第0話 プロローグ
本作は、静かな描写と主人公の内面描写を重視した物語です。
戦闘や成長はありますが、テンポはゆっくりめになります。
舞台は異世界ではなく、
魔法の存在しない地球に堕ちた王女の視点から描かれます。
世界の違いと適応を丁寧に描いていきます。
合わないと感じた場合は、どうか無理をなさらずに。
閃光が、廊下をまるごと呑みこんだ。
金属の悲鳴とともに、隣の壁が崩れ落ちる。
「ルーナ! 見つかった!」
頭上を裂くような、細くて鋭い叫び。
闇の触手が、まっすぐ私めがけて飛んでくる。
私は跳んだ。
さっきまで立っていた場所が、爆ぜるように割れた。
着地点には、黒いものがうごめいていた。
石が腐るように侵食され、
生き物みたいに無数の影が這いずり回っている。
化け物はゆがんだ翼を広げ、舞い上がった。
巻き上がる砂埃が渦を描く。
また触手が襲いかかる。考えるより先に、私の手が動いた。
掌から光が迸り、闇の触手を吹き飛ばす。
その反動が、刃のように身体を貫いた。
「っ……!」
膝が折れ、肋骨から背筋へ鋭い痛みが走る。
わかっている。
今の私が使っていい力じゃない。
でも、もう時間がない。
「ルーナ! まだ来る!」
見上げた瞬間、息が止まった。
空いっぱいに影。
数えきれないほどの化け物が、形を保てず揺らめきながら飛んでいる。
その姿を見るだけで、胸の底が冷えていく。
さっきの音を聞きつけたのだ。
私が……油断したせいで。
そして今、仲間が危険にさらされている。
衝撃が走り、すぐ横の建物が一瞬で砕け散った。
粉塵と破片だけを残して消えた。
息が詰まる。
ついてきたのだ、私を追って。
全部、私のせい。
地球が、こんなものに触れていいはずがないのに。
「逃げて!」
叫んだ。声が震えていた。
闇が一斉にこちらへ襲いかかる。
足が震える。視界が揺れる。
考えている暇なんてない。
私は「内側」へ――
――触れようとして、何もないことに気づいた。
空洞。
傷跡。
あの世界が崩れ落ちて以来、ずっと私を苛んでいた“欠けた場所”。
だめ。
今じゃない。
もっと……深く。
痛みに耐え、必死に意識を押し込む。
もっと。
背骨を熱が這い上がる。視界が滲む。身体が震える。
闇の叫びが耳を裂く。
仲間たちの息が乱れているのがわかる。
もっと――!
そして……
……空洞が消えた。
胸の奥に、鋭いほどの温かさが溢れた。
忘れかけていた“形”が、身体の中心に戻ってくる。
足元の世界が、ようやく安定した。
闇の群れが、ゆっくりと歪んで見える。
私は動いた。
一瞬で一体の上に出て、
手に生まれた光の刃で霧のように切り裂く。
次。
そして次。
触手が形を成す前にすり抜け、思考より速く斬り払う。
空気が裂ける。衝撃が地面を揺らす。
けれど音はもう遠かった。
こんな感覚……いつ以来だろう。
私は、“つながって”いた。
最後の一体が煙のように散る。
静寂。
その直後、胸をえぐるような激痛が襲った。
息ができない。
視界が砕け、足が崩れ落ちる。
内側で何かが開き、そして壊れていく。
悲鳴が漏れた。
仲間たちが駆け寄ってくるのが見えた。
世界がぐるぐる回る。
言葉を発しようとした。
けれど、そこで力が途切れた。
最後に聞こえたのは、仲間たちが叫ぶ私の名。
……そして、すべてが黒に沈んだ。




