1 囚われの身 アグリ
(暗いなぁ)
じゃらり、と腕に巻きついている鎖を揺らしながら、自らが置かれているとっくの昔から当たり前の世界に改めて視線を彷徨わせた。
(外の世界は、どんなに綺麗なんだろう)
アグリは出られるはずもないこの暗闇の中、幾度となく外の世界へと想いを馳せていた。
時は昔、世界中が戦争を繰り広げている中、アグリのように敵国に売られ、人質とされている者は数多くいた。数多いる人質の中でもアグリは、物心がつくずっと前からこの暗闇に閉じ込められ、人らしい生活をしたことがなかった。劣悪極まりないここの環境では、みんなが死の淵に立たされている。
だれかがここから出してくれたら、なんて
「けっ、また一人死んでやがる」
「形だけの人質なんだからよぉ、減ったほうが楽だろ」
「死体を運ぶ気持ちにもなれっての」
「確かに、いい気はしねぇな」
囚われているみんなが光のない目をしている中、アグリだけはたびたび訪れる看守をじっと見つめていた。
こいつらが来るのは3日に一度。
食事を置きに来るのはまた別の使用人。
今日の食事はもう先刻置かれたばかりだ。
アグリは今か今かとその瞬間を待ち望んていた。
じっと耳を澄ませ、看守らが談笑する声が遠ざかっていくのを確認すると、ゆっくりと状態を起こした。
チャンスは一回。これを逃せばもう二度と外にでれないどころではなく、この生も一緒に消えて無くなる。
鍵は毎度毎度だるそうに来る危機管理の全くない使用人から抜き取ってある。
この日この時この瞬間のために、ずっと計画を練ってきたんだ。
かちり。そこに居座るのが当たり前かのように思っていた鎖があっけなくはずれ、そのまま気を緩めることなくそうっと鍵を差し込んで、自分の牢を開ける。
(出たら、右、右、左)
音を立てないように、ひっそりと自分の居場所を抜け出して、看守が通って行く道、足音を記憶から引き摺り出し、前へ前へと足を進めて行く。
音を立てたら、待っているのは死、のみ。
ここにいる誰かに見つかって、チクられでもしたら終わってしまう。
この世に生を受けてから一度も経験したことのない恐怖を抱きながらも、確かにその足は地面と未来を踏みしめていた。
そうしてようやくたどり着いた外への出口は、重厚な扉でできていた。
抑えきれないくらい膨らんでいく期待を抱えながら、アグリはその扉に手をかけた。
(ここは、鍵がかかってない)
これまで抜け出すものがいなかったのか、杜撰な警備。
ここまできたら、もう待っているのは自由だけ。
ギィ、と力任せで開いた重い壁の外には、月の光に照らされ、青い青い空が広がっていた。
「わぁ、綺麗…」
絵本のような、お伽話のような、そんな世界。
さわさわと風でなびいている草を踏みしめながら、空から目を離せないでいた。
「お前、何をしている」
長年思い描いていた外の世界へに浸る余裕も無く、真後ろから声が降ってきた。
(どうしようどうしよう、殺される、殺される、殺される)
後ろに人なんていなかったはず。いつから?
振り向くこともできないまま、恐怖で身を固めていれば、さらに足音が近づいてくる。
心臓の音が耳にまで聞こえてきて、足が地面から離れなくて。
せっかく、出れたのに。
「…空、綺麗だろ」
「……ぇ」
「こんな日が、ずっと続けばいいのにな」
近づいた足音が真横で止まったかと思えば、その人物はアグリをどうするわけでもなく、空を見上げていた。