3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 6.
「実を言うと暇だったのよ……マルカもマルスも外出禁止で、まあ仕方ないんだけど」
「そうでしたの……わたくし、サグダラ様のお話でしたら、いくらでもお聞きしたいですわ。またこうしてお茶のお相手をお願いできますかしら?」
「まあそうね、たまになら……そうだ、あなた最近王子とうまく行っているの?」
「え……ええ、とくに問題はございませんわ……」
あれから、サーラやアトマに協力してもらって、何とかわたくしの居室にサグダラ様をお招きすることに成功した。
幸か不幸かマルカ様がまた何か問題を起こしたらしく、ご姉弟ともに、わりと長めの蟄居処分になったらしい。
マルカ様は、ジャマナ王子と懇意なのかと思っていたけれど、意外と疎遠だったのかもしれないわね。
ニルヴァーナの王宮でも、まるで大臣と知り合いのような口調で話す不審者というのが結構いたような気がするわ。
もしくは、人気の俳優と繋がりがあるかのような物言いをしているけれど、実はただの観客とか……
わたくしは、流行の服装や装飾品、そして王子殿下のことをサグダラ様と話したいのだけれど、二人だけの会話を漏らしていいものかどうか迷う。
どこまで話せばいいかしら……?
膝枕の件は話していいことなのかしら?
いえ、やはり具体的なことは言わないほうがいいでしょうね。
考え事をしていたせいか、わたくしはサグダラ様の質問に生返事をしてしまう。
「あなた……あんな王子の婚約者になったからといって、尽くす女になっちゃ駄目よ?」
「え、ええ……」
失敗したわね、いったい何の話かしら?
わたくしは、我に返って適当に相槌を打つ。
その様子を見て、何を思ったのか、サグダラ様は王子殿下の思い出話を披露してくださる。
「そりゃ、はじめは私たちだって、王子の側近になれば親が喜ぶし、将来も安泰かなと思ったわよ? でもさ、あの子って昔からああなのよね……」
「ああ……というのは……?」
「んー……なんかズレてる? まあ、仕方がないのよ。王子として教育されて、あの子はウチらの中では真面目なほうだからさ。でも何もはっきり言わないし、匂わせしかしないし……こっちが察して動いたら動いたで、急に責任まる被せしてくるし……簡単に言えば卑怯?」
「そ、そんなことをおっしゃって……魔道具に記録されてしまうのではありませんこと……?」
「ああ、あれね。心配いらないわ。記録されるのは王子の言葉だけだから」
「そうでしたの……」
まずは、魔道具についての情報が得られたので良かったとしましょう。
わたくしは、王子殿下に一方的に迫られて困っているという悩みを打ち明けてみることにした。
「サグダラ様? わたくし、魔国での振る舞い方がよくわからなくて困っておりますの。ジャマナ様はお優しいのですけれど、とても積極的で……そうかと思うと、お近くからじっと見つめるだけで何もなさらないこともあって……」
「ああ……あの子ちょっと変わった子だから……して欲しいことがあったら、きちんと伝えてみたらいいんじゃない? あの子って、結構オルトロスっぽいところあるから」
「オルトロス……?」
「ケルベロスほどではないと言うことよ」
サグダラ様は、わたくしに意味深な視線を送りながら、不敵な笑みを浮かべる。
魔国の表現は独特で、わたくしにはよくわからないことが多いけれど……
おそらく、犬っぽい……というところかしら?
あのジャマナ殿下が?
ワンちゃんですって??
そんな、まさか……
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「ラホーシュに聞きましたよ、ウィノナ! 貴女は最近サグダラにべったりだと!」
「え、ええ……幸いにして、仲良くさせていただいておりますわ? ジャマナ」
ご公務が忙しいとのことで、数日お会いしなかった王子殿下が、急にわたくしの居室にいらっしゃったかと思えばこの体たらくである。
相手が女性でも嫉妬するなんて、器が狭いどころの話ではありませんわね。
この王子様、本当に強大な魔国を運営していくおつもりなのかしら?
仕事と私生活の基本的水準はまったく別、というのならば良いけれど……いえ、良くないわね。
「ご公務のほうは、いかがでしたの?」
わたくしがお願いしたサフェス産の織物にかこつけて、政治的な問題に絡むことはできたのかしら?
「ああ、父上がいろいろと煩くてね……サフェスとは政治的な問題があるから、ドレスの件は後にしろと言われてしまったよ」
そ、それは、あなたの政治的能力を王様が試したくておっしゃったお言葉ではないかしら!?
「そうですか……残念ですわね。でも王様は、ジャマナに難しい案件を任されたのでしょう? それでお忙しくなったのではなくて?」
もうもう! このポンコツ王子のスカポンタン!! 王様のご期待にきちんとお応えなさいな! 本当に王族ですの!?
「いや、まあそうなんだが……少し読み込まなければいけない書類があってね」
実はデイビス様に聞いて、その件は知っているのよね……
王子殿下があまりにも世事に疎いため、特別授業が組まれて、3日間ずっとサフェス問題のお勉強をさせられていたということを。
でも、これ以上突っ込んだ質問は危険ですわね……
この王子様には、王様と魔国の上層部が特別に取り付けた魔道具があり、近くの会話はすべて記録されてしまうのだ。
公的な立場での振る舞いを徹底させるための処置らしいけれど……
うう……もうこの王子様の口車には絶対乗らないんだから!
王様や大臣たちに、わたくしたちの恥ずかしい会話が聞かれてしまったと思うと、いたたまれない気持ちになるわ。
「それでは、お疲れになったことでしょう。今日は早くお帰りになって、お身体を休めては?」
「そんなつれないことを言わないでほしい。私は貴女の側でしか眠れないのです……」
ジャマナ王子は、この上なく切なそうな表情でわたくしに膝枕を要求する。
確かに、こんな態度の王子殿下は、サグダラ様のおっしゃる通りにワンちゃんみたいですわ……
──してほしいことがあったら、きちんと伝えてみたらいいんじゃない?──
サグダラ様のご助言を、本当に信じていいものかしら?
こんな美しいお顔で、真剣な眼差しを向けられると、中身が駄目なワンちゃんだとしても押し負けてしまいそう。
でも、ジャマナ殿下ご自身は真面目な方だと、サグダラ様はおっしゃっていたわ。
殿下ご自身は、匂わせのご命令しかしないとのことでしたけれど……わたくしのお願いには気づいていないのかしら?
いえ、一度はっきりとニルヴァーナに援軍を……とお願いしましたけれど、言葉巧みに流されてしまったのだわ。
やはり、正攻法では駄目ということなのではない?
それとも、もっとはっきり、間違えようのないくらいに援軍要請をしないといけないの?
その可能性はあるわね。
「ジャマナ、わたくしの望みを叶えてくださらないかしら?」
「何です? 貴女のためならばこの身を捧げましょう、ウィノナ」
王子殿下は、本当にわたくしの願いを聞き届けてくれると言うの? でもこの言葉が王や魔国の上層部に届くなら……
「ニルヴァーナ王国を守ってほしいのです。そのために援軍を送っていただきたいの」
「なぜ、貴女はそんなにも軍の派遣にこだわるのです?」
「なぜ? なぜって……それを聞くのはなぜ? ニルヴァーナは魔国の庇護を求めています。それだけでは理由になりませんか?」
「しかし、他国の軍を受け入れるということは危険なことですよ? それは貴女もご存知でしょう?」
「そんなことはわかっております! でも……」
思わず深い蒼眼にとらわれて、わたくしは怯む。王子殿下は、政治がわからないわけではないのだわ……
わたくし、本当にこのようなことすべきなのかしら?
でも、お父様もみんなも、そうしろと……
わたくしの交渉如何で、ニルヴァーナ王国の命運が決まるのだと……
「ニルヴァーナを……救ってくださいまし……」
「わかりました……私の力が及ぶ限り。だから貴女はもう泣かなくていい……」
わたくしが……? 泣いている……?
王子殿下は、そっとわたくしの涙を拭い、肩を抱いてくださった。
本当ね、わたくし泣いていたみたいですわ……




