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5.「最後の一線」part 3.

 わたくしの従僕となったウラルは、離宮の中を自由に行動できるようになって、いろいろな情報をつかんできてくれた。



「本日の夕食は、コカトリスのフリカッセだそうです」


「アーキアには、なんと()()が57人いるそうですよ」


「魔国は、これまでも周辺国から王妃を(めと)っていたようですね。調べられた分だけですが、ほぼすべて人間族の女性です」



 それこそ、どうでもいい話から、何やら国家機密のような情報まで玉石混合の詰め合わせ。


 昨日の今日で、ウラルの恋愛事情から禁書の内容まで、膨大な量の情報がわたくしに寄せられていた。



「……ちょっとあなた、もしかしてだけれど……離宮で働く人たちを食べているのではないでしょうね?」



 はじめは悪魔も何か食べるだろうと思っていたのだけれど、わたくしのお節介がうるさくなってきたのか、ウラルのほうから食べ物は必要ないということを告げられた。


 わたくしから奪って復活したように、悪魔は生気(せいき)(かて)とするらしい。



「いいえまさか! ウィノナ様より美味しい生気をくださる方は、今のところ見当たりませんので」


「ではその……何でしたかしら? あなたの恋人のアイグさん……? は、今のところご無事ですのね?」


「ええ……もしやウィノナ様は、私を連続殺人鬼かなにかと混同されているのですか?」


「そんなつもりじゃ……ただ、悪魔が1日にどのくらいの生気を必要とするかわからないだけですわ」


「私は、先日ウィノナ様からいただいた生気だけで、数年はこの外見を保てますよ」


「外見……? まあ、問題を起こさないのなら、それでいいけれど……」



 悪魔の生態はよくわからないので、わたくしは思わぬ見落としをしているのではないかと内心ヒヤヒヤしているのですけれど……


 わたくしの気苦労も知らないで、この悪魔はまったくもう……


 でもまあ、従僕として一応は働けているのよね。


 それに話も通じるし、ある程度の常識も理解しているように感じる。


 たしか、本で読んだことがある大悪魔は、魔法使いだったのよね……だからわたくし、子供の頃はヴィルジェニー・イレイスが悪魔なのだと思って、恐々と遠目で見ていたのだもの。


 うちの魔法使いも相当の変人だけれど、やはり本物の悪魔を目の当たりにすると、違和感の桁が違うとわかる。


 ウラルは見目麗しい殿方だと思うけれど、美しいというよりは妖しい魅力があるわ。


 まあ悪魔ですものね。悪魔はほかの生き物を魅了するといわれているし、獲物が自分に夢中になっているうちに魂を食べてしまうと言い伝えられている。


 ウラルは、もしかしたら、かなり高位の存在なのかもしれない。


 でも、そうだとしたら、なぜわたくしの従僕になったのかしら?



「ウィノナ様、食糧の搬入ルートから脱出できる可能性があります。どういたしますか?」



 この美しい悪魔の調べによると、わたくしが空の酒樽に入って外に出て行けば離宮からの脱出に成功するであろう、ということだった。





□■□■□■□■□■□■





「王女様、本日は王子殿下がお茶にいらっしゃりたいとのことですので、お召し物を相談させていただいてもよろしいですか?」



 昼食後、ウサギ系侍女のミクルが数着のドレスを持ってやってきた。彼女は、もうひとりの侍女である赤髪おさげのコルより年上らしく、落ち着いていてソツのない対応をしてくれる。



「まあ、()()ですの? 王子殿下もお暇ですのね」


「王女様、そのようなことをおっしゃっては……」


「王女様、アクセサリーをお持ちしましたぁ!」


「ちょっとコル! 王女様の前では静かになさいって言ったでしょ!」


「あっ、申し訳ありません、王女様!」


「ふふ、元気なことはいいことですわ。そうね……今日はこれにしようかしら?」


「このアクセサリーに合わせるのであれば、こちらのドレスがよろしいと思いますが……」


「そうね、靴もミクルに任せるわ、髪も任せてよろしいかしら?」


「お任せください、王女様」

「お、お任せください!」



 侍女たちに着付けをしてもらって髪を整える段になると、ミクルがため息をつくように言う。



「本当に、王女様のお髪は、おうつくしゅうございますねぇ……初日のお披露目では、この世のものとも思えない美しさだったと、この離宮にも噂が伝わってきたほどです」


「まあ、そうでしたの……?」



 ミクルに褒められると、悪い気はしないわね。


 離宮の侍女たちは、王城の侍女と違って、わたくしに差別意識を持っていないので付き合いやすい。


 聞いたところによると、離宮組はジャマナ王子派ではないばかりか、現在の王朝とも距離を置く()()()()()()()らしい。


 魔国のストーカー王朝は……たしか300年くらいは続いているはずだけれど、魔国の人たちは人間より長生きだと聞いたことがあるから、まだ関係者が残っているのね。


 このミクルも、意外と数百歳だったりするのかしら……?



「髪型はこのような感じでいかがですか? 王女様、こちらの手鏡でご確認くださいませ」


「ありがとう、問題ないわ」



 ミクルに手鏡を返しながら微笑むと、コルが部屋に駆け込んでくる。



「王女様! 王子殿下がいらっしゃいましたぁ!」


「ちょっと、コルったら……」


「も、申し訳ございません……執事のユーリさんが王女様に早く伝えるようにと……」


「いいわ、ちょうど用意ができたところですもの。行きましょう、ミクル」


「かしこまりました。コル、いらっしゃい!」


「はい!」



 侍女を二人従えて廊下を歩くと、向こうの角から曲がってくる王子殿下とその部下たちと鉢合わせる。



「「王子殿下」」



 声を揃えて(かしこ)まるわたくしたちに、ジャマナ殿下は「やあ」と気軽に声をかけて、歩きながらわたくしの手を取った。



「お茶はウィノナ姫の部屋に持ってきてくれ。私が戻るまで、お前たちは休憩でもしていればいい」


「「「畏まりました」」」



 強引な扱いには慣れていたつもりだったけれど、離宮のものたちが当たり前のように王女様扱いしてくれたので、わたくしはその差に違和感を覚えてしまう。とはいえ、これはいい傾向だわ。自尊心を取り戻している証拠だもの。


 だけど、力ずくで王子殿下に逆らっても、あまりいい結果にはならないわね……


 部屋までは素直について行こうと考えて、わたくしは王子殿下に手を引かれながら仕方なく歩いた。


 王子殿下は無言のまま、わたくしの前をずんずんと大股で歩く。


 部屋に着くと、護衛の騎士が扉を開けてくれた。


 先ほど、こんな人たち居たかしら……?


 部屋の長椅子に並んで座ると、王子殿下はわたくしの手を握ったまま指先に接吻した。


 何を企んでいるのかしら……この王子様。


 わたくしの心は、自分でも驚くほどに(なぎ)のようだった。


 あんなにドキドキしていたわたくしの心臓は、今となってはまったく慌てていないようね。



「ウィノナ、貴女の心が私から離れていることは理解しているつもりです」



 ジャマナ殿下は、(うつむ)いたままこちらを振り返って自信なさげに言った。


 どうやら、理解はしているものの認めたくない……といった葛藤があるようですわね。


 わたくしも、先ほど実際に接吻を受けるまでは自覚がありませんでしたわ……否定して差し上げる義理すらも感じないほど、この気持ちが冷めているということに。



「そうですか……」



 わたくしが何とかそれだけ口にすると、王子殿下は反対側を向いて黙り込んでしまった。


 侍女がお茶を運んできてくれたけれど、わたくしたちの固い雰囲気に恐れ(おのの)いて素早く下がってしまう。



「私たちの関係について、ウィノナ……もう一度やり直すことはできないだろうか?」


「やり直すも何も、わたくしたちは婚約中ですわ」


「だが、貴女は婚約破棄を望んでいると私に言った。それが貴女のお気持ちなのでしょう?」


「わたくしも王族の末席に身を置くものです。感情が婚姻関係に何ら影響しないということは理解しておりますわ」


「……!」



 気まずい空気が流れて行くけれど、今さら演技をしてもしかたがありませんもの……


 王子殿下は何をお望みなのかしら?


 婚約して結婚するのであれば、それ以上わたくしにできることなどもうないと思うわ。


 ()()()()()()()というけれど、わたくしの恋はこんなふうに終わるのね。


 サーラは今頃どうしているかしら……?


 ブラディオン様と仲睦(なかむつ)まじく健やかに暮らしてほしいものだ。


 サーラとブラディオン様の子供は、きっと可愛いはずね。足が早くて、いつも元気に駆け回ってしまうのよ。


 そして小さな耳を忙しなく動かしながら、サーラを困らせる悪戯(いたずら)ばかりするのではないかしら?


 そんなことを考えていたら、少し顔が(ほころ)んでしまったようだ。



「なにを……()()()()()のですか?」



 隣に座っていた王子殿下が、信じられないものを見るような目で、わたくしの顔を覗き込んできた。



「え……別に笑ったわけでは……」


「嘘だ、貴女は笑っていた。私との関係が切れることがそんなに嬉しいのか!?」



 不意に手首をつかまれて、座面に押しつけられる。


 マズいわ、この王子、目がイってるわ。


 わたくしの上に馬乗りになった王子が生臭い息を吐きかけてきて、ぐにゅんと空間が歪むような感覚になった。


 王子殿下が白狼に変身する予兆だわ……!


 わたくし、とうとう死ぬのかしら?


 確かスーパームーンの夜会では、獣人たちが獣の姿になって暴れ、舞踏会でも死人が出るのだと聞いた。


 思わず肩をすくめて目をつぶる。


 しかし、その緊張感は、急に入室してきた従僕の声にかき消された。



「王女様! 大ニュースですよ……! あれ? お邪魔でしたか?」



 駆け込んできた従僕のウラルは、怪しげな笑みを浮かべて、王子殿下に迫られているわたくしを眺める。


 わかっていて邪魔しにきたわね、この悪魔……


 わたくしは、できるだけ通常どおりのトーンで、ウラルに用事を言いつけた。



「ちょうどいいところに来たわ。王子殿下はお帰りになるそうだから、お見送りして頂戴」


「す、すまないウィノ……」

「王子殿下、お忘れ物のないように、お気をつけてお帰りくださいませ」



 人体に詳しいのか、どんな状態でも人を歩かせることができるウラルは、力無くがっくり項垂(うなだ)れるジャマナ王子を何やら巧みに誘導して部屋から出ていった。





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