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1.「隣国からの花嫁」part 3.

「ニルヴァーナ王国よりお越しの、ウィノナ・ウーラ・モルジェイユ姫、ご到着!」



 魔国に入った翌日、王城の謁見の間で、傍に立つ文官が書類を掲げてわたくしの入場を告げる。


 粗相(そそう)は許されない。行きますわよ!


 軽く深呼吸をして、わたくしは歩き出す。


 サーラが整えてくれた今日の装いは、魔国に合わせた寒色の青を基調に金糸で刺繍が施された豪華なドレスと金のティアラ。首元には白いレースをあしらい、完璧に巻かれた縦ロールはふんわりとボリュームを出しながら綺麗にまとまっている。


 大丈夫よ、自信を持って進むのです。


 気品を持って、優雅に。


 わたくしを育て、(いつく)しんでくれたすべてのものに感謝を……


 魔国らしい黒づくめの貴族たちは、動物のような頭をした者も見える。


 あれが獣人ね……話には聞いていたけれど、実際に見るのは初めてだわ。


 恐ろしげに見えるけれど、片手を胸に当てて礼をしているので怖くはない。


 この国の民は、()()()()()()()。人間と同じよ。


 人間にだって、言葉が届かない者は居たのだし、わたくしが先入観を持ってはいけないわ。


 静々と王様が座る玉座の前に歩み出ると、わたくしは一礼をする。



「ニルヴァーナ王国、第一王女……ウィノナ・ウーラ・モルジェイユです」


「うむ、遠路はるばるご苦労である。余はこの魔国の王であるブラジェド・モン=ラルデュ・ストーカー。こちらは第一王子のジャマナ・モン=ラルデュ・ストーカー。そなたと婚約を結ぶ者だ。二人とも、前に出よ」


「はじめましてウィノナ姫、噂に(たが)わぬお美しさですね」



 ジャマナ王子は美しい姿勢で一礼をすると、わたくしに腕を差し出してくれた。



「余はこの二人を、来たる第三の満月の夜に、婚姻の儀をもって後継者と認めよう!」



 王様の宣言と同時に、わたくしたちは拍手喝采を受ける。


 今のところ順調ですわ。わたくしは王子様の腕を取り、もう片方の手で衣装の裾を優雅に広げる。すると、スカートの上布に隠されていた金のレース地が大きく輝いて、周囲から歓声が上がった。


 取り敢えず、人間ということで否定されるような展開にはならなくてよかったわ……


 少し派手すぎるかしらと思った今日の装いだけど、事前の調査通り、魔国ではウケが良かったようね。


 苦労して情報を手に入れてくれたアトマには、後でご褒美をあげなくては。



「うむ、あとは二人で庭を散策してくるがよい。ジャマナよ、姫に粗相するでないぞ」


「は、父王の仰せのままに! ウィノナ姫、こちらへ」


「皆の者! 若き王子たちを盛大に送り出せ!」



 王様がそう言うと、広間に集まったすべての貴族たちが一斉に手を叩いてウォーと騒ぎ出す。


 中には駆け寄ってくる者もいて、わたくしは戸惑ってしまった。


 すると、ジャマナ王子が笑いながら手を握り「走りましょう!」と引っ張ってくれる。


 端正なお顔が楽しそうに(ほころ)んでいるのを見ると、思ったより悪い人ではなさそうだわ。


 急に楽しい気分になって、わたくしは王子様に手を引かれながら、賓客たちから逃げ回った。





□■□■□■□■□■□■





「はぁ……はぁ……こんなに走ったのは久しぶりですわ!」



 王城のお庭にたどり着くと、婚約者でもある王子殿下が、花壇や彫像などいろいろな場所を回って細かな紹介をしてくれた。


 王子様は急に花を手折って渡してくれたりして、笑顔も見せてくれたりするので、わたくしを受け入れてくださっているように感じられる。


 取り敢えずは嫌われていないようなので、第一印象はお互いに良いのではないかしら?



「……ですから、ウィノナ王女にはこれから私の婚約者として、夜会や茶会などに出席していただくことになるでしょう。もしよろしければ、私からドレスを贈らせていただきたいが、よろしいでしょうか?」


「え、ええ……ジャマナ王子殿下のお相手として、きちんと認められるように努力いたしますわ」


「ではさっそく手配いたしましょう。美しい貴女に見劣りしないよう、全力を尽くします!」


「そのような……ご期待に添えますかどうか」


「ふふ……ご謙遜はいけませんよ。魔国では弱味と受け取られてしまいます」



 王子様は笑いながら、繋いだままだったわたくしの手の甲にキスを落とす。


 こんな状況では到底お聞きできないけれど、生贄というのは、一体どういうことだったのかしら……?


 取り敢えず、今すぐ殺される心配はないようね。


 それとも、油断させて一気に……?


 まあ、初日としては良い感触ではないかしら。複雑な話は、もう少し様子を見てから切り出しましょう。わたくしは、今自分にできることをするしかないのだ。


 わたくしは、できるだけ王子殿下に微笑みを絶やさないようにしながら付いていった。





□■□■□■□■□■□■





「姫様! すごいお召し物が届きましたよ!」


「まあ、サーラ。そのように大声を上げるものではないわ」



 王城の居室に、ジャマナ王子殿下からの贈り物が届けられる。


 庭でのお約束を、早速実行してくださったようね……


 サーラも大騒ぎするほどの豪奢なドレスだ。こんな衣装、その辺に売っているわけがないから、あらかじめ作らせておいたのかもしれないわ。


 私のサイズにぴったりなところが、少しだけ怖いわね……



「今日の夜会……これでお願いね、サーラ」


「お任せください、姫様! ここまでご用意いただいたのですから、最高の仕上がりにしてみせます!」




 ……ご謙遜は弱味と受け取られてしまいますよ……




 王子殿下の呟きが脳裏に浮かぶ。


 ここは魔国なのだ。人間の国とは違うわ。


 いいえ、人間の国だって同じだわ。謙虚さは保身でもある。突き詰めれば敗北主義だ。美徳でもなんでもないのよ。


 わたくしは、この魔国ですべきことを成さねばならないのです。


 今は攻めるとき! 強い意志で前に進まねばなりませんわ!!



「サーラ、祈ってね……わたくし、必ずニルヴァーナのために成功してみせます……!」


「姫様……もちろん、全力でお祈りします! 私にできることがあれば、何でも仰ってくださいまし!」



 遠い空の下、我が祖国ニルヴァーナに光を。


 わたくしはサーラの手を取って、強くうなずき合った。





□■□■□■□■□■□■





「あれが新しく来た人間の姫か」

「魔国に人間など必要ないと教え込んでやらねば」

「見てくれは悪くない……王子に飽きられたら争奪戦がはじまろう」



 王城の大広間。薄暗い場所にチラホラと誰かが立っている。壁の燭台は、蝋燭じゃなくて松明かしら? 中央のシャンデリアには蝋燭らしきものが見えるわね……無骨なアイアンの丸い枠がなんともワイルドだ。


 王族とその関係者は、招待した貴族たちが集まった後、2階から登場する形になっている。


 下からちょっと不穏な噂が聞こえてくるけど、わたくしには防御の魔道具があるから平気。


 何も気づいていない振りをして、わたくしは微笑む。


 そう、負けてはいけないのだわ……わたくしの一挙一動に、ニルヴァーナの未来がかかっているのだ。



「ウィノナ姫、こちらへ」


「はい……」



 踊り場でジャマナ王子が差し出す手に、少し緊張してしまう。


 こんなにお優しく素敵な王子様だなんて想像もしていなかったから、わたくし気が緩んでしまいそう……


 王子殿下は、わたくしの手を取ってゆっくりと階段を降りると、周囲に向かって高らかに宣言する。



「我が国は、ニルヴァーナ王国の姫君を歓迎するとともに、さらなる友好と発展を求める!」



 ウォー! イェー! ヒュー! ガォー! という歓声が上がり、ピューイ! っと指笛が鳴った。


 その騒ぎを王子殿下が片手をあげて制し、また大広間に静寂が訪れる。


 随分と荒くれ者が集まっているようだけれど、また追いかけられたりはしないかしら?


 魔国の文化は、ニルヴァーナ王国とは違うと学んでいたけれど、実際に体感すると本当に予想外だわ。


 少し身構えてしまったけれど、わたくしの心配は杞憂に終わり、その後は普通に舞踏会がはじまった。


 本日の夜会は、王子殿下が婚約して成人の儀というものを兼ねたパーティーらしい。


 だから、いつもはブラジェド王が挨拶をする部分を全部ジャマナ王子が代役でこなし、いつでも引き継ぎができるということを国民にアピールする。此の魔国では、それが有能さの証明になるのだ。


 わたくしもジャマナ王子をしっかり支えられるように、婚約者として認められなければ!


 優雅に完璧に振る舞って、舐められないようにするのよ!



「緊張していますか? ウィノナ姫」


「いいえ、楽しんでおりますわ」


「それでこそ私の婚約者です!」



 ジャマナ王子にリードされ、踊る足は軽やかだ。わたくし、ダンスは得意なのよ。魔国のステップに合わせて、少し大袈裟にくるりとドレスを花開かせる。思わず夢中になってしまったけど、目の前の王子様は美しいお顔で微笑んでいるから安心してしまう。


 ひと通りダンスが終わると、次の相手と踊ることになるのだけれど、わたくしの目の前にはルクソン様が立っていた。





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