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1.「隣国からの花嫁」part 4.

「国境では失礼いたしました、ウィノナ姫」


「まあ、ルクソン様、ブラディオン様はお元気?」



 急に身長の大きなルクソン様がダンスのお相手になって、わたくしは思わず(ひる)んでしまった。


 弟のブラディオン様は、侍女のサーラを気に入って何かと話しかけてきてくれたので打ち解けられたけれど、ルクソン様とはほとんど話したことがないので身構えてしまう。何となくわたくしを認めないような雰囲気があったし、ルクソン様は王子殿下にも距離を感じる物言いが多かったのよね。


 そのため、ここであまりルクソン様に愛想を振りまかないほうがいいかもしれない。


 もしかしたら、ジャマナ王子殿下の政敵で、不興を買ってしまうかもしれないわ。


 だからといって、あからさまに不調法なことをしても問題になりそうだ。


 わたくしだって宮廷で育った身。笑顔の裏で反発し合う人間関係など、飽きるほど見てきたわ。

 


「おかげさまで。姫もご健勝であらせられるようで何よりです」


「ルクソン様たちお強いご兄弟に、安全に王都まで送り届けていただいたおかげですわ」


「そうですか、ご満足いただき恐悦至極」



 曲がはじまって、ルクソン様のお手を取ると、思いのほかスムーズに踊れた。


 やっぱり高位貴族のご子息だけあって、基本的な部分はきちんとしているようね……


 無事に一曲踊り終えると、横から急にジャマナ王子が割り込んでくる。



「やあ、ルクソン卿。我が婚約者の護衛をつとめてくれて感謝する」


「とんでもありません王子殿下。では私はこれで、ウィノナ姫」



 やっぱり何となく棘を感じる……二人の間にはあまり良くない感情があるようだわ。


 大広間ではまだ音楽が続いていたけれど、王子殿下は私をテラスに連れ出した。


 もしかしたら、少々ややこしい話ができるかもしれない。まだこの段階ではないかもしれないけれど、今夜の出来は良かったと思うし、多少は踏み込んだやり取りができるんじゃないかしら?



「今宵の貴女は一段と美しい……私以外の者と踊らせたくはなかった」


「まあ、きっと王子殿下にいただいたドレスのおかげですわね」


「またそのように謙遜する……貴女自身が美しいのだと何度言ったらわかるのか」


「わ、わたくしなど……王子殿下の麗しさには足元にも及びません……」


「ならば……貴女は私の顔を気に入ってくれたのですね?」



 軽くわたくしの手の甲にキスをする王子殿下の瞳が、チラリと群青に輝いた。



「ルクソンと何を話していました……?」


「え……? ご、護衛のお礼をッ……」



 耳元で囁かれると、さすがにくすぐったいわ……


 少し逃げてしまった私の後頭部を、ジャマナ王子が片手で抑える。



「んむ……!?」



 月明かりの下、王城のテラスで口付けを交わすことになるだなんて……


 わたくしは、まるで物語の主人公にでもなったような感覚で目を閉じた。


 きっと好きでもない相手と愛のない結婚をするのだと思っていた。


 この魔国にだって、生贄になると聞いて悲惨な人生の終焉を覚悟してきたのに。


 急にこんな……こんな……


 この後どうすればいいんですの!?



「震えていますね……接吻は初めて?」


「……お作法は学んで参りましたわ」


「ならばこの先に進んでも?」



 何とか捻り出したわたくしの答えなど軽々と超え、王子殿下は冷たいのか熱いのかわからない碧い視線でわたくしを射抜く。



「わたくしたちは婚姻の儀で結ばれるのではなくて?」


「フフ……そうですね。でもそれまで待てますかどうか……」



 どういうことですの? ジャマナ王子は遊び人の噂があるのかしら? 生贄って、そういうこと!?



「……まって……いただかなくては困りますわ」



 小国の姫など、尊重する必要はないということなのかしら?


 だとしても、わたくしはニルヴァーナ王国のために、できるだけ高値でこの身を売らなくてはいけないのだわ。


 どこまで引き出せるのか、落ち着いて考えなくては……


 軍を動かす権限は、王子殿下にもあるのかしら?


 ジャマナ王子はわたくしの瞳を至近距離でじっと見つめると、フッと笑ってペロリと頬を舐める。



「美味しそうなお顔だったのでつい……申し訳ございません、ウィノナ姫」


「こっ婚約者ですものね……お(たわむ)れを恥じる必要はございませんわ」



 ここで大騒ぎしてはいけないのだわ……


 その程度のことは、わたくしにだってわかる。





□■□■□■□■□■□■





「姫様、夜会からお戻りになってから、考え事ばかりですね……」



 居室に戻ると、侍女のサーラが軽い装いに着替えさせてくれた。


 わたくしときたら、本当に間抜けだわ……王子殿下にまんまと手玉に取られて、実際に舐められてしまうだなんて。



「ああ、サーラ居たのね、ごめんなさい」


「姫様、アトマが王子殿下の噂を探ってきてくれました、アトマ!」


「はい、ここに」



 アトマはニルヴァーナ王家に勤める執事の娘だったのだけれど、本当は養子で影の一族だ。


 幼い頃からわたくしと一緒に育ち、忠誠を誓ってくれているので情報収集などを任せている。危ないことはしてほしくないけれど、王女職をまっとうするには、どうしてもこういった人材は必要となってしまう。


 子供の頃は何も知らずに友達のような関係だったけれど、アトマの本当の姿を知らされてからは、主従関係が固まってしまったようで少し悲しい。


 でもそれがお互いの立場の違いだし、大人になるということなのかもしれないわね。


 アトマには、わたくしが死んだ後の報告を、ニルヴァーナ側に伝えてもらわなければいけないのだ。


 影の一族は人間だと思うのだけれど、魔国では目立たず動けているのかしら? 匂いで目立ってしまうというのは知らなかったわ……


 彼女は、以前から情報収集のためにニルヴァーナと魔国を行ったり来たりしているけれど、アトマがトラブルに巻き込まれたという話は聞いていない。



「アトマ、貴女の名前は魔道具の名簿に書かれていないけれど、この魔国での活動に支障はないのかしら?」


「問題ございません。姫様がご懸念の件ですが、あの王子には良くない取り巻きがいるようです」


「よくない取り巻き?」


「簡単に言えば不逞(ふてい)(やから)です」


「まあ……そんな……」


「姫様、どうされました?」



 やっぱり、ジャマナ王子は遊び人で不逞な者たちと行動を共にしているのかしら? それでルクソン様もいい顔をなさっていない……? そう考えれば辻褄は合うわね。今のところ、王子殿下はわたくしに後ろ暗い部分を見せないけれど、これから油断すればどんな揚げ足を取られてしまうかわからないわ。


 遊び人だからこそ、あんな……そう! きっと夜会での出来事は、わたくしを不逞の仲間に引きずり込めるかどうか探っていたに違いないわ!



「わたくし……わたくしも……王子殿下に舐められてしまったのです!」


「え、姫様……それは」



 すでにブラディオン様に頬をペロリと舐められてしまったサーラが、事情を察してオロオロと顔色を変える。


 すると、アトマがごく冷静に発言した。



「魔国では、気に入った相手の頬を舐めるというのは、基本的な愛情表現のようです。王子殿下は姫様に好意を示したつもりなのでは?」


「「!?」」



 アトマの魔国情報に、わたくしもサーラも飛び上がってしまう。


 お互いに、大体何を考えているのかわかるので、手を取り合って震えた。



「姫様、大丈夫ですよ、姫様はきっと大丈夫ですから……」


「サーラ! ああ、サーラ! どうしましょう……わたくし、どうしましょう……」



 魔国の風習とは、やはり恐ろしいものですわ!


 でもわたくし、サーラが本気でブラディオン様に気に入られていることがわかって、少し嬉しいと思ってしまいましたの……


 これは、わたくしだけの心にしまっておきましょう。


 余計な期待をさせて、もしうまく行かなかったら申し訳ないわ。


 人の心はわからないものだから……


 ああ、サーラ! わたくしがこの世に居られなくなったとしても、貴女だけは幸せになってね。






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