3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 2.
プリンキピアでの宴は、ダンスというよりは立食パーティーがメインのようだった。
人々のざわめきに混じって、室内音楽隊の奏でる旋律が、会話の邪魔にならない程度の絶妙な音量で聞こえてくるわ。
「皆さんはいつもどこにお出かけしますの? わたくしも、そろそろ魔国の避暑地などに出向きたいと思っておりまして」
「涼しくなりたいなら、やっぱり北方の山間ね。王都の周りもいい場所はあるけど、あなたじゃ魔物に食べられてしまうわ」
サグダラ様が、蛇のごとく二股に分かれた舌をチロリと見せながら笑う。
「北方の魔物はピエノぐらいしかいないし、人間でも安全に移動できるんじゃないかしら?」
「まあ、そうですの? 前向きに検討してみますわ」
意外とお優しいわね……
サグダラ様からは、あまり敵意を感じないけれど、だからといって信用し過ぎないほうがいいと思うわ。
この方は、妖艶な魅力をお持ちだけれど……王子殿下のご趣味ではないのかしら?
わたくし達が穏やかに会話を進めていると、例によってマルカ様が乱入してくる。
「えぇ〜☆ 避暑地っていうんならぁ、ファレリ島じゃな〜い?」
「マルカ、やめな!」
「だってぇ、ウィノナ姫ならファレリ島に行けるよね?」
「……さあ……寡聞にして存じ上げませんでしたわ。ファレリ島のこと、お聞きしてもよろしくて?」
「それについては私がご説明いたしましょう」
急に背後から声がして、サグダラ様とマルカ様が黙り込む。これは確定ですわね。
「まあ、王子殿下。申し訳ございません、はぐれてしまいまして」
わたくしが振り向きながら笑顔で話しかけると、ジャマナ王子は困惑したような顔で立っていた。
迎えにくるのが思いのほか遅かったけれど、外せない用事でもあったのかしら?
ともかく、わたくしはファレリ島の情報を入手しなければ。
サグダラ様が止めるということは、まだわたくしに開示すべきでなかった情報と考えていいわね。
王子殿下の腕を取り、わたくしは不逞の輩二人に優雅に礼をする。
「それでは失礼いたします。皆さま」
「ごきげんよう」
「……げ、げんよう」
ジャマナ王子から情報を引き出すには、二人きりになる必要がありますわ。
「人の熱気に酔ってしまったみたい。テラスに出ませんこと?」
わたくしが誘っていると思ったのか、王子殿下は素直に従う。
誰もいないテラスに出ると、王子様はわたくしの手を引いて中庭に降りた。
「あ、貴女という人は……! 一体私がどれだけ心配したとお思いですか!?」
まあ、歩きながら怒られてしまったわ。
聞けば、王子殿下はわたくしが攫われたと思い込んで、城中を探し回っていたらしい。なぜそうなるのかしら? だって、夜会の途中なのだから、まずは会場内を探すのでは?
わたくしは、確かにプリンキピアを内偵する気満々でしたけれど、それが王子殿下には丸わかりだったということかしら?
わざとはぐれて、決定的瞬間をとらえたかったとか?
この方達を侮ってはいけないと、わたくしはすでに反省している。慎重にならなくては……
「申し訳ございませんでした、殿下。このお城には、わたくしにとって目新しいものがたくさんあって、ついよそ見をしてしまいましたの」
「それで? どうしてファレリ島の話に行き着くのです?」
「魔国に良い避暑地はないかとお尋ねしたら、マルカ様が教えてくださったのですわ」
「またマルカか……マルスによく言っておかなければ」
「あの……それで、ファレリ島とはどのような避暑地ですの? わたくし是非行ってみたくて」
わたくしには伝えたくないという顔をしたジャマナ王子は、しばらく苦悶した後で、ため息をつきながら話し出した。
「あの島には行けません。1000年ほど前に、王冠を盗んだ不届き者が亡命政府を樹立して、島全体が危険地帯に指定されているのです」
「まあ、そのような……でもマルカ様は……」
「マルカの言うことは信じないでほしい。アレは貴女を危険に晒そうとしているのだ」
「そ、そうでしたの……わたくし気づきませんでしたわ」
「すまない、こんなことは言いたくないが、貴女は純粋すぎる。いや、だからこそ私は貴女に惹かれたのです。だがしかし、心配だ!」
そういうと、王子殿下はわたくしを抱き寄せる。
わたくしは、純粋かしら? ジャマナ王子には隠しているけれど、わたくしは政略の駒として動いているだけ……純粋な心なんて、とうの昔に無くしてしまいましたわ……
むしろ純粋さに価値を見出すなんて、ジャマナ殿下こそが純粋なのではなくて?
「わたくしは大丈夫ですわ、殿下」
「ここでは、私たち二人だけです、ウィノナ」
「そうですわね、ジャマナ」
薄暗い庭園で、わたくしたちは誰に監視されているかわかったものではないのに、親しげに頬を寄せ合う。
ジャマナ王子はこれがしたかったのかしら?
この城に集まった貴族たちに向け、わたくしとの仲睦まじさを見せつけて、何かお立場を確定させたいと?
だとすれば、王党派はずいぶん追い詰められていらっしゃるようですわね……
「王家の権威は、ファレリ島の事件から揺らいでいるのです……隙あらば反対派が邪魔をして、この国をいたずらに蝕んでゆくのだ……私が正当な王位継承者になれるかは、貴女にかかっているのです、ウィノナ!」
「わたくしは、あなたの忠実な友であり味方ですわ、ジャマナ……」
わたくしが軍の派遣を要請したからか、王子殿下もまた内情をひとつぶちまけてくれたようですわ。
二人の絆が深まったように感じて、わたくしは不覚にも満足してしまっていた。
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「何ですって!? アトマ、それは確かなことなのね?」
「は、魔国の王が正式にニルヴァーナ王国に派兵するとのこと。指揮は第一王子のジャマナ殿下です」
「内容は……? ニルヴァーナへの援軍なのよね?」
「申し訳ございません、そこまでは……」
そうよね……わたくしはアトマを下がらせて、ひとり居室で考え込む。
ニルヴァーナへの軍隊派遣は、わたくしがかねてより王子殿下に申し入れていた案件。
もし本当にわたくしの悲願が叶ったならば、ジャマナ王子殿下がアトマよりも先に嬉々として報告してくるんじゃないかしら?
つまり、この派兵には、あまり良くない本質が隠されている可能性が高いわ……
「まさか、魔国はわたくしの輿入れを、なかったことにするつもり……?」
だとしたら、わたくしは一体何のために……
深い深いため息をつきながら、わたくしは国の皆の顔を思い浮かべる。
お父様にお兄様、乳母に家庭教師、庭師に馬丁、街の人々……
どうしよう、どうしたらいい?
魔国王に直談判に行く?
戦争でわたくしの大切な人々が傷つくなんて嫌よ……
それを防ぐために生贄の役を引き受けたというのに、何故……?
こんなところで考えていても、答えなど出るわけがない。
わたくしは、何のためにここに居るの……?
居室から見える空に、大きな黒雲が広がりつつあった。




