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5.「最後の一線」part 8.

「ウィノナ姫! 良かった、サーラと合流できていたのですね!?」



 部屋で避難の準備を進めていると、アトマとブラディオン様がいらっしゃった。



「サーラ、姫が心配なのはわかるが、ひとりで先に行かないでくれ!」


「ご、ごめんなさいディオ……居ても立ってもいられなくて」



 ブラディオン様は、相変わらずサーラをお気に入りのようね。


 サーラのほうも、とうとうブラディオン様を愛称で呼ぶようになって……


 二人の仲睦まじい様子を見ていると、わたくしも心が満たされますわ……



「あの二人は安定のイチャつきが板についてきましたね。サーラ様があんなに天然ボケとは思いませんでしたが」


「アトマ……あなた、結構言いますわね……」



 まあ確かに、サーラとブラディオン様の雰囲気は、(はた)から見ていても甘いわ。


 アトマは、幼い頃から知っているサーラの意外な一面に、驚きを隠せないでいるのでしょう。


 わたくしからすると、アトマだってもっと感情的になってほしいと思っているのだけれど……



「とりあえず出発いたしましょう! 地下墓地に行く道はこちらです!」


「姫様、こちらへどうぞ」


「ありがとう、サーラ……ブラディオン様も」


「荷物は私が、ウィノナ様」



 マーヤークがわたくしの荷物をあっという間に手のひらに吸い込んで、涼しい顔をしてついてきた。


 本当なら、わたくしは避難せずに、王子殿下に相対すべきなのでしょうけれど……


 ここで揉めて、皆が逃げ遅れるよりは、一旦流れに従ったほうがいいかもしれないわ。


 わたくしは、王子殿下を本当に殺せるのかしら?


 あの方だって、置かれた立場で頑張っていらした。


 ただ、わたしくしの理解できない方向に行ってしまったというだけだわ……


 城の中を急いで移動していると、急にドォォオォォン……! と鈍い振動が響いてきた。


 天井から細かな石がパラパラと落ちてきて、城に何らかの攻撃が加えられたとしか思えない。



「まさか!? 敵がもう到着したというのか!?」


「魔法攻撃が着弾したのでしょう。まだ時間はあります、お急ぎください!」



 ブラディオン様が焦ってしんがりを務めようとしたけれど、冷静なマーヤークに()かされて、また走り出す。


 わたくしたちは、可能な限り足を前へ出し続け、肺から聞いたことのない音がするほどに息が上がる。でも転んではいけないわ。わたくしが倒れれば、誰かの負担になってしまう。サーラをはじめ、わたくしを素直に見捨ててくれる者はいないでしょう。


 ほんの少しの時間差で、運命が変わってしまうはず。


 いつもそうだった。


 たまたまその時間、その場所に居ただけで、誰かが命を落とした。


 ニルヴァーナ王国での自然災害や、暗殺事件、交通事故……そう、アトマがわたくしの代わりに毒を飲んでしまったこともあったわ……


 あれから、わたくしは誰も犠牲にしないと決めたのだ。


 わたくしは無力だけれど、できることなら何でもする!


 何度目かの攻撃音が響き、もう少しで地下墓地に着くかというところで、とうとう天井が崩れた。


 瓦礫がわたくしたちを分断し、前を走っていたサーラが向こうから叫ぶ。



「姫様ぁ!!」

 

「わたくしは大丈夫! サーラはお逃げなさい! ブラディオン様、お願いしますわよ!」


「お任せを!」



 サーラとブラディオン様さえ無事ならば、ジェヴォーダン家はどうにかなるはずよ。


 行動を起こしたというタキオン様は、ご無事なのかしら……?



「アトマ、あなたはご当主様の……きゃ!?」


「ウィノナ様!」


「見つけたぞ……()()()()!!」


「ジャマナ殿下!?」



 大穴の空いた天井から降ってきたのは、怒りに我を忘れた王子殿下だった。


 まだ人の姿を保っているものの、目が怪しく光って、身体中から湯気のようなものが出ている。



「なぜ逃げたのだ!? どうして避ける? そんなに私が嫌いか!? あんなに愛を与えたのに……ああ、ウィノナ!!」



 王子殿下は、頭を押さえて苦しんでいるように見えたけれど、片手に剣を持っているので容易に近づけない。


 まだ好機ではない……マーヤークがこちらを見ているのに気づいたけれど、わたくしは合図を出すタイミングを(はか)りかねていた。



「王子殿下……わたくしは、あなたから逃げたわけではございませんわ……少し()()を楽しんでおりましたの」


「何だと……?」



 我ながら訳のわからないことを言っているわね……でも会話に付き合ってくれるなら、時間稼ぎができるかもしれませんわ。


 その間にサーラたちを遠くに逃して、マーヤークが動きやすいように立ち回れば、きっと……


 でも、それはわたくしの単なる希望的観測だった。



「貴女まで嘘を()くのか!? ウィノナ、ああ、ウィノナ!!」



 王子殿下は、燃え上がる爆炎に包まれて黒い影になる。


 炎の勢いが凄すぎて、突風がわたくしたちのいる場所にまで到達した。


 一瞬、息が吸えなくて、わたくしはその場にへたり込んでしまった。



「姫様!」



 アトマがわたくしの前に立ち、両手に武器を構えて王子殿下に対峙する。


 ああ、アトマ! ジャマナ王子に武器を向けてはいけないわ!!


 わたくしの声は掻き消され、ゴウッという大きな炎の渦が辺りの瓦礫を巻き上げる。


 とにかく必死で防御魔法を発動すると、視界の端でアトマが魔法陣を展開させているのが見えた。



「小癪な!」



 王子殿下は、わたくしよりもアトマに気を取られているようだわ。


 炎に巻かれて焼けるような空気の中、薄目を開けてマーヤークの姿を探すけれど、周囲には見当たらない。


 先ほどの……炎の魔法で消された……?


 いえ、まさか……あの悪魔に限ってそんなことはないはずですわ!


 わたくしが焦ってアトマの陰から出てしまったせいか、魔法陣が不安定になってしまった。



「姫様、出てはなりません!」


「ガルルルアァァ!!」



 ジャマナ王子は、ほとんど頭部が狼に変化している。


 まずいわ! 魔族は本来の姿になると強さが増すのだと、王子殿下が言っていたじゃないの……!



「アトマ!!」



 一瞬のことだった。


 わたくしに気を取られたアトマが、王子殿下が操る炎の竜に横から薙ぎ倒されて、通路の壁に叩きつけられ……



「ぐはぁッ……!」



 血が……そんな……



「いやあぁぁあっ……! アトマ! アトマぁあぁぁっ!!」



 アトマは、壁から力無くずり落ちて動かない。


 口からも大量に血を吐いているけれど、壁にもかなりの血がついている。


 今すぐ治療しなければ……!


 どうすればいい? わたくしにできることは何? 治療魔法はできないけれど、止血……そう止血なら……!


 急激にアイデアがたくさん浮かぶけど、何が本当にいいことかわからない。


 周囲のすべてがゆっくりと動いているように感じ、とにかくアトマの近くに行こうと思った。


 アトマ……死なないで!


 死んじゃ駄目!


 絶対に死なせないから……!!


 ああ、わたくしが早く王子殿下を殺していれば……


 わたくしがアトマの陰から出なければ……


 全部、全部わたくしのせいよ……


 後悔してもし足りない。


 泣いたって意味なんかないのよ。



「ウィノナァアァァ!! 次は貴女だ!」



 ジャマナ王子が、先ほどアトマを吹き飛ばした炎の竜をわたくしに向ける。どうなるかわからないけれど、とりあえず防御魔法をアトマにかけなければ! わたくしにはすでに何重にも防御魔法がかけてあるけど、意識のないアトマは防御ができていないはず……!


 駄目元でわたくしの(おとり)になる魔道具を投げ、魔法攻撃の軌道を変える。


 興奮しているせいか、ジャマナ王子の制御が大味で、炎の竜は魔道具に直撃した。


 こんなときにもポンコツで助かったわ。


 わたくしがアトマの元にたどり着くと、まだ息があることに気づいてホッとした。


 いえ、本当は余裕なんてないはずですわ。


 焦って失敗するといけないので、短く深呼吸をすると、わたくしはアトマに防御魔法をかけた。


 傷口を確かめると、外側は思ったより酷くなかった。


 やはり、内臓がやられているわね……



「アトマ? アトマ、しっかりして!!」


「ひ……め……様……」


「しゃべらなくていいから! 回復薬はある? 目で教えて!」



 サーラに聞いて回復薬を作っていることは知っていたから、アトマなら念のため用意しているのではないかと思ったけれど、本当に持っていたのね……


 アトマの道具入れを探ると、小瓶に入った黄色い液体があった。でも……



「割れているわ……」



 ショックを隠せないまま、つい言葉に出してしまったけれど……まったく何もないよりはマシでしょう!


 瓶の欠片に残っていた液体をアトマの口に流し込み、わたくしは道具入れの中に流れ出していた回復薬を、手ですくってアトマの傷口に塗り広げた。


 どのくらい効果があるかわからないけれど、これで少しは時間稼ぎができるはず!


 かろうじて希望が見えたことで、やっと周囲に目を向ける余裕ができたわ。


 でも、わたしの視界に広がったのは、炎の竜がまっすぐに向かってくる白い光。


 終わった……


 マーヤークに、合図なしでも契約の履行をお願いしておけば良かったわね……


 せめてアトマの盾になろうと、わたくしは覆い被さるようにして目を閉じる。


 

 ドォォオオォォン……!!



 大きな音がしたけれど、わたくしに衝撃は来なかった。


 ……また、外したということかしら……?


 恐るおそる目を開くと、わたくしたちの前に大きな影がある。



「大丈夫ですか、姫」



 ルクソン様が、大きな翼を広げ、わたくしたちを守ってくださったのだ。





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