1.「隣国からの花嫁」part 6.
「先日は申し訳ございませんでした」
王城の居室にいると、王子殿下が直々にご訪問くださったので、サーラはあちこちに連絡をして最高級のお茶やお菓子を取り寄せるのが大変そうだった。
わたくしたちは魔国王様の庇護を受け、何不自由ない暮らしをさせていただいているけれど、王子殿下にお出しするようなお菓子は置いていないのだ。
「お気になさらないでくださいませ、殿下。わたくしも魔国での振る舞い方がわからず、ご迷惑をおかけいたしました」
サーラがいない間、ジャマナ王子と二人きりになってしまったけれど、またおかしな雰囲気になったら困ってしまうわ。
取り敢えず隙を見せないようにしっかりしなくては。お茶も出せていないのだから、わたくしが話術で間を繋がないといけないのよね。
「いえ……実は、あの後、友人たちから貴女と会ったという旨を聞かされまして……大変ご迷惑をおかけしたこと、ここに謝罪します!」
「そ、そんな! もう過ぎたことですわ、お顔をお上げになってください!」
「私は……若い頃、その……かなり手のつけられない不逞者でした……」
「まあ、不逞だなんて……」
「その頃の友人が、いまだに私と縁が切れず、本来であれば側近になるような身分の者も多いために対応に苦慮しているのです」
「そうでしたの、大変ですわね……」
友人……と言えるのかしら、そんな相手。
だけど、王族は友人ができないものなのだ。わたくしだって、アトマやサーラしか友達のように話ができる者などいないわ。アトマだって、もう昔のように気軽な会話はしてくれない。
どんなに不逞でも、王子殿下が手放せない気持ちはわかるかもしれないわね。
だからといって、あの態度は許せませんけれど。
「殿下のご友人方は、わたくしをお認めくださっていないようでしたけれども……魔道具の名簿に名前を記したものは、王様の加護を受けられるとお聞きしましたので、それほど怖くは感じませんでしたわ」
「しかし、ブラディオンにも聞き取りをしたところ、貴女は防御魔法を発動させたということだったが?」
「そ、そうですわね……」
「いったい彼らに何をされたのです?」
「そ、それは水に流すと言うことで……」
「……私には言えないことをなさっていたと?」
ずっと申し訳なさそうに眉をハの字にしていた王子殿下は、急に厳しい顔になってわたくしを鋭く睨む。でもすぐに目をそらして、斜め下のどこか一点を注視したまま、何やらモゴモゴと呟き出した。
王子殿下は、思ったより面倒な性質の方みたいですわ。
「……仕方ありませんわね、ここだけの話に留めてくださるならば、正直に申しましょう。よろしいかしら?」
「聞きましょう、どうぞ包み隠さずお話しください」
「その……ジャマナ殿下との婚約は諦めて自分と付き合えと……」
「誰だ! そんなことを言ったのは!!」
「……お名前は存じ上げませんでしたわ。ご紹介いただけませんでしたので」
もしかしたら、この非礼のお詫びに軍を出していただけたりしないかしら?
でもお父様に、マイナスの情報で譲歩を引き出すのは下策と教えられているのだったわ……
王子殿下とは、もっといい関係になってからお願い事をすべきなのでしょうね。まあ、この状況から、いい関係になる方法がわかれば良いのだけれど……
「王子殿下、謝罪はお受けいたしましたわ。ご友人方には、王子殿下からご注意いただければ結構ですので……」
「……した……」
「え?」
「ちゃんと釘を刺した!! だがあいつらは俺の話など聞きやしないんだ!!」
「ジャマナ王子殿下……?」
「すまない……! 私が不甲斐ないばかりに君を危険に晒してしまう……! 貴女に捨てられたら私は……」
「お、落ち着いてくださいませ、王子殿下」
いい加減、わたくしの手には負えないかもしれない……
あまり興奮した男性に近づきたくはなかったけれど、ここで殿下を放置したら、わたくしの婚約者としての立場も危うくなってしまうわ。
泣きじゃくる王子殿下の背中をさすって、声をかけることしかできないわたくしは、サーラが早く戻ってきてくれることを願っていた。
「ジャマナ王子殿下、わたくしが殿下を捨てるだなんてことありませんわ。大丈夫ですから、ほら、息を整えましょう?」
「ああ、ああ……貴女に感謝を、ウィノナ姫……」
やっと我に返った王子殿下は、ハッとして矢庭にわたくしの肩をつかみ、恐ろしい目で迫ってきた。
「貴女は私の弱味を握って……これからどうするつもりですか!?」
「ど、どうもいたしませんわ……」
「まさか、他者の弱味を利用しないだなんて……そんなことあるわけがない! だが…… あるのか? 人間の国では……」
「わたくしは、殿下の婚約者です。殿下がわたくしをお捨てにならなければ、ずっとお側におりますわ」
「そんな……! まさか! 私は貴女を離しません! 捨てるだなんて、そんなことあるわけがないだろう!!」
わたくしが自らジャマナ王子の隣りに座ったのだけれども、流れのままに抱きつかれてしまって、接触のし過ぎではないかと不安になる。
自信に溢れていたときの色気はどこへやら、今の王子殿下は、まるで赤子のようだわ……
「失礼いたします」
わたくしたちが落ち着くと、やっとドアがノックされて、お茶の用意をしたサーラがワゴンを押して来た。
サーラは向かい合っていたはずのわたくしたちが、いつの間にか隣り合って座っているのを見て、何やらニコニコしながらお茶とお菓子を提供してくれた。
違うのだけれど、まあ結果オーライかしらね……
サーラに苦笑して、わたくしの状況をわかってもらおうとするも、満面の笑みで頷かれてしまう。そのまま、邪魔者は消えますとばかりに、そそくさとサーラは退場した。
うぅ……こうなったらもうヤケね……
「殿下、ほら、泣いた後は水分を補給したほうがよろしくてよ? お茶をお召し上がりになって?」
「コクッ……ありがとう……」
気の抜けたジャマナ王子は、わたくしが差し出すカップから、お人形のようにおとなしくお茶を飲む。
ちょっと失礼だったかしら? でもこうしないと、王子様ったら、何もしないで俯いているだけなんですもの……わたくしがお世話するしかないんだわ。
次いでクッキーを口元に運ぶと、王子殿下はフニッと柔らかな唇で、わたくしの指まで食んだ。
「殿下!?」
思わずわたくしが声を上げると、王子殿下はあざとい上目遣いで甘えてくる。
本当に、この方は赤ちゃん返りしてしまったのではないかしら?
ここで取り乱してはいけないわね。婚約者として、ジャマナ王子にとっての特別な存在にならなければ。
そのためには、こういった時間もしっかり受け止める必要があるのだわ……
「仕方ありませんわね……今日は特別に甘えさせてあげますわ。でも、明日からはしっかりなさってくださいね?」
「いいのですか!? ならば、膝枕をしてほしい……」
「!?」
わたくしったら、泣いている成人男性を初めて見たものだから、つい譲歩し過ぎてしまいましたわ。
でも、先ほどの絶望的な状況から比べれば、だいぶ王子殿下との関係は改善傾向にある。甘やかしてあげるって、わたくしが言ってしまったのだもの、要求を受け入れる他はないのだわ。
少し黙り込んでしまったわたくしを心細げに見つめ、ジャマナ王子は「ダメですか……?」と問う。
「も、もちろん、いいですわよ殿下。さあ、こちらへどうぞ」
「ああ、ウィノナ姫! ぜひ私のことはジャマナとのみお呼びください……私も貴女のことをウィノナと呼びたい」
「そ、そうですわね。では、このように二人きりの場では『ジャマナ』と親愛の情を込めてお呼びいたしますわ。でも公式の場ではお許しくださいまし」
「もちろんです。公私の区別はしっかりせねば! ではウィノナ、貴女のお膝を拝借します」
どうやら王子殿下は、やっとご自分の立場を思い出してくださったようね……
はっきりいって膝枕なんてしたことがないものだから、わたくしは初めの姿勢から一切動くことができなくて、どうすればいいかわからないまま王子殿下の枕になりきったのだった。