表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/46

2.「順番どおりにしないから」part 8.

「ここでひと休みしましょう」



 王子殿下がやっとウマを止めてくれたのは、何となく清浄な空気の漂う湖畔の森だった。


 小さな狩猟小屋があって、ボートが2艘ほど繋いであるわ。


 鴨撃ちでもする場所なのかしら?


 わたくしが戸惑っていると、王子殿下は草むらにハンカチを敷いて座るようにとおっしゃる。


 王子殿下の表情は完全に二人きりの時のモードになっていて、わたくしが座ると案の定そそくさと隣に座り、膝枕を要求された。



「こ、こんなところで、いけませんわ……」



 不逞(ふてい)(やから)たちはどこですの?


 こんなときに見当たらないなんて……本当にわたくしの()()()()()()()()()()ですのね!


 

「他の者はいない、貴女と私、二人だけだ……」



 王子殿下は脇が甘すぎるんですわ!


 わたくしは、目の前に迫るジャマナ王子の(あつ)を、どう(かわ)すべきか考える。


 いくら周囲に人の気配がないからといって、森の木の影から見ていないとも限らないじゃないの!!



「そんな……わかりませんわ……」



 ハッ!? もしかしてこれも何かの策略なのではないかしら?


 わたくしの愚かな行動を引き出して、王子殿下の婚約者に相応しくないと言うつもりなのでは?


 でも、わたくしは軍を派遣してもらうまでは間違った選択をしてはいけないのだ。


 王子殿下のご機嫌を損なわずに、婚約者の威厳を保つにはどうすべきかしら?


 わたくしが乗り気でないのに気づいたのか、ジャマナ王子は心配そうに顔を覗き込んでくる。



「どうしました……? もしかして羽魔(うま)に酔ってしまいましたか?」



 この方、その質問の流れで膝枕の体勢を狙っているのではないかしら……?


 わたくしは無意識に体をずらして、王子殿下の動きを回避してしまう。


 そのせいか、ジャマナ王子が少し不機嫌なお顔になったようだった。


 しくじったかしら……?


 でも、こんな誰に見られているかわからない場所で、王子殿下と親密すぎる行為に及ぶなんて無理ですわ……!


 だって……だって……少なくとも、あのウマはこちらをずっと見ていますもの!!



「わたくし……王子殿下のお望みどおりにしたい気持ちはあるんですのよ? でもここでは誰かの目がありそうで……」


「不安ですか?」


「それは……ご容赦くださいませ」



 逃れられないのかしら……?


 わたくしの居室は、入念に調べて情報が漏洩しないようにしてあるので、室内の秘密は守られている。


 とはいえ、そもそも魔国の王城なので、王様が本気で調査しようと思えば筒抜けなのでしょうけれど。



「貴女のご懸念はごもっともです。しかし、私の忍耐を試すようなことはしないでいただきたい」


「いえ、そんなつもりは……あむッ」



 また!?


 ジャマナ王子は、わたくしが話をしている途中に唇を奪う。


 息ができなくて、後ろに引こうとすると、王子殿下の大きな手のひらがわたくしの頭を後ろから押さえた。



「ん! んんッ……! プハッ」


「……まだその気にならない?」

 

「そ、その気だなんて……お(たわむ)れを」


「私は本気なのだ!」



 こんな強引に!? この王子、何を考えているの? わたくしにどこまで譲歩させられるか、試しているのはそちらではなくて!?


 優しさを感じられない強さで草の上に押し倒され、わたくしは思わず恐怖を感じる。


 それと同時に防御魔法が発動し、わたくしを守る小さな雷が上空から落ち、ジャマナ王子を(はじ)いた。



「王子殿下!?」



 やってしまったわ……! 慌てて草むらに飛ばされたジャマナ殿下の様子を見ると、怯えた顔で口元を押さえ、目を丸くして呆然とわたくしを見ている。



「だ、大丈夫ですか、ジャマナ様……? 申し訳ございませ……」

「ごめんなさい! すみません! もうしませんから、許してください!」


「え……?」



 ジャマナ王子は、ひとしきり謝ると、あたふたと魔国のウマに駆け寄る。そのまま、不格好にまたがると、ひとりで乗って行ってしまった。


 ……え、わたくしを置いて?


 湖畔にぽつんと取り残されたわたくしは、どうやって帰るか冷静に考えていた。


 あの突風のような魔国のウマで、ここまでどのくらい走ったかしら?


 徒歩で帰るのは、少し難しいかもしれないわね……


 こんなとき、不逞の輩でもいいから戻ってきてほしいと思ってしまうのは現金かしら?


 今から歩いて、森を抜けられるかしら?


 わたくしは、もう王子殿下にお会いいただけなくなるのかしら?


 わからない……


 婚姻前に親密になるのを避けることは正しいのよね?


 わたくしは、一体どこで間違えたのかしら……


 しばらく考え事をしていると、サクサクと草を踏んで何者かが近づく音がした。


 ジャマナ王子が戻ってきたのかもしれない、と思ってわたくしは顔を上げる。


 けれど、そこに居たのは、意外なことにルクソン様だった。



「こんなところでどうしました?」


「まあ、ルクソン様、お久しぶりですわね」


「雷魔法が発動していたので、念のため様子を見にきたのです。まさか貴女がいらっしゃるとは……王子殿下はどこに?」


「さあ、それがわかればいいのですけれど……」



 わたくしの皮肉に、ルクソン様は怪訝な顔で状況を把握しようとされているようだった。


 改革派の筆頭であるタウオン元大臣のご子息に、王子殿下の醜聞を漏らすわけにはいかないわね……


 でも、この状況をどうやって丸く収めるか、何もいい案が浮かばないわ。



「もしよろしければ、王城まで送ってくださいませんこと?」


「是非もありません、私の竜馬(りゅうば)で良ければお乗りください」


「まあ、この子は竜馬というのね? よろしくお願いしますわ」



 まるで二足で立っている小さいドラゴンのような竜馬の鼻先に手を伸ばすと、ブルル……とくすぐったそうにいななく。


 この竜馬はニルヴァーナの馬と似ているようだわ。


 鼻筋を撫でると、わたくしに頭を預けてくれた。いい子ね。



「フフ……姫は意外に剛気ですね。私の竜馬をそのように手懐けてしまうなど」


「あら、わたくし、どんなお相手にもご挨拶は欠かしませんのよ?」


「なるほど!」



 ルクソン様は、わたくしをひょいと引き上げると、竜馬の鞍に乗せてくださった。



「少々窮屈ですがご容赦ください。森を抜ければ、私が降りて竜馬を引きましょう」


「お手を(わずら)わせてしまい、申し訳ございません」



 思いのほか軽やかに走る竜馬は、あっという間に森を抜けて王城の見えるあたりまで戻ってくれた。


 すると、目の前に魔国のウマが集まっている。


 不逞の輩たちね……その中には、王子殿下の姿もあるわ。



「ルクソンではないか! なぜ我が婚約者殿が、お前と一緒に竜馬に乗っている?」



 こちらを(とが)めるようなジャマナ王子の声音(こわね)に、納得のできないわたくしが返事をしようとすると、ルクソン様がそっと制してくださる。



「これは王子殿下、姫君が森の中でお困りだったので、王城までお送りする途中です」



 ルクソン様のお言葉は、一言一句、間違ってはいない。


 けれど、王子殿下は自分のことを棚に上げ、わたくしを非難される。



「貴女も貴女です! これから私がお迎えにあがろうとしていたのに、ルクソンなどに御身(おんみ)を預けておられるとは」


「いが〜い☆ でも案外お似合いなんじゃなぁ〜い?」



 ジャマナ王子の横にいたマルカ様が、わたくしたちの様子を見て楽しそうに揶揄(からか)う。


 それを聞いて、王子殿下がまた一段と不機嫌になった。



「おい、ルクソン! これは命令だ! ウィノナ姫を王城に送り届け、しばらく安全を確認せよ!」


「は、かしこまりました!」



 これは意外だわ……


 ジャマナ王子は、改革派のルクソン様とも、これまでどおりにお話になるのね。


 為政者としては、公平性に配慮する姿勢は必要ですもの。


 わたくしとしては、ルクソン様の竜車から引きずり下ろされる覚悟までしていたというのに。


 王子殿下は、まだ自制を効かせる心の余裕がお有りのようですわ。



「……ではわたくし、お先に失礼いたしますわね。王子殿下、皆様」



 わたくしは、精一杯の冷静さで優雅なご挨拶をし、ルクソン様に王城の居室まで送っていただいた。



「面倒なことにつき合わせてしまって申し訳ございません、ルクソン様」


「いえ、お怪我がなくて良かった。今後はよくお気をつけください」


「難しいご注文ですけれど……わかりましたわ」



 ルクソン様は、わたくしの皮肉に少し笑みを浮かべて返すと、軽く礼をして帰っていった。


 お茶を差し上げれば良かったかしら?


 居室でサーラの顔を見た途端、わたくしはブラディオン様の近況をお伺いするチャンスだったということに気づいたけれど、きっとお誘いしても断られたでしょう。


 それに、いつ王子殿下のご来訪があるかわからないのだし、余計な火種は増やさないほうがいいのだわ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ