表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/17

第15話 手順

ラッチが動く。


小さな機械音が、

部屋の静けさを切った。


扉が開く。


廊下に、二人。


制服。

同じ姿勢。

白い手袋。


どちらも、すぐには話さない。


視線が一度だけ、

室内をなぞる。


机。

壁。

天井。


そして――

私に止まる。


「こちらへお越しください」


声は落ち着いている。


依頼ではない。


手順だ。


私は、繰り返される前に立ち上がる。


動きは、ほとんど反射。


記憶より前から、

体に刻まれている姿勢。


背筋。

肩。


わずかに整える。


肋の内側で、

封が静かに締まる。


漏れはない。


突破を試みることもできる。


一度。

多くて二度。


封は耐える。


だが――


この建物を抜けるには足りない。


五十階からでは。


まず、観察。


私は廊下へ出る。


外の空気は、

わずかに冷たい。


天井の灯りが、

一直線に続いている。


歩くたび、

明るさが前へ滑り、


背後の光は、

一段だけ落ちる。


壁も床も、

淡い色。


滑らか。


意図された形。


人を招く場所ではない。


動きを導くための場所。


二人の案内役が、

左右に並ぶ。


触れない。


詰めない。


だが――


距離は、

意図された近さだ。


歩き出す。


足の下では、

脈が続いている。


規則的。


機械的。


計測された間隔。


造られた仕組みの、呼吸。


誰も話さない。


廊下の奥で、

壁が静かに開く。


縦の箱。


エレベーター。


片方が、

小さく手を差し出す。


私は中へ入る。


二人も続く。


扉が閉じる。


数秒。


何も起きない。


それから――


床が動く。


下降。


ゆっくり。


滑らかに。


建物の脈は、

変わらない。


冷たい。


正確。


空。


しばらく、

誰も動かない。


そのとき――


何かが揺れる。


壁ではない。


床でもない。


静けさ、そのものの内側。


かすか。


不安定。


……どこかで、


知っている。


ほんの一瞬、


意識が滑る。


封が、緩む。


照明が落ちる。


明滅ではない。


沈む。


まるで、


建物そのものが

息を吸ったみたいに。


エレベーターが震える。


下降が遅くなる。


止まらない。


だが――


ためらう。


一人が即座に動く。


手が操作盤へ伸びる。


階表示が消える。


一拍。


もう一人が、

私を見る。


測る目。


足下の脈が、

ずれる。


一拍だけ。


エレベーターはさらに遅くなる。


機械が、


続けるべきか

迷っているような間。


それから――


数字が戻る。


下降が再開する。


仕組みは復帰した。


だが、

二人は緩まない。


片方が、

わずかに立ち位置を変える。


私と操作盤の間。


視線は、

まだ私にある。


観察。


そのうちの一人が、

視線を上げる。


顔ではない。


もっと上。


髪。


光を拾う、小さな金。


簪。


その瞬間――


耳の奥で、

鋼索の擦れる音が

わずかに軋む。


その高さ。


その震え方。


ほんの一瞬だけ、


聞いてはいけない響きに

似た形を取る。


封が強く締まる。


だめ。


ここでは。


像は、

形になる前に崩す。


もし浮かべば、


涙が続く。


ここでは、


それは贅沢だ。


私は前を向いたまま。


二人の視線は、

まだある。


だが――


別のものも残る。


機械の脈ではない。


建物の呼吸でもない。


もう一つの拍。


触れようとすれば

消えてしまうほど細い。


誰も息をしない場所で、


長く息を止めたような

気配。


外へは伸ばさない。


触れない。


ここでは。


肋の奥に、

鈍い圧が残る。


封は保たれている。


ぎりぎりで。


下へ行くほど、

建物の脈は強くなる。


規則的。


無関心。


それでも――


静けさは、

もう空ではない。


この下に、


何かがいる。


エレベーターが減速する。


扉が開く。


廊下。


さらに下。


さらに冷たい。


二人が先に出る。


私は続く。


背後で、

扉が閉まりはじめる。


隙間が消える、

その一瞬だけ


箱の中の灯りが、

もう一度沈む。


そして。


建物の脈の下で、


それとは噛み合わない

もう一つの震えが、


私の爪先を

かすかに叩いた。

第15話「手順」でした。


意志ではなく、仕組みによって進む下降。


鋼索の軋みと、白い光の沈黙。

整えられた世界の奥へ、

彼女は静かに運ばれていきます。


下へ向かうほど、

機械の呼吸は重くなる。


そして、その奥で――

別の拍が応じました。


次回、さらに深部へ。


日曜日20:10頃、更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ