2.「順番どおりにしないから」part 9.
湖畔での一件から、わたくしの居室に王子殿下が来ることはなくなった。
「これは本格的にやらかしてしまったようね……」
頭を抱えるわたくしに、サーラは優しい。
「最近の王子殿下は姫様に甘えすぎでした! 少しくらい反省していただきたいものですわ!」
「ありがとう、サーラ。でも、わたくしが失敗したことは確かなのよ。もっと上手く処理できていれば……」
「でも、婚姻前にそのような……! 姫様を軽んじているとしか思えません!」
「……そういうサーラは、ブラディオン様とは仲良くできているの?」
「へ!? わわわわ私はその、そんなことは、まったく、これっぽっちも……ですわ!!」
何かあったようね……
わたくしは、サーラとブラディオン様の仲を邪魔したいわけではないのよ。
ただ少し……わたくしよりも前を歩いている二人から、この魔国での振る舞い方を学びたいと思っているのだけれど。
サーラの混乱ぶりを見ていると、コツを聞き出すには、もうしばらく時間がかかりそうな気がするわ。
「まあいいわ。ブラディオン様に呆れられないようにね。わたくしのように……」
考えてみると、これは文化的な行き違いなのではないかしら?
魔国の常識は、我がニルヴァーナ王国での非常識なのだもの……
今さらだけれども、もう少し魔国の文化について情報収集をしておくべきだったわね。
「姫様、私は何があっても味方です。ご自分を責めないでくださいね?」
「ありがとう、サーラ。夕食の後でアトマを呼んでくれるかしら?」
「かしこまりました」
せっかく頑張って王子殿下との距離を縮められたように感じたのに、すべてが水の泡ですわ。
ジャマナ王子が、一体どういうつもりでわたくしに嫌がらせをするのか、何か手掛かりを見つけなければ……
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「ねぇ〜ウィノナ姫ぇ〜☆ あたし達、王子と姫のこと心配してるんだぁ〜」
「まあ、ありがとう」
「マルカ、また余計なことしないでよね?」
「え〜なんでぇ〜? だって西の森でさぁ、ルクソンなんかの竜馬に乗ってご登場なんてぇ」
「だよな、せっかく二人っきりにしてやったのに」
「バッカ……! もう黙りなさいよ、ゼルジン!!」
今日も今日とて、王子殿下は遅れてやってくるらしい。
わたくしは、不逞の輩に囲まれ、薔薇の咲き誇る中庭でいつものお茶会に参加していた。
不逞の輩たちは、自由奔放に行動しているように見えるけれど、やはり何らかの命令を受けて動いているようだわ。
その中でもヘビ系の獣人であるサグダラ様は、一番賢くて周囲に気を使っているみたいだけれど……
ジャマナ王子殿下と親しそうなのはマルカ様のようで、話のきっかけを作る役のように見えるわ。
殿方たちは、あまり王子殿下に忠誠を誓っているようには見受けられない。
このゼルジン様の言いようや、以前のラホーシュ様のなさりようから考えても、王子殿下が少しでも目を離せば叛乱を起こしそうだもの。
「いえ、是非お聞きしたいですわ。なにか助言がございますならば」
少し好戦的過ぎましたかしら?
内心ドキドキしながらも、わたくしは王女然とした態度を貫いた。
マルカ様は、わたくしの興味を引いたことが相当嬉しいらしく、何やら破廉恥な提言をされていらしたわ。
でもまあ、歴史の時間に色仕掛けの策略を何度か聞いたことがある。
国内に攻めてきた敵方の将軍に会うため、貢物の絨毯にくるまって行った王女の話だとか……
「だぁからぁ〜☆ ウィノナ姫が迫れば王子は絶対落ちるってぇ〜!」
「そ、そんな破廉恥な……!」
おかしな妄想をしていたせいか、マルカ様のお話に過剰に反応してしまったわ。
わたくしの経験の浅さを嘲笑うように、不逞の輩たちはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
この方たちの価値観が、魔国の平均でないことを祈りますわ。
わたくしが、何か立て直しをしなくてはと案を練っていると、マルカ様が言い放つ。
「とにかくぅ〜☆ ルクソンの奴とどういう関係か、ハッキリさせたほうがイイって! 王子ってああ見えて……」
「マルカ! 黙りなさい!」
「えぇ〜? 何よサグダラぁ〜」
「私が何だって?」
急に遅れていた王子殿下がいらっしゃって、マルカ様は口を閉じる。
やはりこの方は、ジャマナ王子には逆らえないのではないかしら?
気まずそうにキョロキョロと周囲を見回しながら、マルカ様は言い訳をする。
数日ぶりにお会いする王子殿下は、少し不機嫌な顔でわたくしを見た。
「ごきげんよう、ジャマナ王子殿下。本日もいい天気ですわね」
「そうですね、ウィノナ姫。本日も麗しいお姿を拝見できて光栄です」
当たり障りのない挨拶をすませると、ジャマナ王子は一礼して自分の席へと歩いていく。
とりあえず、公式な関係に変化はないようですわ。
「ルクソンとどういう関係か、今ウィノナ姫に聞いていたんだ。ジャマナ王子も気になるでしょう?」
意地悪くニヤついた竜人のラホーシュ様が、ネチネチと話を蒸し返す。
他の不逞たちも、わたくしが窮地に追い込まれていると思い、楽しそうにお互い目配せしながら様子を窺っている。
ルクソン様とは何でもないけれど、どうしてああなったかを説明するためには、王子殿下の情けない姿を公表しなければいけなくなってしまうのよね……
王子殿下の様子をチラリと確認すると、口止めしてほしいような素振りは一切見せず、ルクソン様との関係に興味津々のようだった。
そういうことだったのね……
王党派の筆頭である王子殿下としては、改革派のルクソン様にどんな情報が流出するかわからないので、わたくしとの会話を警戒しているのだろう。
もしかすると、この場の全員が、わたくしを改革派のスパイだと考えているのかもしれない。
「ルクソン様とは、たまたまお会いしたのですわ。雷魔法が見えたので確認にいらっしゃったようです」
「雷……それって」
「ラホーシュ、それ以上言うな」
一度わたくしの防御魔法で弾かれたことのあるラホーシュ様が、何かに勘付いた。そのことにジャマナ王子殿下もお気付きになり、短く制止の命令をする。
ラホーシュ様は表情を歪めながら沈黙し、ジャマナ様は立ち上がってわたくしに歩み寄り、妖艶な笑みを浮かべて囁いた。
「それではまた私の羽魔に乗せてあげましょう……愛する婚約者殿」
ん? 誤解は解けたのかしら?
急に馴れ馴れしくわたくしの髪をすくいとる王子殿下の行動に、どうにも整合性が感じられず、わたくしは戸惑ってしまう。
もしかして、新しい罠の入り口なのかしら?
何はともあれ、まだ交渉は諦めなくてもいいらしい。それだけはわかるわ。
「大変光栄ですわ、王子殿下」
わたくしが、でき得る限りの微笑みを浮かべて返答すると、ジャマナ王子は頬を赤らめた。