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3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 7.

「殿下の前で泣いてしまったのは、失敗でしたわ……」



 王子殿下が帰った後、わたくしは居室で独りごちる。


 全然悲しくもないし、感極まったつもりもなかったのだけれど、わたくしどうして涙など流してしまったのかしら?



「はぁ……王女として、ニルヴァーナ王国の代表としての振る舞いをしなければならないというのに……これでは小娘と(あなど)られてもしかたないわね」


「姫様、お疲れなのではありませんか? こちら召し上がってみてください。疲れが取れるというハーブ茶です」


「ありがとう、サーラ……まあ、魔国のお茶ね? この香りは……お茶会で飲んだことがあるわ」


「そうでしたか! 最近、魔国では回復薬なるものが錬成されており、効果を高めるために国を挙げて取り組んでいるそうですよ」



 サーラったら……また、ブラディオン様に何かいただいたのね?


 でも、そう……回復薬ね……


 国を挙げて回復薬を準備するだなんて、理由はだいたい決まっているじゃない。



「サーラ……もしかすると戦争が近いかもしれないわ。以前申し伝えた通り、わかっているわね?」


「姫様……」



 サーラは黙って頷く。わたくしに何かあった場合、サーラはブラディオン様にお守りいただくしかないのだわ。


 アトマは、自分ひとりなら魔国を脱してニルヴァーナ王国に戻ることができるでしょう。


 でも、サーラを連れては無理だわ。最悪の場合、二人とも死んでしまう。


 アトマの足を引っ張るような命令は、できるだけしたくない。



「大丈夫、そんなに心配することはないわ……」



 わたくしは、サーラを安心させるように微笑んで、可能な限り優雅にお茶を楽しんだ。





□■□■□■□■□■□■





 王子殿下は、魔国の正当な継承者と認められるために、王様からの試練を与えられるという。


 その試練は毎回異なるものらしいのだけれど、今回はそれがニルヴァーナ王国への友軍派兵となった。


 アトマの調べどおり、王子殿下が指揮する軍が送られると正式に発表されたのだ。


 やっと……やっと、()()()()()使()()()()()()()()のね!


 これできっと、お父様はうまく国を治めることができるわ。お兄様もご安心でしょう。ニルヴァーナのみんなも救われる。


 わたくしは、すっかり肩の荷が降りたような気持ちで、今までしたこともない午睡(ごすい)を楽しんでいた。


 居室の窓から寝椅子に差し込む陽光の暖かさに、心が優しく溶かされて気持ちいい。



「姫様、王子殿下がいらっしゃいました」


「お通ししてちょうだい」



 ニルヴァーナ派兵の正式発表があってからすぐ、ジャマナ王子はわたくしの居室にやってきた。


 やっぱり、安全かもしれないけれど戦闘がないとは言えないのだもの、笑顔でお迎えするわけにはいかないかしら?


 寝椅子から起きて髪を整えながら、わたくしがドアの音に振り向くと、王子殿下が残念そうに冗談をおっしゃる。



「やあ、ウィノナ……昼寝している貴女を一目見たいと思っていたんだが」


「ジャマナ……さあ、こちらへいらして。お昼寝をしたいのなら、この窓辺が一番ですわ」



 わたくしが両手を前に出してお誘いすると、王子殿下は少し呆気に取られていたようだった。



「……っと。これは思ったよりご機嫌ですね。貴女も聞いただろうか……その、私の……」


「ニルヴァーナ王国へ軍を率いてくださる件ですわね! お聞きしましたわ……ああ、本当にありがとうございます!!」



 わたくしは、浮かれた気分のまま王子殿下に駆け寄って、飛び跳ねるように首に抱きつく。


 少しお行儀が悪いかしら?


 先ほどまで考えていた演技方針をすっかり忘れ、わたくしが心からの喜びを王子殿下にぶつけると、ジャマナ様はわたくしの体を軽々と抱き上げてくるりと回った。



「貴女がこんなにも喜んでくださるとは、私も試練に対して身が入るというものです」


「あら、そうでしたわ……わたくしったら、どうしましょう。自分のことばかり喜んでしまって……お怪我などされないように、お気をつけくださいませ」


「軍の指揮といっても、決められた行動をするだけですから、さして心配は要りませんよ」


「そうですのね? わたくし、家族に手紙を送ることはできますかしら?」


「出発の前日までにお渡しくだされば、私が直々にお届けしましょう」


「んまあ! 魔国の王子殿下を手紙の配達人にしてしまうなんて、なんて恐れ多いことかしら!」


「とはいえ、出かけるまでにはまだ日があります。それまでは、貴女の側に居たい」



 ジャマナ殿下はわたくしを窓辺に導くと、そのまま寝椅子でお昼寝の体勢になる。


 魔国の寝椅子は体の大きな獣人にも対応できる広さがあるので、わたくしは横になった王子殿下に抱きすくめられて、一緒に寝る形になってしまった。



「ジャマナったら……これはやり過ぎですわ……?」


「んー……そうだろうか……私には正当な対価のように感じられるが」



 そう言われると、そうなのかしら?


 わたくしの身柄が魔国に引き渡された時点で、ニルヴァーナ王国への不可侵条約が締結されている。だから魔国がニルヴァーナに派兵する大義名分はない。あえて派兵する場合、ニルヴァーナ王国の危機を救うため、災害救助や治安維持といった名目に限られるのだ。


 今回は、王子殿下に経験値を積ませるため、同盟国への物資輸送をするのだという。


 荷物運びなら安全……なのかしら?


 わたくし……王子殿下の心配をしている……?


 今だって、こんな状況になっているのに、怒りも恥辱も感じない。


 寝椅子とはいえ、殿方と一緒に横になるなんて……


 でも、わたくしたちは婚約しているのだし、この程度の接触は普通のことかもしれないわ。


 ふいに、わたくしの髪に王子殿下の指が差し入れられる。



「そんなふうに見つめられると、このまま貴女を連れ去ってしまいたくなる……」


「ふふ……そうしたら、わたくしはニルヴァーナ王国までご一緒できますわね」



 ジャマナ王子は、結局そのままお茶の時間までお眠りになって、膝枕もせずに帰って行かれた。





□■□■□■□■□■□■





 順風満帆だと感じられた日々は、あっという間に過ぎていった。


 その間は、デイビス様やサグダラ様との交流も深めることができたし、ジャマナ王子殿下の側近育成計画も進んだと思うわ。


 ただ、ゼルジン様とラホーシュ様は度し難い悪党で、王子殿下がいらっしゃらない席では無法者のように振る舞っていた。


 特にラホーシュ様は……様付けで呼ぶのも忌々(いまいま)しいのですけれど、わたくしに遺恨があるのか、何かと嫌なことをおっしゃるので距離を取るしかない。


 デイビス様も、ラホーシュ様を更生させるのは難しいとおっしゃっていたし、サグダラ様も近づくなと忠告してくださいましたわ。


 もしプリンキピアの有望株リストがあるのなら、わたくしに見せていただきたいですわね。


 絶対にラホーシュ様よりも側近に相応しい人材を見つけ、王子殿下に推挙して差し上げますのに!



「よーう、姫様。最近デイビスと出来てるって噂じゃないですか、俺とも仲良くしてくれませんかねえ」



 王城の廊下で鉢合わせるなり、ラホーシュ様はわたくしに失礼な言葉を投げかけてくる。



「申し訳ございません、姫様はこれから中庭にお出かけのご用がございます。道を開けていただけませんでしょうか」



 わたくしと一緒に歩いていたサーラが、一歩進み出て、気丈にもラホーシュ様に対峙した。



「人間の侍女ごときが出る幕じゃねえだろ! 殺すぞ……」


「いいえ、私には主人を守る義務がございますので」


「サーラ、いいのです。下がって」


「でも姫様……」



 サーラの気が強いのは、わたくしの盾になろうとしているからなのよね。


 本来の彼女は、自分のことになると小さなことでも思い悩んでしまう普通の女子なのだ。


 わたくしは、無駄に不逞(ふてい)(やから)の矛先がサーラに向かわないよう、ラホーシュ様に返答する。



「デイビス様とは、純粋なる商談の打ち合わせをしているのですわ。わたくしに後ろ暗いところはございません」



 だいたい、変な噂を流したのだって、このラホーシュという不逞の輩なのだ。


 宰相の息子という立場を笠に着て、やりたい放題なうえに、ジャマナ王子殿下を軽く見ている節がある。


 十中八九、父親が王家を軽く見ているのだと思うわ……


 アトマの調査報告によると、宰相はわたくしの輿入れに反対だったとのことで、最初から良く思っていなかったようね。


 もしかすると、わたくしを王子殿下から引き離す密命を受けているのかもしれない。



「ほう……少しは言うようになったじゃねえか」



 わたくしの防御魔法を警戒してか、ラホーシュ様は触れてはこない。けれど、何とかして攻め入る隙を見つけようとする意志は伝わってくる。


 この者に弱みを見せてはいけませんわね……


 



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