5 技能美容師 シユ
「改めまして、ボクの名前はシユ」
「…アグリと申します」
「あははっ、そんな緊張しないで。先刻は悪かったよ」
先ほどの悍ましい雰囲気からは打って変わり、シユは明るい笑顔を向けた。
「とりあえず座って座って!」
アグリはシユに促されるままセットチェアに座らされる。
「で、男に見えるヘアスタイルだったっけ?アグリちゃんすっごい顔整ってるからなんでも似合いそう!どうしちゃおっかな〜」
「シユ、あくまでも男に見えりゃそれでいいんだ」
「分かってないねぇゲイス。ヘアスタイルは心持ちも変わるんだから自分がコレ!って思うものにしないと。 だから下衆って呼ばれるんだよ」
「それとこれは関係ねぇだろうが!」
ギャイギャイと騒いでいる二人の表情にはお互いを信頼し合っている香りがする。
アグリはそれを見て、なんだか胸が軋む音がした。
「じゃあアグリちゃん、さっそくはじめよっか!」
そう言って後ろに立ったシユの手からは綺麗な紫色の光と共に風がなびき始めた。
ふよふよと浮いているハサミやシャンプーボトルなどにアグリは視線を激しく彷徨わせた。
「えっ!?」
「これが技能だ」
「ボクの技能は疾風怒濤。簡単に言えば風とかを操る技能かな」
「これが、技能?」
「そうだ。いいか、アグリ。お前は何も知らない。言わば、」
「…無知無学無教養、ですよね」
「そうだ!」
「何度も言われると流石に不快ですね」
「サイテー下衆ゲイス」
「うるっせぇ!」
お店で騒がないでよぉと文句を言うシユを流して、ゲイスは鏡越しにアグリと目を合わせてきた。
その面持ちは先刻の真面目だった。
「アグリ。この世界はな技能でできているんだ。技能は基本みんな持ってるものだが、それぞれにはどうしても強さがある。個体差みたいなもんだな。強い技能であればもてはやされるし、弱ければ淘汰される。それがこの国の常識だ」
(これまでも上に立つべき者だった奴らの技能が振るわずに、淘汰されてきた場面を幾度となく見てきた。己の生まれつきの恵まれた技能に調子にのった傲慢な権力者だけが、この国にのさばっているんだ)
「…言葉が難しくて理解に苦しみますね」
「つまり、ゲイスが言いたいことは、技能が強けりゃはっぴーってこと!」
「なるほど…大変わかりやすいですシユさん」
(こいつら…!)
戦争が行われ、上に立つ醜いものたちに国民は監視されている。自由がないこの国の未来は無い。
「あのねアグリちゃん、ゲイスはこの国を変えたいんだって」
「この国を?」
「辛い想いをしてきたアグリちゃんには酷な話だろうけど、これから先、この国で過ごすのであれば辛いことがたくさんあると思う。でも大丈夫、ゲイスが守ってくれるから」
「なんかあったらシユも巻き添えだな」
「はぁ!?そんなこと言ってると警察に情報売っちまうからな!」
「そう言えば、シユさんは男性、ですか?」
「…さぁ?どっちだと思う?」
「どっち…うぅん」
「ほら、完成!初見の技能でカットされるのはどうだった?」
「早い、とってもよかっ、た…」
アグリは鏡に映る自分に驚いた。ついさっきまでは薄汚れた髪だったのにも関わらず、今はどうだろう。
綺麗に切り揃えられた髪の毛はメンズカットとはいえど驚くほど様になっていた。
「おぉ…見違えるな」
「アグリちゃんマッシュも似合うねぇ」
「後は男ものの服を着せれば簡単にはバレないだろ」
「すごい…私じゃないみたい…」
「好きな髪型にしてあげられないのは申し訳ないけど、ほんっとよく似合ってる」
「シユさん!ありがとうございます!」
アグリは立ち上がり、シユの手を掴んでぶんぶんと握手をし、感謝を伝えた。
それに少し驚いたシユだが、程なくしてふっと笑みを溢していた。
「んじゃ、ありがとなシユ」
「ゲイス」
「ん?なんだ?」
「ボクは君を応援しているよ」
「あ?そんなことは初めから分かってる」
「ふっ、あの子をボクみたいに導いてあげるんだね」
「違う、俺の野望に付き合わせるんだ。あいつの命は俺のものだからな」
「…素直じゃ無いね、君は」
「うるせぇ、またすぐ来る」
「うん」
「ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるアグリを連れて、ゲイスは去っていった。
「ほんと、嵐みたいな奴」
あの子を見たら、少しだけ過去の思い出に浸りたくなってきてしまった。
(ボクも歳なのかなぁ)
この厳しい世界で、苦しい情勢。
そんな今を変えようとする者は誰もいない。
「さて、ボクも負けずに依頼を始めるとするか」