
「湊くん、字きれいやな」
そのたびに近い。
話しかけるたびに顔が近い。
俺がとうとう四時間目の前の休み時間に言った。
「白銀さん、近い」
「そう?」
「そうだと思う」
「えー。うち普通やけど」
「普通じゃないよ」
「嫌やった?」
その聞き方だけ、少し軽くなかった。
からかっているような声なのに、半分くらい本気で確認している感じがした。
「嫌ではないけど」
「…………」
「どうしたの」
「いや、それはあかん」
「何が」
「嫌やないって、そんな即答で言われたら困るやん」
「なんでそっちが困るの」
「なんででもや!」
昼休み前にして、白銀の耳はまた赤かった。
そこで前の席の男子が笑う。
「白銀さん、桐谷相手だとわかりやすいな」
「たしかに」
「からかってる側が赤くなってるし」
「ちゃうし! うち別にからかってへんし!」
「いやしてるでしょ」
「かなりしてる」
「朝からずっと桐谷で遊んでるじゃん」
「遊んでへん!」
そこまで言ってから、白銀はちらっと俺を見た。
「……まあ、ちょっとはおもろいけど」
「遊んでるじゃん」
「それは今、揚げ足取りや」
昼休みになると、俺は購買で買ったパンを机に置いた。
焼きそばパンと牛乳。いつも通りの適当な昼食だ。
すると白銀が自分の机をがたっと寄せてきた。
「ここで食べるん?」
「そうだけど」
「ほな、うちもここ」
「別にいいけど」
「断らへんのや」
「断る理由ないし」
「そのへん優しいよなあ」
「普通だって」
白銀は、どこか楽しそうに弁当箱を取り出した。白い弁当箱に、小さな花柄のゴム。派手な見た目のわりに持ち物は可愛い。
「手作り?」
何気なく聞くと、白銀は少し得意げに顎を上げた。
「半分うち、半分お母さん」
「へえ、すごいね」
「へえ、だけ?」
「料理できるのえらいと思う」
「……っ」
「また?」
「またってなんやねん!」
白銀が一気に赤くなる。
「なんで褒めるん!?」
「聞いたから」
「聞いてへんとこでも褒めとるやん!」
「そうだっけ」
「そうや!」
前の席の男子がニヤニヤしながら振り返った。
「白銀さん、桐谷のこと気に入ってんの?」
その瞬間、白銀の箸が止まった。
「……は?」
「だって朝からめっちゃ話しかけてるじゃん」
「隣だからってだけじゃないよな」
「転校初日にそんな絡むの珍しいって」
周りが面白がって乗ってくる。
白銀は数秒だけ黙っていたが、すぐにふっと笑った。
「あー、なるほど?」
その顔、嫌な予感がする。
白銀は頬杖をつき、じっと俺を見る。
「気に入ってるっていうかあ……まあ、からかいやすいんよな、湊くん」
「そうなの?」
「反応薄そうに見えて、たまに変なクリティカル出してくるし、見てて飽きひん」
「褒めてるのかけなしてるのか分からない」
「半々やな」
「ひどい」
「でも、嫌いやったらこんな喋らへんよ?」
そう言われて、俺は少しだけ黙った。
深い意味ではないと分かっていても、教室の真ん中でそんなふうに当然みたいに言われると、少しだけ反応に困る。
白銀はそれを見逃さなかった。
「お?」
「何」
「今、ちょっと困った?」
「別に」
「へえー」
「その『へえー』やめて」
「ふふ。効くことあるんやなあ思て」
「ないけど」
「ある顔してたで?」
「気のせい」
「強情やなあ」
白銀が勝ち誇ったように笑う。さっきまで照れていたくせに、立て直しが早い。
――と思ったのは、そのすぐあとまでだった。
俺がパンの袋を開きながら、何気なく言ったからだ。
「でも、白銀さんって話しやすいよね」
「……え?」
「見た目で勝手に距離あるのかなって思ったけど、全然そんな感じしないし」
「…………」
「多分みんな、すぐ仲良くなれると思う」
白銀が固まった。
「どうしたの」
「いや……」
白銀は弁当箱の隅を見つめたまま、小さく息を吐く。
「それはちょっと、予想してへんかった」
「何が」
「うちがからかった返しでなんか来る思うやん」
「思ったこと言っただけだけど」
「やからそれやねん……」
そして、白銀は少しだけ俯いたまま、ぽつりと言った。
「……ありがと」
その声は、今まででいちばん素に近かった。
「うん」
「そこで『うん』で終わるん?」
「何て返せばいいの」
「知らんけど……」
でも白銀は、少しだけ嬉しそうに見えた。
その表情を見たクラスの女子たちが、こそこそと笑い合っている。
「白銀さん可愛い」
「桐谷、無自覚っぽいのずるい」
「なんかもう空気できてるよね」
「聞こえてるからな!?」
白銀がそっちへ抗議しても、余計に笑われるだけだった。
午後の授業中も、白銀はちょくちょく仕掛けてきた。
英語の時間に当てられ、発音よく読んだあと「どうやった?」と聞いてくるので、「綺麗だった」と答えたらまた赤くなる。
化学の時間に「ノート見せて」と肩を寄せてきて、「近い」と言ったら「嫌やないんやろ?」と返してきて、俺が「嫌ではないけど」と言うと結局また白銀が赤くなる。
学習しているのかしていないのか分からない。
ただひとつ言えるのは、からかうたびに自分がダメージを受けているということだ。
放課後、教室が少しずつ空いていく中で、俺が鞄を持つと、白銀が机に頬を乗せたままこちらを見た。
「なあ」
「何」
「一緒に帰らへん?」
「……なんで」
「なんでって、隣やし?」
「その理屈、便利だな」
「便利やで」
「途中までなら」
「よっしゃ」
白銀が小さくガッツポーズした。
それが妙に年相応で、少し意外だった。
校門を出て、夕方の道を並んで歩く。
白銀の銀髪は、教室で見るより外の光のほうがさらに綺麗に見えた。すれ違う何人かが振り返るのも仕方ないと思う。
「見られてるね」
何気なく言うと、白銀は肩をすくめた。
「まあ、慣れてる」
「嫌じゃないの」
白銀は一瞬だけ目を丸くした。
「……嫌なときもあるよ」
「そうなんだ」
「慣れてるんと平気なんは、ちょっと違うし」
軽い口調だったけど、その言葉は少しだけ本音っぽかった。
だから俺はそのまま言う。
「でも、白銀さんならそのうち普通になるんじゃない」
「普通?」
「見た目は目立つけど、話すと普通に話しやすいし。今日ももうだいぶクラスに馴染んでた」
白銀が足を止めた。
「……湊くんさ」
「何」
「ほんまに天然なん?」
「何が」
「そういう、さらっと安心すること言うやつ」
「別に安心させようと思ってないけど」
「思ってへんから余計あかんのやって……」
白銀は片手で顔を押さえる。
指の隙間から見える頬が、また赤い。
「大丈夫?」
「大丈夫ちゃう」
「え」
「いや、変な意味ちゃう! その、今日ずっと調子狂わされとるだけやし!」
「俺そんなに何かした?」
「した」
「例えば」
「いっぱいある!」
「ざっくりしてるな」
「ざっくりしか言えへんねん!」
白銀はそう言ってから、小さく笑った。
そして、少しだけ歩幅を合わせるようにして俺の隣に寄る。
「でも、今日ちょっと安心したんはほんま」
「何が」
「転校初日って、やっぱ多少はしんどいやん。見られるし、気ぃ張るし、変に目立つし」
「……」
「でも、湊くん、最初から普通やったやろ」
「普通って」
「うちを『派手な転校生』としてやなくて、ちゃんと隣の席のやつとして喋ってくれた」
白銀は少しだけ照れくさそうに笑った。
「それ、わりと助かった」
「ならよかった」
「……うん」
その笑顔は、教室で見せていた余裕のある笑い方じゃなかった。
でも次の瞬間には、白銀はもういつもの顔に戻っていた。
くるっと俺の前に回り込み、夕陽を背にして立つ。
「ほな、お礼にひとつ聞いたる」
「何を」
白銀は、いたずらっぽく目を細めた。
「うち、今日可愛かった?」
またそれか。
でも俺は少しだけ考えて、そのまま答えた。
「うん」
「……」
「可愛かったと思う」
「…………」
「白銀さん?」
「無理」
「何が」
「真正面から追撃してくるん無理やって!」
白銀が両手で顔を覆った。
「聞いたのそっちでしょ」
「わかっとるわ! でもそこはちょっと照れるとか、なんかこう、段階あるやん!」
「ないけど」
「なんでやねん!」
通りがかりの女子高生がちらっとこっちを見たくらいには、白銀のツッコミは大きかった。
本人もそれに気づいたのか、ますます恥ずかしくなったらしい。
「……あーもう、最悪」
「そんなに?」
「そんなにや」
でも、その声は少し笑っていた。
駅前の分かれ道で立ち止まる。
「俺こっち」
「うん、うちはあっち」
そこで会話が終わるかと思ったけれど、白銀はなぜかすぐには背を向けなかった。何か言いたそうに、でも少し迷うみたいに立っている。
「どうしたの」
「……いや」
「うん」
「また明日も、話してええ?」
意外な聞き方だった。
もっと当然みたいに「また明日な」と言うタイプだと思っていたから。
でも考えてみれば、転校初日だ。どれだけ明るく振る舞っていても、不安がゼロなわけじゃない。
「いいよ」
「ほんまに?」
「うん。隣だし」
白銀が一瞬だけ目を丸くした。
それから、少し照れたみたいに笑う。
「……なにそれ。うちの理屈使うんや」
「便利そうだったから」
「ずる」
「そう?」
「うん、ちょっとだけ」
そう言いながら、白銀は明らかに嬉しそうだった。
「じゃあまた明日」
俺がそう言うと、白銀は数秒迷ってから、少しだけいたずらっぽく胸を張った。
「ほな最後に宣言しとく」
「何を」
「明日からはもっとちゃんと、湊くんをからかったる」
「宣言なんだ」
「今日はちょっと不意打ち食らっただけやし。次は負けへん」
「何に」
「いろいろや!」
「曖昧だな」
「ええねん」
そして、白銀はほんの少しだけ目を逸らし、小さな声で付け足した。
「……あと、今日の『可愛かった』は、ちょっと嬉しかった」
「そう」
「そこで流すなや!」
最後にまた赤くなって、白銀はばたばたと走っていった。
夕陽の中で揺れる銀髪が、妙に目に残る。
◇
家に帰って鞄を置いたところで、スマホが震えた。
見慣れない番号からメッセージが来ている。
『これうち』
短い一文。
そのすぐあとに、もう一通。
『クラスの子に聞いた』
たぶん連絡先のことだろう。
俺がどう返そうか少し考えていると、さらにメッセージが来る。
『……確認なんやけど』
『今日の“可愛かった”って、社交辞令ちゃうよな?』
数秒、画面を見る。
そして短く打つ。
『社交辞令であそこまでは言わないよ』
送信した直後、少しやりすぎたかと思った。
でも、取り消すには遅い。
数秒後、返信が来る。
『ほんま、そういうとこやで』
真っ赤な顔の絵文字が一つ。
さらにそのあと。
『明日絶対、仕返ししたるからな』
思わず少しだけ笑ってしまった。
たぶん明日も、あいつは隣の席で、やたら近い距離からからかってくるんだろう。
そして、結局いちばん最初に赤くなるのは、またあいつのほうだ。
そんな妙な確信を胸のどこかで抱えながら、俺はスマホの画面を閉じた。
退屈だと思っていた春は、どうやら今日で終わったらしい。
読んでくださりありがとうございます。
2話、3話はこのあと連続投稿します。
よろしくお願いします。
是非とも、フォローやレビューもよろしくお願いします。




