3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 3.
新たなお茶会に招かれても、王子殿下からニルヴァーナ派兵に関するお話はなかった。
パーティーがお開きになって、いつものように居室まで送ってくださるときにも、一方的に甘えられるだけでわたくしからの質問はのらりくらりと躱されてしまう。
「姫様、殿下はまた……?」
「ええ、アレは絶対わざとだわ……サーラ、アトマを呼んでくれる?」
「かしこまりました」
わたくしの手の届かないところで事態が大きく動いている……
それでも、できることを見つけてやってみるしかないわ。
「姫様、お呼びでしょうか」
「ああ、アトマ……覚えているかしら? 魔法使いヴィルジェニー・イレイスのこと」
「忘れたくても、あの方は、またこの魔国に入ろうとしてトラブルを起こしていましたので……」
「え? ちょっと!? そんな話、わたくしは聞いてないわよ?」
思わず感情的になってしまったけれど……何をやっているのかしら、あの魔法使いは。
でも、そうよね……弟子を見つける約束はしたけれど、わたくしのほうもいろいろと騒がしくて、後回しになってしまったのは確かだ。
弟子を心配して、自分で探そうと思ってしまったのかしら……
「まあ、いいわ……アトマ、魔国の調査はもういいから、これからはヴィルジェニー・イレイスの弟子探しを優先させてちょうだい」
「は! かしこまりました」
「無理はしなくて良いわ。身の安全を確保してから行動すること。いいわね?」
「はい、それでは失礼いたします」
アトマのことだから心配いらないと思うけれど……
これからは、一歩一歩が暗闇の中のようで、本当はとても怖い。
でも、わたくしはもう死を覚悟した身。
たまたま生かされているからといって、怖がってばかりいられないのよ!
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強くあろうとすると、自然に敵は増えるもの。
ですが、わたくしは、敢えてその道を選ぶことにしたのですわ。
それが、たとえわたくしを追い詰めるものであっても。
「さあウィノナ、こちらに」
「ジャマナ、わたくし今日こそはお聞きしたいと思っておりますの。ニルヴァーナに援軍を出していただけるのかどうか……」
「そのお話は、後ほどいたしましょう。もう、ほかの者たちが来てしまいますよ」
口調は優しいけれど、王子殿下のおっしゃりようには、有無を言わせぬ恐ろしさがある。
わたくしが叛意を見せたら、それを理由に、また自分に都合の良い交渉をするおつもりなのでしょう。
最近は何を申し上げても揚げ足を取られるようなことばかりで、先日などは「膝枕」に「頭撫で」だけでなく、「お腹ポンポン」までさせられてしまったわ。
今日のお茶会も、どうせわたくしに不都合なことばかりが起こって、得られるものは何もないのだ。
こんなふうに考えてしまうのは、何度も何度も期待を打ち砕かれているからでしょうけれど……
希望の光が見えない暗闇で、方角を定めて歩みを進めることの怖さ……
でも、わたくしを信じてくれる人たちのために、立ち止まることは許されないのです!
わたくし、負けませんわよ!
「あ〜姫もう来てたんだぁ〜☆」
「ごきげんよう、マルカ様」
「……ごきげんよう」
「ごきげんよう、サグダラ様」
女性陣が揃ってくつろぎ出した辺りで、ジャマナ様の側近候補たる不逞の輩たちがやってくる。
まったく、この殿方たちは王子殿下のことを何だと思っているのかしら?
わたくしとしては、もっと早めに来て待機しているべきだと思いますけれど……でも当の王子殿下が、わたくしと二人きりになりたいからと言って人払いをしているのよね。
見方を変えれば、わがままな王子のイレギュラーな命令によく従っている忠臣……ということになるのかしら?
どちらにしろ、プリンキピアでこれ以外の人材が発見されなければ、わたくしはこの不逞たちと一緒に王子殿下を盛り立てて行かなければいけないのだわ……
つまり、様子見の時期は終わり。これからは修正期間としてビシバシ行きますわよ!
まずは、当たり前のように時事ネタを話題にしていくことからはじめる。
「……あら、嫌ですわ? デイビス様は、17代大公コルデール様の『サフェス宣言』をお認めにならないと?」
「い、いえ、そんなつもりはありませんでした……」
デイビス様は、不逞の輩の中でも常識的で、一番見所があると思う人材ですわ。
この方を覚醒させることができれば、不逞の仲間たちに良い影響を与えられるかもしれない……というのは、希望的観測かしら。
「ウィノナ姫は勉強熱心ですね。その件は、私も侍従から聞いていたが、対応に苦慮しているのです」
王子殿下は、何とか会話についてこようとして、中途半端に噛んでこようとする。
侍従から聞くって……侍従から聞くって……!
あなたの国の政治問題でしょう!?
庶民……いえ、一般貴族ならまだしも、王子殿下の物言いとしてはお粗末すぎませんこと!?
「まあ、そうでしたの……? ジャマナ王子殿下がお忙しいのは、その件に追われていらしたのですね」
「え、ええ、まあ……そうなのです」
若干、目を泳がせながら、王子殿下はお茶を飲んでごまかした。
わかっておりますわ、王子様はこの件から外されたこと、アトマの調査報告に上がってきていたもの。
わたくしは、適当に王子様を持ち上げておく。
今はまだ、あなたの出番ではないわ……
不逞の輩は、王子を入れて7人。
それに対して、わたくしは1人。
ここは各個撃破作戦で行くしかないのですわ!
「わたくし、サフェス産の織物に興味がありまして、ドレスや小物に取り入れたいと思っておりますの」
「なるほど、姫のお美しさをさらに引き立たせることができるのなら、この問題は早急に解決しなければいけませんね」
「まあ、殿下。わたくしにお心遣いいただき、感謝を申し上げます」
わたくしと王子殿下の会話が続いたので、取り巻きのデイビス様は、あからさまにホッとしたような顔で気を抜いている。
あらあら……残念ながら、もう少し詰めさせていただきますわよ?
「そういえばデイビス様? わたくしが聞いた話によりますと、お父上様のカヴァル大臣が、サフェス大公国からのお客様をお迎えになるとか……」
「ええ、その件はすでに公式発表されていますが……」
可哀想なデイビス様は、急に水を向けられて、ビクッと肩を震わせる。
ごめんなさいね……でも、あなたが王子殿下の取り巻きになっていらっしゃるから、こういう展開になってしまうんですのよ。
「まあ、羨ましいですわ! よろしければ、サフェス産の布地のサンプルなど、見せていただくことはできませんこと?」
「さ、サンプル……ですか……?」
デイビス様は、少し考え込むような仕草を見せると、ハッとして王子殿下のほうを見る。
ジャマナ王子は、小難しい顔で腕組みをしながら、うんうんと頷いていた。
それを許諾の意味で取ったデイビス様は、わたくしに布地のサンプルを届けてくださると約束してくださった。
今日のお茶会でできることは、まあうまく行ったかしら。
ジャマナ殿下に注意を受けたのか、マルカ様もサグダラ様も、あまり目立った言動をなさらなかったわ。