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第2節 良心の呵責


 女性相談員が出た。

「今晩は。どうかしましたか」

 若い、明るい声だった。

「私ね、不倫してるんです」

 一瞬の間があった。

「えっ。どういうことですか」

          ☆

 Zは説明した。

「旦那さんは四国に単身赴任って、寂しいですよね。旦那さんは何のお仕事してるのですか」

「医者なんです。過疎地の医療に貢献したい、って。こっちの病院を辞めて行ってしまったのです」

「あら、立派な方よねえ。地方じゃ医療崩壊が起きてるって話でしょ」

「私は反対だったのです。でも、言い出したら聞かない人なんですよ」


 夫とは予備校で一緒だった。

 キャンパスで声をかけられ、同じ大学に入ったことを知った。 

 夫は目指していた医学部に合格していた。Zはすべり止めの学部にしか受からなかった。


 付き合うようになった。二人とも地方出身なので、都内の物価高には参っていた。Zはいつしかアパートを引き払い、同棲しはじめた。

 Zの両親は強くは反対しなかった。貧しい新潟の農家だった。相手が医者の卵だったことは大きい。

 相手の母親からは猛烈な反対があった。

「そのうちに別れるだろう」

 と父親は思っていたらしい。


 ところが、医学部五年の時に子どもが産まれた。

 (しら)せを受け、愛知県から上京してきた。

「この子は名古屋には連れて来ないでね」

 母子を前に母親は苛立(いらだ)ちを隠し切れなかった。両親は息子に病院の跡を継がせるつもりだった。その計画に、黄信号が点灯し始めた。

          ☆

「そんなこと言われたの。なんだか、哀しい話ね」

 相談員はしんみりした。

「医者になっても名古屋に帰らず、四国に行ってしまったのも、親への反発なのよ」

 Zには夫の気持ちが痛いほど理解できた。


「それはそうと、今お付き合いしてるのはどんな方」

 訊かれるまま、Zは話した。


 不倫相手は五歳年下である。都内の某有名企業の課長をしている。妻帯者で子供はいない。

 会うのは二週間に一度くらい。繁華街で食事をして、ホテルに行く。別れるのは日が改まる頃。いつも社用のタクシー券を渡される。

          ☆

「奥さんは夜の生活に淡白らしいの。どこかに欲求不満があるのよね。それを私にぶつけてきて。だって、まだ四〇そこそこでしょ。すごく激しいのよ」

 Zはやや微に入る説明をした。

「そんな細かいことはいいから…」

 相談員はZの話を(さえぎ)った。

「で、あなたは罪悪感か何か感じてるのでしょ」


 相手の奥さんにも、夫にも、済まない気持ちはある。しかし、二人だけになると、燃え上ってしまう。どうしようもないのだった。

「二人とも配偶者を裏切ってるわけでしょ。このままの関係が続いていいわけはないし、そんなことって、決して長続きしないと思うのよ。あなたの旦那さんが知ったら、旦那さんは何と言うでしょうね」

「おそら……離縁です」


 相談員の声が鋭くなった。

「それでいいの? いいのなら、今の関係を続けるしかないでしょ。でも、覚悟が必要だと思うわ」

 後は何やら説教じみた話になった。

 聞く気がしなくなったので、スマホをテーブルに置いたまま、顔を洗いに行く。歯磨きをしてリビングに戻ると、通話が切れていた。

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