2 ゲイス
「申し遅れた、俺の名前はゲイス」
アグリよりだいぶ身長が高い彼はアグリを見下ろしながら、そう名乗った。
「……変な名前ですね」
(初対面なのに失礼なやつだな)
「そういうお前は何者だ?牢から脱してきたところを見るに、おおよその検討はつくが」
「物心ついた時にはここにいました。だから自分が何者かなんて知りません」
「……ほう。」
(ここに囚われている者は敵国、コウガリアの人質。恐らくこいつもそこ出身であることは間違いないだろう。…物心ついた時にはここにいた、か)
十数年続いているコウガリアとチョウガウとの戦争。
現在は一時休戦となっているがそれは建前で、水面下では着々と次の戦争計画に向けて進んでいる。
大人に限らず子供達も、心休まる日がないまま育ってきてしまった。
「そういうあなたは何者なんです?なぜ帽子を被ってるのですか、ハゲてるのですか?」
(自分の立場を理解してるのかこいつは!?)
「よく覚えておけよ?俺が一声出せばお前の命なんぞすぐ消え失せるんだからな」
少し苛立ったゲイスは少し屈んで、意識的に声を低くして脅すように耳元で言ってやった。
「あなたの髪の毛と同じように?」
「俺はハゲてない!それは男にとってはタブーな話題なんだよ!禁句なんだよ!」
「…冗談です。私は外が見たかっただけで。あのまま死んでいくのは嫌だったから。一度でも外の世界を見れたことだし、もう思い残すことなんてありませんよ」
そういったアグリの肩は震えていた。
(そりゃそうだろう、脱走したら敵に見つかったんだ。軽口を叩いていたとしても見た感じまだ子供だ)
「…俺はこの近辺を護衛している。脱走者などは始末する決まりだ」
チャリ、と銃を構える音がする。
アグリは銃口を見つめたまま、きゅっと目を瞑った。
(…人質としてまともとは呼べない環境で育ったのにも関わらずこの忍耐力。死を前にしても命乞いをすることすらしない。まだまだ子供なのに、ここまでとはな)
(いや、この子をこうしたのは紛れもなく戦争を始め、続けている俺たちだ)
そういうゲイスも、成長する頃には戦争に駆り出されていた。
どこかで溜まっていた国への鬱憤。
お国の為と称しながらあっけなく死んでいった仲間たち。それらが全部美談に変わるなんて、おかしなことじゃあないか。
俺だって別にコウガリアに恨みがあるわけじゃない。ただ、そうなるように教育されてきただけなんだ。
それもこれも全部、お国の為に
それなのにこいつは、そんな国のせいでこのような生活を強いられていても、その強い心意気で今日まで頑張ってきたんだろう。
パァン、と夜空に大きな音が鳴り響いた。
銃口はアグリではなく、いつの間にか星空に向いていた。
「…え?」
「人質No.550。お前は今宵、ここで死んだ」
(命を顧みずたった一人でここを脱走したんだ。これを讃えず、何を讃えるのだ)
「俺と一緒に来い、勇気ある少年よ。この世界を見せてやる」
「…少女ですが」
「…嘘……だろ」