2.「順番どおりにしないから」part 1.
「ウィノナ姫、私の友人を紹介します。左からゼルジン、マルス、ラホーシュ、サグダラ、マルカ、デイビスです。お見知り置きを」
「よろしく、姫」
「マルスです」
「どーも♪」
「相変わらずいい匂いね」
「よろしくねぇ」
「……よろしく」
「ジャマナ王子殿下の婚約者としてニルヴァーナ王国から参りました、ウィノナ・ウーラ・モルジェイユですわ」
王子殿下がお茶会でご友人方を正式にご紹介してくださると言うので、どんな顔で会いに来るのかしらと思ったけれど、さすが不逞の輩というべきか呆れてしまった。悪びれもせずよくもまあ……取り敢えず、ご本人たちから謝罪の言葉はいただけないようですわね。
ジャマナ王子に膝枕をしてからというもの、わたくしたちの関係は裏側になったように思う。
表側の関係は、あくまで婚約者として魔国にやってきた弱い立場……言ってみれば人質のようなもので、不逞の輩から見れば虐げてもいい存在の人間であるわたくしを、ジャマナ王子殿下が渋々お相手してくださっている感じなのかしら。
ジャマナ様は、いつでもわたくしに紳士的な態度を見せてくださるけれど、取り巻きの不逞の輩は失礼なことばかり言ってくる。
確かに、わたくしが実質的に人質のようなものであることは否めないわ。
王様の加護があっても、嫌な気分は避けることができないものなのね……
「私もニルヴァーナ王国に行ってみたぁい☆ きっと人間を狩り放題なんでしょうねぇ」
「…………そのようなことは条約違反だ。口を慎め、マルカ」
「はぁい、王子殿下」
この場では王子殿下が嗜めてくれたから良しとせざるを得ませんけれど、こうもあからさまに殺意を向けられると、本当にわたくしが嫁ぐことで魔国の侵攻を止められてよかったと思いますわ。
無言で微笑むことしかできないわたくしは、不逞の輩たちに囲まれて、心の中がメチャクチャになってしまいそうだった。
「この魔国では、今どのような流行がございますの?」
お茶会で無難な話題といえば、お天気と流行と相場が決まっている。
なにも好きこのんでつまらない話題について延々と話し続けるのではなく、無難な話から相手の様子を窺って本題に持って行くための話術だ。
気心の知れた友人たちと会話を楽しむような場なら、話題など何でもいいけれど、公式のお茶会に出席するような面々はすべて競合する敵。隙を見せればあっという間に踏みつけられて、勢力図が塗り変わってしまうこともあるから、十分に気をつけなければなりません。
……と、わたくしの家庭教師なら言うでしょうね。
でもこの不逞の輩どもにはそれがわからないようで、「流行……?」と鼻で笑う男性陣、興味のある話題なのか少し表情が明るくなる女性陣に別れた。
「いま魔国で流行ってるのはァ〜……んねぇ、サグダラ、何だっけぇ?」
「そうね……西の森での黒ミサ☆オールナイトとか? 後は……ミッドサマーレイブ? 狩りなら北部で足狩り? そんな感じかな」
「そぉそ、そんな感じぃ☆」
「それは……何とも魔国らしい流行ですわね。皆様もよくいらっしゃるの?」
「私はァ〜……サグダラと行ったアレ……何だっけぇ?」
「コルプスクリスティ?」
「そう、それぇ〜! 赤いドレスでぇ、一晩中踊るの☆ 最高楽しかったァ!」
「後は……ベブチャニ?」
「ベブチャニ最高!! グルピアグスが飲ませまくってさァ! ジャマナ殿下も……」
「マルカ! いい加減にしろ!」
「……はぁい」
何やら面白い話が聞けそうでしたが、王子殿下がマルカ様を嗜めてしまったので、尻切れとんぼに終わってしまったわ……
後で王子殿下から直接聞いてみてもいいのかしら?
そう思ってジャマナ様のほうを見ると、少し顔を赤らめてそっぽをむいてしまわれた。お恥ずかしいと思っていらっしゃるなら、交渉材料に使えるかもしれないわね。不逞のご友人もなかなか有能じゃない。
「皆様とお話ができて、とても光栄でしたわ」
思いのほか無難にお茶会は終わって、わたくしはそのまま自室に下がらせていただくことになった。
「お部屋までお送りいたしましょう、ウィノナ姫」
王子殿下が婚約者としての義務を果たそうと、護衛役を買って出てくれたので、わたくしは素直に腕を取る。
「ありがとうございます、殿下。それでは皆様、ごきげんよう」
不逞の輩たちも、さすがにそれ以上失礼なことはせず、大人しく見送ってくれた。
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「すみません、皆にはしっかり注意したつもりですが、マルカが大変失礼なことをいたしました!」
わたくしの部屋に入るなり、王子殿下は片膝をついて拳で床をおさえ、申し訳なさそうに謝罪する。
い、いいのかしら……? 大国の王子殿下が、弱小国の人質である姫にこんな体勢をとってしまって……
「じゃ、ジャマナ様? 落ち着いてくださいませ……」
「ああ! やはり許してはくださらないのですね、私のことをそのように他人行儀に呼ぶということは……!」
「落ち着いて、ジャマナ。わたくしは怒っておりません」
「ほんとうですか、ウィノナ……そうお呼びしても?」
「よろしくてよ。ただ、わたくしがお聞きしたいのはベブチャニでのことです。グルピアグス様にお酒を飲まされて、ジャマナはどうなったの?」
「ああ……そんな……そこは掘り下げないでくれ」
「なぜですの? 婚約者のわたくしにも話せないことなんですか? では殿下……」
「ああ! 殿下だなんてやめてくれ! 話す! 話しますから! お願いですウィノナ!」
少し楽しい気分になってきたわたくしは、サーラがお茶を運んで来るまで、ベブチャ二で行われた王子殿下の醜聞を根掘り葉掘り聞いてしまった。
ソファで羞恥に顔を歪めるジャマナ王子は、少し可愛い気もしますわね。
「ジャマナったら、王子様なのにそんな危険な遊びをしてはダメよ? わたくしと結婚した後も遊ぶと言われたら、わたくしどうしようかしら?」
「ウィノナ……ごめん。でもあの……できれば私の話を聞いてほしい……」
「あら、どうしました? 話ならもう聞きましたわよ?」
「君に言われて話したのは……そうなんだが……その、素直に話したご褒美をくれないか?」
ご褒美……? わたくしは今、そのような取引をしたかしら……?
自分の言に間違いがあってはいけないので、わたくしは少しだけ記憶を巻き戻す。
「あら……お話いただいたのは、謝罪の代わりだったような気がしましたけれど。殿下がご褒美を欲しいとおっしゃるのでしたら、もう少し面白いお話を聞きたいですわ?」
「そんな! なぜ貴女はすぐに私を突き放すのだ!? そうやって殿下などと……!」
「んふふ……ジャマナが欲張りだからいけないんですわ、きっと」
つい癖で『殿下』とお呼びしてしまうけれど、ジャマナ様は耳ざとく反応なさるので、ごまかすのが大変だ。
どうしてそんなに殿下呼びがお嫌なのかしら?
わたくしは、辛そうに胸を押さえるジャマナ王子殿下を見ながら、あまり虐めすぎるのは良くないわ……と思い直す。
「何にせよ。ご褒美に値するだけのお話が聞けましたら、膝枕に頭ナデナデもお付けしましょう」
「ほんとうですか!? それではこんな話はどうでしょう……」
王子殿下のお話は、思いのほか真面目な政治裏話で、わたくしはそれを聞いてしまったことを後悔した。