2.「順番どおりにしないから」part 2.
「姫様に命じられた件、裏が取れました」
深夜、わたくしの部屋にアトマが報告にやってくる。
「まあ……では本当に?」
「はい、ストーカー王朝の屋台骨はかなりグラついていると言えるでしょう。タキオン・イム・ジェヴォーダンが大臣職を辞してから、魔国の貴族は分断され、タキオンにつく改革派と王党派に分かれて争っているようです。今はまだ武力闘争にまでは至っていませんが、政治情勢は不安定です」
「困ったわね……王子殿下があの不逞の輩を切って捨てられないのも、彼らが王党派の子息だからということなのね」
「そのような事情でしょう、ルクソン様とブラディオン様は改革派なので、サーラの立場は微妙になりますね」
「サーラのことはこのままでいいわ。わたくしもあまり立場をはっきりさせず、新参者の自由を謳歌いたしましょう」
「は! ではそのように!」
危ないわね……
サーラの恋路は邪魔したくないし、頼るとすれば、やはりブラディオン様の方がしっかりしている。
不逞の輩を切れないダメな王子様がどこまでやれるのか……これはニルヴァーナに軍を出すどころか、内戦の可能性も否定できないわ。
王子殿下だけでも改革派に変えることはできないかしら?
改革派の方々は絶対に今の王政を倒したいのだろうか?
ジャマナ王子殿下は、なぜこんな裏話をわたくしに……?
もしかして、わたくしがどう動くか、見極めようとしているのかしら?
そこからはもう眠れず、わたくしは不安に押しつぶされそうな気持ちで魔国の夜をやり過ごした。
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「え!? ブラディオン様のお父様はもう大臣ではなくなってしまったのですか?」
朝、身繕いをしながらサーラに魔国の政治情勢について話をすると、やはりブラディオン様の進退について心配しているようだった。
「ねえサーラ、最近ブラディオン様とはお会いしているの?」
「え、ええ……一昨日、中庭の廊下でお会いいたしまして……でも、もう二度とお会いしません!」
「いいえサーラ、ぜひブラディオン様とお会いするべきよ? こんなときだからこそ、サーラとブラディオン様のご縁は生きるために必要なのです」
「ど、どういうことでしょうか? 私には……危険なことのように思われますけれど……」
「革命が成れば、ブラディオン様にお縋りするほかありません。もしできればサーラだけでも生きて欲しいの」
「姫様、そんな……」
「うふふ、そして余裕があったらわたくしのことも助けてね?」
「あ、当たり前です! 私は姫様のためなら何だって……!」
「それに、もし革命が成らなければ、わたくしが責任をもってサーラを助けます」
「ありがとうございます、姫様……私には、その言葉だけでもったいのうございます!」
サーラは涙ぐみながら、わたくしの髪を完璧に仕上げてくれた。
本当に、これからどうなってしまうのかしら……?
わたくしは、暗闇の中を手探りで彷徨うような気分で、ぼんやりとした不安から逃れられない。
サーラは私の代わりに狙われたりしないわよね?
もっと慎重になるべきだろうか?
王子殿下は、なぜわたくしにあんなにも執着されるのかしら?
「何にしろ、今日も気合を入れなくてはいけないわね」
本日も不逞の輩と勉強会に参加しなければならない。
一体なんのお勉強をするというのかしら?
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「本当にこんなところへ王子殿下がいらっしゃるのですか?」
不逞の輩の面々は、片手にランタンのようなものを持ち、揃って地下への階段を降りていく。
ジャマナ王子殿下は、執務室に呼びだされているので、後からいらっしゃると言われたけれど……
果たして本当なのかしら?
でも、魔国とニルヴァーナでは文化が違うし、研究者や教授は地下を好むものなのかも知れないわ。
「階段に欠けたところがあるからお気をつけください、姫」
ヤギっぽい獣人の方が紳士的に注意喚起をしてくれる。
……たしかデイビス様だったかしら?
以前、わたくしに「王子殿下の婚約者を辞して俺と付き合え」などとおっしゃった竜人の方は、お名前をラホーシュというらしい。かなり高位の貴族家にお生まれらしいけれど、さすが不逞というか、勘当寸前になるまで悪さをしていたようだ。
あの後、ジャマナ王子殿下に誰だったのか思い出すようしつこく迫られたけれど、暗かったので顔がわからなかったと言い訳をしてお茶を濁した。
ただでさえ厄介な不逞のお仲間に、余計な火種を落としたくはないもの。
私のすぐ後ろには、流行の話で少しは近しい関係になれたのか、マルス様の妹であるマルカ様とお友達のサグダラ様がいらっしゃる。
この勉強会に参加することで、もう少し親しい関係になれればいいのだけれど……
階下に進めば進むほど怪しい霧が立ち込めて、何だか酔いそうな心持ちになるけれど、この煙は吸ってもいいのかしら?
「お待ちしておりました」
最下層にたどり着くと、何やら怪しいドアがあり、その前に入り口よりも大きな男性が立っていた。
「きゃ!」
「失礼、こいつは大丈夫ですよ姫。実におとなしい奴隷ですから」
「ど、奴隷ですって……?」
断言できますわ、絶対にこんなところでお勉強など出来はしません。
不逞の輩たちは、気にせずどんどん中へ入っていく。
どういう魂胆なのかしら?
かすかに開いたドアからは、これまで嗅いできたよりも濃厚な煙が漏れ出していて、頭の中がグラグラと揺れ動くような感覚に危険を感じた。
わたくしは、あまりの怪しさに中に入ることができず、階段へと戻ろうとする。
でもそこで奴隷の手に絡め取られ、わたくしの耳元で「申し訳ございません」という声がしたかと思うと、無理やり口に布を押し込まれる。
何ということかしら……助けを呼ぶ間もなく、わたくしの記憶は途切れた……
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「大丈夫ですか!? ウィノナ姫!!」
ああ……王子殿下も遅れてやってきたというわけね……
このような無体なこと、いくら不逞の高位貴族でも、王子殿下の命令なしに実行するはずがないわ……
一連の企みの黒幕は、やっぱりジャマナ王子殿下なのね……
ぼやけた頭で陰謀論に耽りながら、わたくしは目を開ける。
「ああ、よかった! やっと目を覚ましてくれた!」
王子殿下は、ホッとしたようにわたくしの頬を撫でる。
まさか頬を撫でる行為にも、魔国ならではの深い意味があるのではないかしら……
ジャマナ王子が不逞の友人たちに向かって何やら注意をしているようだけれど、わたくしの耳には届かない。
ケラケラと笑う令嬢の声と、床のほうから呻き声が……
って、これはあの奴隷!?
一気に目が覚めて周囲を確認すると、わたくしのドレスは半分剥ぎ取られ、奴隷は血まみれで床に倒れていた。
ここは魔薬窟なのだろうか?
「とにかく、このような場所に二度と姫を連れ出すんじゃない、わかったな!」
ジャマナ王子はこちらを見もせず、その辺の掛け布をバサリと被せると、わたくしを抱き上げる。
「ん……やめ……」
何ですの? おやめください! と、申し上げたいのに口がうまく開かない。
わたくしはそのまま自室に運ばれ、そのまま深い眠りについたのだった。