4.「ダウンバースト」part 1.
「大変よ、サーラ! 王子殿下が貴女を人事異動させるわ!」
「何事です、姫様!?」
居室に駆け込んだわたくしが侍女の控室で見たものは、寝ている魔法使いを囲む大きな男性……ブラディオン様だった。
「まあ、サーラ!!」
「申し訳ございません、姫様!」
「あっ姫、これはサーラ嬢のせいではなく……」
「さすがだわ! よくいらっしゃいました、ブラディオン様! もうこれしかないものね!!」
「え?」
「えぇ?」
ヴィルジェニー・イレイスを看病していたサーラとブラディオン様は、わたくしの話を聞いて青ざめる。
「まさか姫……ジャマナ王子を殴ったんですか!?」
「姫様……それはあまりに乱暴でございます」
「わかってるわ……でも体が勝手に動いてしまったの! それより、王子殿下がここに来るかも! どうにかしてヴィルジェニー・イレイスを移動させなくちゃ!!」
わたくしは、何か物足りない気がして、思考を整理する。
そういえば、わたくしより先に戻ったはずの……あの二人……
「アトマは?」
「ここに!」
言うが早いか、わたくしの前にメイド姿のアトマが跪いた。
わたくしはホッとして、ヴィルジェニー・イレイスの弟子を探す。
ジョルジュは、お師匠様の様子に驚いて、ベッド脇の椅子の上で毛布にくるまり小さく縮こまっていた。
「無事に戻って来れたのね、よくやりました」
「は! ありがとうございます」
「ブラディオン様、事情はサーラからお聞きになりまして?」
「ええ、姫。私でよければお力になりましょう」
「そのお言葉を聞けて、わたくし大変嬉しいわ。ではサーラを娶っていただけませんこと?」
「おじょ……! 姫様!? なな何をおっしゃって……」
「元よりそのつもりです。姫のご了承をいただけましたなら、喜んでこの身をサーラに捧げましょう」
ブラディオン様は、わたくしの前に跪き、ドレスの裾に口付ける。
サーラのことだから、ブラディオン様からの告白を、何だかんだとはぐらかしていたんじゃないかしら?
後ろのほうで真っ赤になっているサーラに、わたくしは微笑んで見せる。
主人のわたくしに気を使いすぎなのよね。いい機会なので命令してあげる。幸せになりなさい。
「ところで、ご家族は人間であるサーラをどう思っていらっしゃるのかしら?」
「我が家では、どのような相手でも苦言を呈するような者はおりません。5代前にも人間族の方と婚姻の儀を結んだ記録があるとのことで」
「まあ、そうでしたの……ではわたくしからも、サーラのことをよろしく頼みます」
「は! お任せください」
「ところで、急に現実的な話で申し訳ないのだけれど、我が国の魔法使い殿とその弟子を庇護していただけないかしら? 何か手立てはあって?」
侍女との結婚を許す代わりに条件を出したようで申し訳ないけれど、背に腹は代えられない。
わたくしは、思い切ってブラディオン様に問題を丸投げすることにした。
「それは……姫はこの場に残る、ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、わたくしは国家間の契約で逃げるわけにはいきませんの」
「ニルヴァーナに王子の軍が侵攻するとしても……ですか?」
「……ご存じですのね?」
「姫様! それは本当でございますか!?」
ブラディオン様は、さすがにご存知のようだったけれど、ニルヴァーナ王国に家族を残してきたサーラは、やはり衝撃を受けていた。
当たり前よね。わたくし達、自分の身を犠牲にして、国や家族を守った気でいたのですもの……
まさか、こちらではなく彼方のほうが危険に晒されるなんて皮肉だわ。
「わたくしは、何とかして王子を止めますわ。だからサーラ、あなたは別の立場から働きかけてほしいの……この意味、わかるわね?」
「……はい、かしこまりました」
サーラが両膝をついて左手を胸に当てると、アトマとジェルジュも同じ姿勢をとる。
もう会えないかもしれないけれど……今この時を忘れずにいよう。
「ウィノナ王女殿下に最上の敬意を表します……ニルヴァーナに栄光あれ!」
「「「ニルヴァーナに栄光あれ!」」」
「さあ、早く! ブラディオン様、お頼みいたしますわ! サーラを守ってね!」
「わかりました、必ずや!」
「アトマはジェルジュを運んだら、また戻ってもらえるかしら? もし警備が厳しいようなら無理しないで、サーラの指示に従って頂戴」
「は! お任せください」
「姫様……ご無事で」
「サーラもね!」
慌ただしくやり取りをして、みんなが去った後、わたくしは居室にひとりで座り込む。
意外と追って来ないものね……
って、わたくしったら、あんな王子に追って欲しかったのかしら?
王子殿下のあの顔は、もしかしてショックを受けた顔だったのかしら?
まあジャマナ王子のご気性ですもの、あんなことがあったら、夜間に淑女の居室に訪問する勇気は出ないかもしれないわね。
その日、わたくしは初めて自分で寝巻きに着替え、布団に潜り込んだ。
□■□■□■□■□■□■
「ウィノナ姫、失礼いたします」
朝、扉がノックされて、わたくしは目を覚ます。
「何ですの? サーラはどこ……?」
わたくしは、あらかじめ考えていた演技をする。
サーラが排除される前に、夜のうちに消えたということにして、わたくしは何も知らないという体だ。
そうすれば、王子殿下はわたくしに対する警戒を緩めてくれるかもしれない。
魔国の侍女たちは、王子殿下から何事かを言い含められているらしく、無口ながらそれなりに仕事はしてくれるようだ。
「王子殿下からご朝食のお誘いがありました。本日のドレスはこちらをお召しください」
「ええ、いいわ」
侍女室を調べていたらしき魔国の侍女が、応接間に戻ってきて仲間に首を振る。
……どうやら何の証拠も出なかったようね。
わたくしは、誰にも気づかれないようにホッと小さくため息をつき、新しい衣類に袖をとおす。
侍女たちは、着付けまではうまくやってくれたけれど、サーラのようにわたくしの髪を美しく仕上げることはできなかった。
わたくしも、サーラの手の動きを真似てみようと思ったことはあるけれど、なぜかうまく行かないのよね……
もしかすると、サーラにもジェルジュのような『スキル』なるものが備わっていたのかもしれないわ。
「ありがとう、もういいわ」
もたもたと困ったようにわたくしの髪を弄る侍女に、わたくしは軽く声をかけて解放してあげる。
わたくしの美しさは、サーラの持つ魔法の手によって作り出されていた芸術品のようなものなのだ。
この見た目では、王子殿下を籠絡することはできないかもしれないわね……でも仕方ない。
今の時点で可能な限りは頑張っているわよ、後は身のこなしや振る舞いでカバーするしかございませんわ!
朝食の部屋に着くと、扉の前に衛兵が二人立っていて、同じタイミングで両開きの扉をあける。
わたくしは、昨夜のやらかしを完全に忘れたような笑顔を作って挨拶をした。
「おはようございます、殿下。昨夜はよく眠れまして?」




