3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 8.
「ラホーシュ様、わたくしのせいでお怪我をされたことに関しましては、遺憾に思っておりますわ。しかしながら、そのようなおっしゃりようには、王子殿下の婚約者として黙っていることはできかねます」
このような不逞の輩には、あえて強く出ることも必要だわ。
デイビス様情報によれば、竜人であるラホーシュ様は水系の魔法が得意らしく、取り分け雷魔法に弱いのだ。
わたくしが大人しくしていると思って絡んでくるのなら、そう簡単にはいかないという印象を与えなければいけないでしょう。
とはいえ、守りの魔法はあれど、こちらから攻撃することはできない。
あちらの目的は、とにかくわたくしの立場を貶めることでしょうから、毅然としていなければいけませんわ。
「婚約者ねぇ……あんた本当に何にも知らねえんだな。あんたの大好きな王子殿下は、ニルヴァーナ王国を滅ぼしに行くんだぜ?」
「な、何ですって……? そのようなお話は聞いておりません!」
「言うわけねえだろ、漏らされたら困るもんなぁ!」
じゃあ何故、あなたが今それを言うのよ!!
嘘、そんなの信じられるわけがない……
ニルヴァーナ王国を滅ぼす……!?
わたくしは、今すぐ王子殿下に事の真偽を確かめたくなってしまった。
でも、そんなこと……目の前の不逞の輩を信じるということになってしまうわ……
「わたくしは……信じませんわ……」
もうこれ以上ここには居られない……
思わず身を翻して居室に戻ろうとすると、ラホーシュ様がわたくしの手をつかんで引き戻す。
「逃すかよ!」
「きゃ……! な、何をなさいますの!?」
「あんたは王子様を後継者にする秘密を握ってるんだろ……? だったら俺と結婚しろ。この魔国は俺様のものになるんだ!」
「はぁ!? 何をおっしゃっていますの……?」
魔国には、確固たる弱肉強食の順位付けがあるので、あまり反乱は起きないと聞いていたけれど……
ラホーシュ様は、ご自分が王様になりたいのね……?
でも、何故わたくしとの結婚が王位に関係しますの?
「うるさい、おとなしく俺のものになれ!」
「嫌ですわ!」
防御魔法を発動させなければ……!
以前、自動的に防御魔法が発動して問題になったので、わたくしは王城の中で自動防御が起きないように術式を書き換えていた。
でも本当にいいの!?
意識的に魔法を解放するとなると、制御が難しく、自動式より威力は倍増する。
竜人はドラゴンの末裔ではない。爬虫類から亜人に進化した種族なのだ。つまり、この方はそれほど頑丈ではない。ラホーシュ様を殺しかねないわ。
わたくしの一存で良いのならば処分いたしますけれど、魔国の司法はわたくしを許すかしら……正当防衛という言い分は聞いてもらえる?
王子殿下にも言い訳が難しくなるわ……
わたくしの躊躇の隙をついて、ラホーシュ様は手首を捻り上げてくる。
「姫様!」
サーラの声がして、こちらに近づけてはいけないと思った。
「衛兵を! 衛兵を呼んできて!!」
「かしこまりました!」
ラホーシュ様は、わたくしを壁際に押し付けると、耳元で叫ぶ。
「暴れると怪我するぞ! 言うとおりにしろ!」
「おやめになって!」
わたくしが防御魔法を発動しないとわかって、ラホーシュ様は図に乗っている。
ちょうど人の居ない渡り廊下のような場所で、ほかには目撃者も見当たらなかった。
イチかバチか、防御魔法を解放しようかしら?
この不逞の輩は、今から自分が死ぬだなんて思っていないのでしょうね……
わたくしがそう考えたとき、廊下の向こうから声がした。
「何をしている!?」
ああ、サーラが衛兵を連れてきてくれたんだわ……!
「助けてください!」
わたくしが拘束を振り払って逃げた先には、ルクソン様がいらっしゃった。
思わず信頼できる殿方に抱きすくめられる形になって、わたくしは緊張の糸が切れ、ルクソン様の大きな胸板にがっくりと体を預けてしまう。
衛兵の皆さまは、数人がかりでラホーシュ様を縛り上げ、その場から引っ立てて行こうとした。そのとき……
「これはどういうことだ!?」
反対側の廊下から、ジャマナ王子殿下がいらっしゃる。
わたくしが顔をあげると、なにやら酷く傷ついたような顔をしている王子様が見えた。
お可哀想に……側近候補に裏切られたのだもの、でも裏切り者を早めに見つけたと思えばいいのですわ。
すると、ラホーシュ様が見苦しくも往生際の悪いことを言い出す。
「ジャマナ王子! 俺は嵌められた! 王女様はルクソンと出来てるんだ! 信じてくれ!」
はぁ!? この不逞者、何を言い出しますの!?
ジャマナ殿下をどこまで傷つければ気が済むのかしら!!
王子殿下は冷静に「まあ落ち着け、ラホーシュ……」と不逞の側近を黙らせると、わたくしに向かって笑顔を見せた。
「ウィノナ姫、あなたは何故、いつまでもルクソンに抱かれていらっしゃるのです?」
「え……?」
王子殿下に指摘されるまで、わたくしまったく気づきませんでしたわ……
ふと気づいて体を起こすと、ルクソン様はわたくしを見下ろし黙って立っている。
「も、申し訳ございません……」
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。もうひとりで立てますか?」
「ええ、助かりましたわ……」
ルクソン様に累が及ばないように、よく説明しなくては……
そんなことを考えていると、わたくしは後ろから肩を抱かれてルクソン様から引き剥がされる。
「さあ、貴女はこちらへ。ルクソン、お前は状況の収拾に努めよ」
「は! 失礼いたします」
ジャマナ殿下は穏やかに微笑みながら、わたくしの手を取ると、後ろも見ずに廊下を歩き出した。
「あ、殿下……わたくし……」
「何を考えているのです? 私の心を弄んで貴女は楽しいのか?」
角を曲がった途端、壁に押し付けられて、わたくしは王子殿下がお怒りだと気づいた。
「そんな、わたくしは、ただ……」
「ただ? 貴女はただ、近衛隊長と抱き合っていただけ……とでも言いたいのか?」
「そうではなく……んっ!」
人気がない廊下とはいえ、きつく抱きしめられて息ができない。部屋の外でこのようなこと……はしたないわ。
そういえば、わたくし何か確認しなければいけないことが……そうだわ、ニルヴァーナ王国を滅ぼすとは一体……
「貴女もか! 貴女もルクソンのほうが良いのか!?」
「お、王子殿……下……苦し……」
「貴女が悪いのだ、ウィノナ……貴女がこうさせている……」
ジャマナ殿下は、わたくしに非があることを認めさせたいのか、手荒に揺さぶってくる。
「わかっていますか? これは私の本意ではないのですよ、ラホーシュには良く言って聞かせます。だから貴女も、ルクソンには近づいてはいけない。いいですね?」
「は、はい……」
言いたいことだけ言うと、王子殿下は遅れてやってきたサーラにわたくしを預け、ひとりでどこかへ行ってしまった。