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猫の鳴き声  作者: roro
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ノート

彼女は桜蔭中高の卒業生で私とデートしている時も常にノートを持ちあるて何やら書き込んでいた。私の家にはちゃぶ台のような小さなテーブルがあり、私が料理をして彼女が勉強をしているという日常が続いていた。私も大学院にいたから彼女が勉強している内容はわかったがその熱量には驚かされた。ノートが一ヶ月で数冊積み上がっていった。


夏になって鎌倉にある市民プールに遊びにいった。高校生の時にやり残した青春のロスタイムのような時間だった。ポカリスエットを買って、灼熱の太陽の下で飲んだ。気持ちの良い7月だった。東京には自然がないと言われているけれど、1時間で海にも山にも行けるのだから都合が良い。プールに行った後江ノ電にのって鎌倉駅まで帰ってスターバックスで何でもない時間を過ごした。


そうした時間のそこかしこでも彼女の勉強熱は落ちなかった。常にノートを持ち歩いて何か気づいたかのように読み込み、書き込み、それが熾烈な受験戦争を勝ち進んだ彼女のアイデンティティだということに気づくまでに時間がかかった。


そうして時間が過ぎ、私たちの関係は変わっていった。その年月の中で気持ちが離れることも、またくっつくこともあった。割と理性的なカップルだと思っていたし、今でもそう思う。その変化の中でも彼女のノートの消費量だけは時計が秒針を刻むかの如く一定だった。その一貫性が私たちの20代の不安定な恋愛にあったただ一つの定数だった。


やがて何ともない理由で私たちは別れた。その頃には私も彼女も心が冷めていて、正直あまり哀しさも寂しさも感じなかった。ただ人間は飽きやすいんだなという発見だけがあった。正月になって九段下のうどん屋でうどんを食べた。私は駒場東大前に住んでいて彼女がうどんを食べたいと言った気がする。彼女の実家は九段下の近くにあったので私は20分も遅刻してしまった。彼女はすでに食べ終わっていた。それで坂を登った信号で彼女は「もうついてこないで」といったのを覚えている。

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