3.「軽い気持ちで追い詰めて」part 1.
「申し訳ございません、会場まではこの目隠しをつけていただきたいのです」
ジャマナ王子殿下がわたくしの居室にお迎えに来てくださり、手を取られて竜車に乗り込むと、肌触りの良い高級そうな布地を見せられた。
これはまた……徹底した秘密主義ですわね。
ここまで来て反対しても仕方がないので、わたくしは黙って頷く。
「少しの間ですから」
王子殿下は、まるでネックレスをつける手伝いをするかのように、慣れた様子でわたくしに目隠しをする。
「キツいところはありませんか?」
「……ええ、大丈夫ですわ」
「すみません、貴女にこのようなこと……心苦しいのですが、規則ですので」
「わかっております。ジャマナを信じているので、怖くはありません」
「ああ、貴女は勇敢な女性だ。ウィノナ」
同じ側の座席に並んで座っていたため、わたくしは王子殿下に肩を抱き寄せられ、窓側のほうの右手を握られてしまった。
これは逃げられないわね……
落ち着き払っていても不自然かしら。
わたくしは、少し深呼吸をして、緊張しているように演じてみる。
「震えていますね、ウィノナ。大丈夫です……今宵の貴女は誰よりも美しい」
「そうかしら……そうだといいですけれど」
「それは、私が保証する!」
その言葉と共に、ジャマナ王子が強く抱きついてきて、わたくしは驚いてしまった。
「今……ビクリとしましたね?」
王子殿下に耳元で囁かれて、わたくしは思わず本音が出てしまった。
「み、耳元でそのようなこと……おっしゃらないで……」
「不安そうな貴女が、こんなに可愛いなんて……今度二人きりのときは、また目隠しをしていただこうか……」
「そんな……おやめになってくださいませ」
「どうしたものかな……」
王子様にまたしても頬をぺろりと舐められ、やられっぱなしで悔しいわたくしは、負けず嫌いな気分になって王子殿下の頬であろう辺りをぺろりと舐めてみた。
ジャマナ王子が驚いたように顔を引いて、わたくしは失敗したと反省する。
破廉恥だったかしら……?
「あ、貴女はまた、そんな……この私に……信じられない……」
「申し訳ございません……魔国で親愛の情を示す行動だと思いましたもので……とんだ失礼をいたしました、もう二度と……」
「いや、あなたは正しい! これは愛するものに与える印です。嬉しい驚きですよ、ウィノナ!」
「そ、そうでしたのね? よろしかったかしら……?」
「ああ、ウィノナ! ウィノナ!! 私の運命は、貴女にかかっているのだ!」
危うく、せっかくサーラが完璧に仕上げてくれた髪が乱れるところだったけれど、感極まった王子殿下がわたくしに縋り付く前に竜車が止まってくれた。
「もう着いてしまったか。貴女といると時間があっという間ですね」
ジャマナ殿下は困ったように言うと、わたくしの目隠しを外す。
やっと周囲が見えるようになって、辺りを確認すると、森の中にたいそうな城館が建っていた。
秘密の場所にしては、少し目立ちすぎじゃないかしら……?
得意げに話す王子殿下のご説明によれば、この城はある戯曲に出てくる伝説の城砦をモデルに作られたらしい。
城砦にしては洗練されたデザインですけれど……民の血税で一体何を作っているのよ、このスカポンタンは……!
おっと、いけませんわね。心で思ったことは、言葉の端にも現れるもの。だからこそ、気をつけなければいけないわ。
ここには、王子殿下の息のかかった貴族しかいない。王子付きの護衛騎士とはいえ、ルクソン様も随行していないのだ。
完璧に改革派を排除した、王党派のアジトなのだわ……
アトマの報告によれば、一般的なルートで『プリンキピア』に招待されるには……
・500万G以上の寄付をする
・パーティーに5回以上参加する
・不逞の輩に認められる
・ジャマナ殿下に高く評価される
・雰囲気を察して王党派のために無償で働く
……といった、さまざまな行動で忠誠心の高さを示さなくてはいけないらしい。
何とも面倒な集まりのようね。
わたくしは、王子殿下に評価されて招待に至ったようですけれど、不逞の輩に認められたという実感はまったくないわ。
「美しいお城ですわね……このような山の中なのに、なんとも広大で立派な庭園もあって……」
「そうでしょう? 私の自慢の城なのです」
わたくしの完璧なお世辞に、ジャマナ王子は鼻高々のようだった。
せっかく寒々しい針葉樹林に囲まれた山のお城なのに、なに高低差無視して平らな高台を造成しているのよ……
風情ってものがまったくわかっていないわね!
隠れ家のような雰囲気をもっと大切にしなさいよ!!
古城の建築などに少し憧れて書物を読み漁っていたため、わたくしも実のところ、城砦建築には一家言あるつもりですわ。
ただ、王女として、好きなもののことばかり一方的に話すわけにはいかないので黙っているだけ。
志を同じくするお相手とは、夜通し話せる自信があるのだ。
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「お初にお目にかかりますわ。ウィノナ・ウーラ・モルジェイユです」
可能な限り優雅にお辞儀をして、わたくしはニッコリと微笑む。
さすがに王子殿下が隣にいらっしゃる状況では、魔国の貴族たちも嫌味は言ってきませんわね……
ニルヴァーナ王国の人間として、わたくしは一歩も引いてはいけないのだわ。
今日のところは、とりあえずこの『プリンキピア』がどういった集団なのか、その本質をつかみたいわね。
わたくしには、魔国からニルヴァーナに友軍を出してもらうという第一の使命に加えて、魔法使いヴィルジェニー・イレイスの弟子とやらを探さなければいけない案件がある。
やることが多いわ……
つい気がゆるんで、余計なことを考えていたせいか、わたくしは王子殿下からはぐれてしまった。
「あ〜☆ ウィノナ姫ぇ、こっちこっちぃ〜!」
やっぱり居たわね、不逞の輩たち!
少し遠くから、マルカ様がわたくしに声をかけてくる。
パーティーは城の中の大広間で行われており、思いのほか豪奢な内装は少々悪趣味だわ。
ほかの貴族たちは、わたくしとマルカ様の距離がどのようなものか見定めようとするかのように様子を窺う。
ここはしっかり決めなければいけない場面ね……わたくしは軽く深呼吸をして笑顔を作った。
「まあ、マルカ様、サグダラ様も。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげん……ん、それよりぃ☆ 姫やっと来れたんだぁ〜」
「そうですわね……このパーティーは毎月開かれていますの?」
「どうかしら、不定期開催だと思うけど」
「こないだみんなで集まったときぃ〜、あれって先週?」
「マルカ、あんた飲みすぎじゃない? 姫も見てるんだから……」
「ごめぇん☆ あれ? まだ姫は知らないんだっけぇ?」
「なんのお話かしら?」
どうせ聞いても教えていただけないのでしょうけれど。
この方達は、内輪話を平気で展開しますのね……そうしておきながら、わたくしが気を使って一応質問すると、ニヤニヤしながら話をはぐらかすのだ。
ん?
もしかして……と、わたくしは軽く最近の記憶をたぐる。
この不逞の輩たちは、少々足りない方々なのかと思っていたけれど、これはわざとなのかしら?
わたくしの不安を煽るために、わたくしの知らない話題をこれみよがしに何度も出しているということなのでは……?
曲がりなりにも、この不逞の輩たちは、ジャマナ王子殿下の側近ということになっているのよね。
つまり、わたくしは試されているのだわ。
何ということでしょう!
わたくしとしたことが、少々敵を侮りすぎていましたわ……




