1.「隣国からの花嫁」part 5.
次の夜会でも、ジャマナ王子殿下が新しく贈ってくださったドレスを身につけた。
その次の茶会でも、そのまた次の仮面舞踏会でも。
さすが大国である魔国というべきか、ニルヴァーナ王国ではありえないほどのイベントが目白押しですわ……
「さあウィノナ姫、お手をどうぞ」
「ジャマナ王子殿下、お気遣いに感謝を」
今のところ、王子殿下から何か嫌がらせを受けるといったことはないけれど……本当に不逞の輩と知り合いなのかしら?
魔国の王様から「粗相のないように」と命を下されているから、それが効果を発揮している可能性はあるわね。
立場の違いこそあれ、根本的にみんな同じような能力しか持たない人間と違って、魔国の民は完全に力関係が歴然としている。
この国で一番強いのは王様であり、王様の命令は絶対。
文句があるならかかってこいと言わんばかりで、実際に戦えば王様が圧倒的な力で勝利する。
そして王様の庇護を受けた者たちは、王城で役目を与えられて穏便に暮らすのだ。
ジャマナ王子も、やはり王様の庇護を受け、後継者として成長しようと努力していらっしゃる。
この御方が、立派な魔国王になれば、我がニルヴァーナ王国に救いの手が差し伸べられるかもしれない。
「姫、しばらくここで待っていてください。私は大臣たちに呼ばれてしまいましたので」
「ええ、気にせず行ってらっしゃって」
「今日は、護衛代わりのルクソンもおりませんので、いささか心配です。必ず、ここに居てくださいね」
「まあ、わたくし子供ではありませんわ」
「……そうでした。では!」
王子様は辺りを見回してホッと一息つくと行ってしまわれた。
本日の夜会は、何やら深刻な外交問題がメインになっているらしい。殿方だけだと殺伐としてしまうので、パーティー形式で華やいだ雰囲気にしていると聞いたわ。
だとすると、私を含めたドレス組は、できるだけ交流をしながら明るい空気を作らなければいけないのではないかしら。
「ヒュー♪ 王子殿下の婚約者に、やっとお目にかかれましたよ。噂に違わぬ金色姫ですね」
急に後ろから声をかけられて振り向くと、何やら目つきの悪い獣人たちがニヤニヤとわたくしを見ている。もしかして……不逞の輩かしら?
本来なら失礼な方は無視してもいいのだけれど、今宵は無礼講。お高く止まって、万が一にも王子殿下の瑕疵になってはいけないわ。
「ごきげんよう。初めてお会いしますわね? どちらのご子息でしたかしら?」
こんなマナーのなってない人たちを実際に目にすると、任務中だったとはいえ、ルクソン様とブラディオン様がどれだけ上品な振る舞いをなさっていたかがよくわかるわね。やはり、たまには上質なものだけでなく、比較対象になる存在を知っておく必要もあるのだわ。
暗に自己紹介を促したけれど伝わらず、別の者たちも次々と話しかけてくる。一体どうなっているのかしら?
「王子殿下はこんな人間にメロメロなのォ? つまんなそうな女じゃなぁい」
「でもマルカ、この子本当に美味しそうな匂いがするわ?」
「ちょっとォ! サグダラまでやめてよォ! んもう、王子騙されてるって絶対!」
ふしだらな物言いをするご令嬢方ですけれど、一体どういうつもり……?
わたくしが困惑していると、最初に声をかけてきた竜人のような輩が、強引にわたくしの手を取った。
「姫、王子なんかやめて私とお付き合いください……気取ってないでさ!」
「おやめになって! わ、わたくしは王子殿下の……!」
何なのかしら……? わたくしは、その王子殿下にハメられたのでは!?
だって考えてもごらんなさい、ジャマナ王子がこの場所を指定して、わたくしは今こんな目に合っているのよ!?
馬鹿なウィノナ……やはり魔国は一筋縄では行かないのだわ……もしかすると、この不逞の輩たちだって、王子殿下の回し者かもしれないじゃない!
「俺の手も振り解けないで何が姫だよ、笑える」
「ラホーシュいいね! やっちゃえ!」
獣人たちに壁際まで追い詰められて、わたくしは思わず防御魔法を発動させた。
バチバチッ……!!
小さな雷が周囲に走って、わたくしの手をつかんだ竜人が片手を押さえる。
「いってぇッ!! この女ァ……!」
「どうされました? ウィノナ姫……王子殿下、こちらです!!」
騒ぎを聞きつけたのか、急に誰かの声がして、不逞の輩たちは逃げていった。
……助かりましたわ……
あの様子では、王子殿下は関わりないのかもしれないけれど……わざと仲間に襲わせて助け、自分の株を上げるという手口もあるらしいから、判断は保留ね。
光源の明かりが届かない暗がりで息を潜めていると、ぬっと顔が出てきて、思わず叫びそうになってしまった。
「大丈夫ですか? ウィノナ姫」
「ぶ、ブラディオン様でしたか……驚きましたわ」
「申し訳ございません。驚かせるつもりはなかったのですが」
「いいえ、危ないところを助けていただきまして、ありがとうございます」
「こんなところにいては、また襲われますよ。明るいところへ行きましょう」
王子殿下が戻ってきたのは、わたくしが丁度、ブラディオン様の手を取ったときだった。
「何をしている? ブラディオン」
思いがけず厳しい声に、わたくしまで震え上がる。
「これは王子殿下、ちょうど今、ウィノナ姫をお連れしようとしておりました。では、姫」
「あ、ええ……感謝を」
ジャマナ王子は厳しい表情のまま、足早に去っていくブラディオン様を見つめる。
そしてわたくしのほうを見ると、さらに顔を顰めた。
「あのような暗がりで、何をしていたのですか?」
「申し訳ございません、殿下」
「私は、この場所で待つよう言ったはずだが?」
「ええ……そうでしたわね」
「貴女は、子供ではないのでしたよね?」
どういうことかしら……?
手はず通りわたくしが襲われていないから、この人は怒っているの?
何だか不信感で上気してしまい、顔が熱い。
わたくしが何も言えないまま黙っていると、王子はわたくしの腕を強くつかんで庭へと歩き出した。
「いッ、痛いですわ!」
「あなたはッ! 私の婚約者のはずだ! 違いますか!?」
「そうです」
「では、そのような顔で……ブラディオンと何をしていたのだ!」
「なにって……」
そちらが先に不逞の輩をけしかけたんじゃなくて……!?
そんな言葉が喉元まで出かかって、ふと王子が黒幕だとわたくしが知っていることを、決して悟られてはいけないと思い至る。
冷静に、落ち着くのよ……
わたくしが王子殿下と目を合わせると、ジャマナ王子も少し口調が穏やかになって、ため息をつく。
「まあいい、今回だけは許す。それで? どこです? ブラディオンに触れられたのは……」
「手だけですわ……」
「嘘を言うんじゃない、髪が乱れていただろう……うなじか? 耳か? 正直にいえば許します」
そんなことを言いながら頬をペロリと舐めるのは、反則じゃないかしら……?
「ここは……? ここには触れられましたか?」
「そこには触れられておりませんわ」
「貴女は嘘が上手なのだな……ではここだろう? 貴女の首筋に触れたがる者は多いはずだ」
「そ、そんなところ……誰も触れておりません……王子殿下しか」
「ああ、貴女はなぜ私を惑わせるのだ……やめてくれ……婚約者だと言うのなら、私だけを愛してほしい」
王子殿下は信用できない。けれど、泣きそうな声でわたくしに縋るこの方を、なぜか嫌いになれないわ。
結局その晩は、ジャマナ王子が納得するまでキスされ続けてしまった。