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第14話 適応の閾

私は、扉の前に立つ。


指先は、取っ手に触れたまま。


冷たい。

均一。


この世界の多くがそうであるように、

材は息を持たない。


押す。


動かない。


引く。


それでも、動かない。


——結果だけが返る。


目を閉じる。


恐慌は散らす。

力は浪費する。

封を緩める。


呼吸を整える。


力ではない。


触れる。


壊さない。

こじ開けない。

封は閉じたまま。


内側へ。


ほんの細い糸だけを、

封の縁から外へ出す。


慎重に。


意識をさらに畳む。

骨の奥へ。

音の届かないところへ。


そこで——輪郭が立つ。


ラッチ。

金属の噛み合い。

回転する部品。


確かに「ある」。


だが——返らない。


強いのではない。


欠けている。


戻りの流れがない。

共鳴がない。

整合する道がない。


私は、微小なずれを試す。


継ぎ目に沿って、

刃の先ほどの変位。


何もない。


抵抗でも、

補正でもない。


ただ、空。


息を吸う。


もう一度。


今度は、押す。


外へではない。


内側から。


接合面の密度を、

ほんの一息ぶんだけ狭める。


即座に、反動が来る。


肋の内側で、熱が咲く。


広がらない。


行き場を失い、

内側で濁る。


視界の縁が、細く締まる。


足の下の脈動が、

私の鼓動へ寄ってくる。


——測ろうとしてくる。


逃げ場がない。


流れがない。

受ける場がない。


押した分だけ、

すべてが私へ折り返す。


私は、もう一段だけ上げかける。


……もう一段。


喉の内側を、

硬い刃がなぞる。


止める。


ここで続ければ、

扉より先に封が裂ける。


裂けた先は、

「開く」ではない。


漏れる。


この世界の静寂へ、

余白を渡すことになる。


私は、圧を引く。


糸を内へ。

封の縁を閉じる。

熱を折りたたみ、

濁りを沈める。


封は、強く閉じる。


室内の光は揺れない。


だが、

空気の張りだけが一瞬、薄くなる。


金属の奥で、

ごく小さく「カチ」と鳴る。


それでも——


扉は、同じ位置に保持されたまま。


私は取っ手から手を離す。


間違えた。


ここは、

押して動く場所ではない。


流れのない環境で、

投射は浪費だ。


循環は、

外ではなく、

内側で閉じる。


椅子へ戻る。


胸の奥に、残熱。


封は、保たれている。


足の下の脈は続く。


規則的。

計測可能。

無関心。


だが一瞬——


間隔が、詰まる。


私の呼吸と、

同じ位置へ来かけて——外れる。


私は目を開く。


この建物は、

答えない。


だが、

放ってもいない。


それが、怖い。



地上から数百メートル下。


白光の下、

波形が静かに立ち上がる。


担当の指が、一瞬だけ止まる。


「……振幅、再上昇」


別の端末が応じる。


「前回記録と符号」


間。


「持続、短」


「自己終端」


「アウトオブレンジは」


「継続。規格外のまま」


誰も声を荒げない。


表示の隅で、

優先度フラグが一段、固定される。


警報は鳴らない。


白光は、何も言わない。



私は、座っている。


喉の奥が、遅れて痛む。


封は崩れない。


崩してはいけない。


私は、

逃げ道を確かめただけだ。


——逃げ道は、ない。


押しても。

引いても。


この世界は返さない。


なら、次は。


押すのではない。


合わせるのでもない。


内側で、

循環を作る。


この世界に余白を渡さず、

それでも動く方法。


その考えが固まる前に——


廊下の外で、足音が止まる。


一人ではない。


測ったような間。


呼吸の揃った静けさ。


扉の向こうに、

「手順」が立つ。


私は背筋を整える。


外へは伸ばさない。


封を、もう一段だけ閉じる。


待っているのではない。


保たれている。


……だが今、


保たれたままでは、抜けられない。

第14話「適応の閾」でした。


押しても、引いても、何も返さない世界。


それでも、封は保たれました。


けれど——

保たれたままでは、抜けられない。


扉の向こうに立つ「手順」は、

彼女をどう扱うのか。


次回、扉が開きます。


日曜日20:10頃、更新予定です。

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