3 男になれ
「そんな怒るなよ、謝るから」
「髪で決めましたよね?そうですよね!ルッキズムですか!?」
アグリの容姿は普通に大変整っている。
すらっとした体型に、メンズのような見た目のため、ゲイスは男と勘違いしてしまっていた。
「…参ったな」
「なんてすか?ルッキズムさん」
「だぁぁもう悪かったって!」
(ただでさえこいつがコウガリア人ってバレるのはまずいのに、女となると…)
戦時中のこの国、チョウガウでは戦地に赴くことのできる男が優位に立ち、そうでない女は低く見られるといった胸糞悪い常識がまかり通ってしまっていた。
これではいくらゲイスの立場を利用しようと、少々立ち回りが難しくなってしまう。
(リスクはなるべく抑えたいな)
「…そういやお前、名前はあるのか?」
「アグリと言います。呼ばれた記憶はありませんが」
「そうか…いい名前じゃないか」
「……どうしてゲイスさんは敵国であり人質である私を見逃してくれるのですか?」
「あ?あぁ、簡単なことだよ。顔が好みだったから」
「…とんだ下衆野郎でしたか」
「いいか、俺についてくるにあたってお前にはいくつかの要件を飲んでもらう。断ればそれはもう無惨に殺す!」
「…なんだかキャラに似合わず横暴ですね。要件によりますが、今の私が断れる立場ではないことは重々承知しております」
「まず髪を切れ」
「…はい?」
「無知無学無教養なお前にはわからんだろうが、この国で女としているには少々骨が折れるんだ。ただでさえお前の身分がバレたら終わる。いいか?」
「無駄口が多いように感じますが。…元から大した手入れもしていない髪です。構いませんよ」
多少眉を顰めたものの、アグリは大した抵抗もすることなくその要件を受け入れた。
乱雑に切り揃えられた髪の毛だけれど、整えれば大層綺麗になるだろう。
女が髪を必要以上に大切にしていることはゲイスも理解していた。だからもう少し抵抗されるのではと思っていたがその心配は杞憂だったようだ。
「それから、男として振る舞え」
「そんなにこの国では女性は生きていくのに不便なのですか?」
「…残念だが、そうなるな」
「わかりました。元から女としての作法も知りませんのでこれを機に教えていただきたいです」
(思ったより素直なやつだ。…まぁ、自分の立場を考えればそうもなるか)
顎に手を当てて考えていると、少し離れたところから話し声と足音が聞こえてきた。
少々長居しすぎたようだった。
「…これ以上ここにいるのはまずいな」
「そのようですね」
「よし!そうと決まったらさっそく俺の行きつけの美容院にいくぞ」
そう言ってゲイスはアグリの手を引きながら、自分の住んでいるこの国、チョウガウの首都へと向かっていった。