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第3節 元の鞘

 

「女房にバレちゃったんだよ」

 その日に限って、食事が進んでいないと思っていたら、相手はボソッと漏らした。

「ごめんよ。興信所に調べさせたらしいんだよ。君のことは全部わかってしまった。女房は『絶対に許さない』って言ってる。怒って実家に帰っちゃった。近く、君のところにも連絡が行くと思うんだ」


 その夜はいつも以上に激しく燃えた。

「女房と別れたら、一緒になってくれる?」

 問われて、Zは言葉に(きゅう)した。

          ☆

 やはり、恐れていた電話があった。

 しかし、奥さんは穏やかだった。むしろ、拍子抜けするほどだった。

「実家にいるけど、なんにもやる気が起きないの。心療内科の先生は、ウツだって。クスリ飲んだら、なんだかフラフラしてね。飲むの止めちゃったの。私、もう、生きてるのがイヤになっちゃった」

 Zはただ聞いているだけだった。


 奥さんの様子を知らせた。

「自殺? そんな心配はしなくていいよ。自殺するって言うヤツに限って、死なないものさ」

 開き直っていた。


 奥さんからまた、電話が入った。今度は激高していた。

「私に自殺する勇気がない、なんて、バカにするんじゃないよ。二人がホテルに入る写真、四国に送ってやる。会社に全部バラして、死んだっていいんだよ。でもさ、その前にやることがある。弁護士から二人に連絡が行く。せめて、お金で償ってもらうからね」

            ☆

「そんなことになったのですか」

 今夜の相談員は年輩の男性だった。

「まずいことを言っちゃいましたね。そういう人は発作的に自殺することもあるのですよ」

 相談員は慰謝料を請求されていることより、相手の奥さんが気がかりな様子だった。


「三百万近くも、私、払えません。そんなお金を引き出したら、夫に疑われます」

「それも困ったものですね。でも、そのお金は払わなければならない。ほったらかしておくと、裁判所に訴えられ、財産を差し押さえられる可能性がありますよ。まあ、分割とか、支払い方法は相手と相談することですね。不倫のツケですから、あなた一人で悩むことはない。彼氏とも、よく話し合ってみなさい」

 冷たい対応だった。しかし、いい勉強にはなった。

            ☆

 相手の男は連絡がつかなかった。着信拒否になっているのだろう。自宅マンションに行って見た。

 何階の何号室かは分かっているので、見当をつけて、植え込みの陰からうかがっていた。中に人がいる気配がした。


 なおも粘っていると、明かりが消えた。ややあって、玄関に男女が腕を組んで出てきた。

 元の(さや)に収まっていた。


「それは、(つら)いですね」

 相談員も(もら)い泣きしている。

「あんなに私のこと愛してくれたの…。もう、誰も信じられない。死にたいのは私の方よ」

「分かる。分かるわ。実は、私もね…」


 相談員の話によると、学生時代、彼氏に裏切られ、自殺を図ったことがあるらしい。

「気が付いたら救急病院でした。

『あるいは、この世の人間ではなかったのかも…』

 と考えると、ベッドでガタガタ震え出したわ。看護師さんが様子を見に来て、私、おいおい泣き出したのよ」


 長電話になった。

 最後はまるで立場が逆転していた。みんな、いろいろな過去を背負って生きているのだった。


 シャンプーした髪を乾かしていると、スマホが鳴った。

 娘からだった。明日、子供を連れて寄る、という。いつものように、用件だけで電話を切った。


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