3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 5.
話が早そうなお相手を味方につける作戦は、お馬鹿そうな方を教育するよりも合理的な気がするわね。
デイビス様との会話で、そのことに気がついたわたくしは、次の目標をサグダラ様に定めた。
本当は、いつも二番手三番手でお調子者を演じていらっしゃるゼルジン様を攻めようと思っていたのだけれど、案外面倒な性格でいらっしゃるとデイビス様にお聞きしたのよね。
デイビス様としても、お仲間は賢いほうが有難いらしく、サグダラ様と仲良くなりたい旨をお伝えすると賛成していらっしゃったわ。
「サーラ? このリボンはこれでいいのかしら? 少し大きすぎない?」
「姫様、大変お可愛らしゅうございますよ。現在、魔国では皆さま、大きなおリボンをお付けになるのが流行とのことです。お若い方は高い位置に、お年を召した方は低い位置に配置するのがエレガントな装いなのだと伺いました」
まあ、サーラったら……一体どなたに聞いたのかしら?
おおかた、ブラディオン様にそのような贈り物をいただいたのね……
サーラは、持ち前の負けん気とブラディオン様からのご寵愛で、意外に魔国民とうまくやれているようだった。
リネン室や厨房で情報収集をしたり、騎士団の訓練に差し入れを持って行ったりして、こまめに時事ネタを仕入れてくる。
アトマとはまた違う、正攻法で調査をしてくれるのが有難い。
影の者であるアトマから報告が上がる情報は、本来わたくしが知り得ないものが多いので、うっかり口にすることはできないけれど……サーラから聞いた話は基本的に周知の事実なので、話題にしやすい。
多少疑われても「侍女に聞きましたの」と言えば、皆さま納得してくれるのだ。
魔国でも、侍女たちの噂話は最先端の情報であることが多い。
王都で流行っている食べ物や装飾品、人気の戯曲や俳優の話など、ありとあらゆる話が飛び交っている。
また、金銭に関係する話も、耳聡い者が主人の話を聞き齧ったりしてかなり詳細に流れてくるのだった。
秘密なんて有って無いようなものよね……
とにかく、本日のお茶会では、サグダラ様をなんとか引き寄せますわよ!
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「あら、そのリボン……シュシュ・リュバンの最新作じゃない」
わたくしのドレスに付けた大きなリボンを見て、サグダラ様が声をかけてきた。計画通りですわ!
「まあ、そうですのね? わたくし、とても可愛いと思いまして、一目惚れで手に入れてしまいましたの」
「センス良いわよ、姫。その大きさでその色のリボンなら、私もその位置に付けるわ」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。実はニルヴァーナにはない逸品でしたので、着こなせるか不安でしたの」
「まあ、人間の国にはないでしょうね。みんな同じような服ばかり着ているもの。でも魔国では、いかに目立つか、そしてセンスよく纏めるかが大事なのよ。ゴテゴテしてちゃあ駄目よ。でも日和ってシンプルにしすぎても気弱と取られるわ。服のセンスは、魔力と同じくらい大切なものなのよ」
「それは存じ上げませんでしたわ。でしたら、わたくしぜひ服のセンスを磨きたいと思います。よろしければ、今度お買い物にお付き合いくださるかしら?」
「え……いいけど別に」
サグダラ様にはいつもマルカ様がセットで付いてくるのだけれど、弟君のマルス様ともども、今回はジャマナ王子に何か罰則を与えられているらしい。
だからこそ、このチャンスを逃すまいと、最新作の大きなリボンを調達したのですわ。
女性と仲良くする分には、王子殿下も嫉妬しないでしょう。
……などと考えた私は、やはりまだ未熟者だったのかもしれませんわ。
「女だけで密談ですか? 私を除け者にしようなどとは悲しいものだ、ウィノナ姫」
デイビス様の件で何か察したのか、王子殿下は執拗にわたくしとサグダラ様の会話に割り込んでくる。
このままではサグダラ様と二人きりの女子会も開けそうにありませんわ……
「殿下の周りには、お美しいご令嬢がたくさんいらっしゃいますから、わたくしもっと綺麗になる秘訣を知りたいのです。女の秘密を暴こうとなさるのは、殿方の悪い癖ですわ」
「そんな! 貴女はそのままで十分綺麗ですよ……この私をこれ以上狂わせようなどと、貴女は私に向けられた刺客なのか?」
「嫌ですわ……そのような物騒なことをおっしゃって……やはりまだまだわたくしには魅力が足りませんのね……」
王子の物言いに、わたくしは大げさに傷ついてサグダラ様に助けを求める。
日頃からマルカ様の尻拭いをしているサグダラ様は、たぶん面倒見がいい方でしょう。
ライバルとして強く当たれば跳ね返される可能性が高いけれど、庇護…を求めればその強さで守ってくださるはずですわ。
わたくしの演技を知ってか知らずか、サグダラ様は王子殿下に忠告を申し上げた。
「王子殿下、『刺客』などという単語は使わないほうがいいんじゃない? 魔道具に記録されたらどうするのよ……姫だって傷ついてるし、王子として軽率だと思うわ」
わお! これは思いもよらぬ展開! サグダラ様は、何か核心に近いお方なのかもしれないわ……?
王子殿下に強めの進言をしたのにも驚いたけれど、わたくしたちのやり取りが魔道具に記録されるですって……?
それはどういった仕組みで、どこまでの範囲なのかしら?
わたくしの居室での会話も魔道具に記録されているの?
早急に確認が必要ですわね……
「サグダラ様、もう結構ですわ。わたくしのために王子殿下にご注意くださいましてありがとうございます。でもわたくし、皆さまの不和の元にはなりたくございませんの」
「そ、そう……? まあ私は別に……」
「ああ、ウィノナ姫! 私がいけなかったのです。貴女の素晴らしさを表現しようとして、言葉選びを間違えてしまった。お許しください!」
「殿下……お心をわずらわせてしまい、誠に申し訳ございませんでした……わたくし、今日のところは下がらせていただきますわ。サグダラ様、もう少しお付き合いいただいてもよろしいでしょうか……?」
「いいわよ、ちゃんと立てる?」
サグダラ様ったら、本当にいい人ね。
わたくしは、このまま居室にサグダラ様を連れ込みたい衝動に駆られたけれど、急に距離を詰めすぎても変よねと思いとどまった。
何となく感じていたけれど、ジャマナ王子の愚痴で盛り上がれそうな予感がいたしますわ……
わたくしの一連の流れを、デイビス様は面白そうに眺めていらっしゃったけれど、もう少し無表情の練習をなさったほうがよろしいと思いますわ!
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サグダラ様に居室まで送っていただいた後、わたくしは早速サーラに、会話が魔道具に記録されている件について筆談で伝えた。
今さらだけれど、少なくとも居室には盗聴魔法の類は見つからなかったし、魔道具が仕込まれていそうな場所には何もなかった。
ヴィルジェニー・イレイスの件も、今のところ表沙汰にはなっていないし、わたくしのための盗聴ではないかもしれないわね。
考えられるとすれば、王子殿下の警護、もしくは評価のために議事録のようなものが作られている可能性だわ。
王子殿下を中心とする半径の円状、極く近距離の会話が収録されるのではないかしら……
でもそうなると、ジャマナ王子がわたくしの居室でやらかしたあれやこれやが、逐一、誰が聞くかわからない魔道具に記録されているということ……!?
「もうわたくし、どなたのお顔も真っ直ぐ見られませんわ……」
「姫様……」
でも、ここは敵地。しかも魔国よ!
この程度のことは、もちろん考えられてよ!
サグダラ様に洗練された魔国センスを伝授されるまでは、わたくし諦めませんわ!!