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2.「順番どおりにしないから」part 5.

 結局、わたくしの『祝福』とやらは2週間程度で効果が消えた。


 その間、体調不良ということで静養をさせていただいたのだけれど、いまだ立場が不安定な環境で寝込むというのは完全に悪手(あくしゅ)だったわ。



「姫様、王子殿下がいらっしゃいました」


「ありがとうサーラ、すぐお通しして」


「かしこまりました」



 さあて、遅ればせながら挽回しなくてはね!


 わたくしは完璧な姿でジャマナ王子殿下にお会いする必要がある。


 病弱な人間族の姫など、婚約者に値しないと思われては大変ですわ。



「ウィノナ! やっとベッドから出られるようになったんだね!」


「ご心配をおかけして申し訳ございません、ジャマナ」


「いいんだ、こうして貴女が私を迎え入れてくれることが、今はとにかく嬉しい」



 取り敢えず、婚約を解消するといった話はまだ出ていないらしい。


 王子殿下と婚約しているわたくしは、当たり前のように王党派と見られているのでしょう。


 婚約解消の話が出るとすれば、やはり改革派からでしょうけれど、病弱な婚約者のほうが改革派からすれば好都合なのかしら。


 だとすれば熱心な王党派から「弱い王妃などいらない!」という声が上がりそうだけれど、こちらは王様の方針に反対できない事情があるのかもしれないわ。


 王子殿下は、相変わらずわたくしを気に入ってくださっているように見える。


 さもなくば、会ってすぐさま、わたくしの膝枕をご所望にはならないでしょう。


 早く魔国からニルヴァーナ王国に援軍を送ってもらえるよう、お話をつけなければ……





□■□■□■□■□■□■





「姫様、アトマが報告に参りました」


「聞きましょう」


「ご報告いたします。改革派は、貴族の大半を味方につけた模様です。タキオン・イム・ジェヴォーダンが、新たな力を手に入れたという噂がありますが、いまだその力については情報が厳重に秘匿されているようです」



 アトマの話を聞いた限りでは、改革派に()がありそうね……


 元大臣のタキオン様にはお会いしたことがないけれど、そのご子息のルクソン様とブラディオン様のご様子から察するに、かなりしっかりとしていそうだわ。


 そもそも、大臣になれるほどの力量があるのなら、実務経験も豊富で政治問題にも精通しているはず。


 ここはやはり改革派にも繋がりを持っておきたいところね……



「サーラ、今のうちに伝えておきます。わたくしはこの魔国で生贄となる覚悟です。今後どうなったとしても、あなたはブラディオン様の元へ行きなさい。そしてどこまでも生き抜くのです」


「そんな、姫様、私は……!」


「これは命令よ、サーラ。そもそも、今まで生きていられたのが、奇跡みたいなものなんですからね。もちろん、今すぐではないわ。そしてアトマ、わたくしが居なくなったら、サーラに付き従って助けてあげてね」


「ッ! ……わかりました、姫様」



 サーラが動揺したように、アトマもまた、一瞬だけ言葉を詰まらせる。


 でも、すぐに普段通り返事をしたのは偉いわね。


 アトマの様子を見て、サーラはすぐに落ち着きを取り戻した。


 二人とも、優秀で大事なわたくしのお友達だもの……


 できるだけ前向きに生きてほしいと思う。



「さあて、それでは明日の準備をしましょうか! ドレスはどうしようかしら? サーラ、髪はお願いね?」





□■□■□■□■□■□■





 魔国の王様が主催する王宮舞踏会は、これまでとは比べ物にならないくらいの規模で、大広間が華やかな衣装を身につけた貴族でいっぱいだった。


 どういうわけか、全身に宝石を散りばめたご婦人もいらっしゃるわ?



「これは壮観な眺めですわね……」


「お気に召しましたか? 今回の夜会は、貴女の快気祝いも兼ねているのです」


「まあ、そんな……光栄ですわ」



 大金持ちが自費で開くパーティーならいざ知らず、国政を預かる王様がこんなことをするのでは……改革派も鼻息が荒くなるというものだわ。


 とはいえ、ここにいる貴族たちのほとんどが王党派だとすると、本当に魔国の規模は恐ろしいほどに大きい。



「今宵の貴女は、これまでにも増して美しい……私こそ貴女の婚約者となれて、こんなに光栄なことはありません」


「まあ……」



 キザな台詞を吐いて、わたくしの手に口付けをするジャマナ王子は、約束通り公の場では完璧な婚約者を演じている。


 わたくしも、殊勝に目を伏せて、恥じらいの演技は完璧ですわ。


 これはもはや、狐と狸の化かし合いなのだ。


 わたくしは、どこまでも本心を見せずに、敵の懐に入って行かなければならないのよ。


 いつものように、大きな階段の踊り場で皆さんに挨拶をすると、王族とその関係者は一段高い席につく。


 しかし、すぐにわたくしは王子殿下に手を取られて、ホールの真ん中に進み出た。


 なるほど、実際に踊って見せて、元気なことをアピールするのね……


 わたくしだって王女の(はし)くれ。人々の好奇の目に晒されることには慣れておりますわ。


 微笑みを浮かべながら、わたくしはジャマナ王子に身を預ける。


 相変わらず、魔国のダンスは派手なリフトやジャンプが多くて、わたくしには難しい部分も多いけれど楽しくもある。


 気持ちで負けてはいけませんのよ。


 体を動かすうちに気分が上がって、思わず笑顔で王子殿下を見上げると、群青色の瞳がわたくしを捉えた。


 この王子は……こんなにも美しいのに、なぜわたくしをそんな目で見つめるのかしら?


 これだけの貴族がいれば、もっとふさわしいご令嬢も居たのではない?


 思わず目を逸らすと、ジャマナ王子が不安げに囁いた。



「どうしました? まだ気分がすぐれませんか?」


「いいえ……わたくし……何でもございませんわ」



 すると、グイッと体を引き寄せられて、わたくしは王子殿下の腕に抱き寄せられる形になる。



「そうやって……私を煽って楽しいですか? 貴女は無自覚に私を翻弄する……いい加減になさい」



 耳元でそんなことを言われたら、どんなに気を張っていても(とろ)けてしまうわ。


 わたくしは、王子殿下に心を奪われているのだろうか?


 自分でもよくわからないままだった。……むしろ、わたくしを翻弄しているのはジャマナ様のほうではなくて?


 少なくとも、雰囲気たっぷりに頬を舐められ、長い接吻を受けても嫌だとは思わない。



ヒュー! イェー! ガオー!



 周囲から、いかにも魔国らしい声が上がる。いつの間にか拍手の渦に飲み込まれ、祝福の宴は最高潮に達した。


 居室で二人きりでもないのに、こんなこと……


 それなのに、王子殿下が唇を離すと、わたくしは思わず追い(すが)りたくなってしまう。



「そんな……顔を……いけませんよ、ウィノナ姫……」


「え……?」



 ジャマナ王子が顔を赤らめながら、わたくしをまっすぐに見つめる。


 この方は、本当に何を考えているのかわからない。


 わたくしは今、どんな顔をしているというの?



「少し、庭を歩きましょう」


「ええ、はい……」



 王子殿下に手を引かれて、わたくしは言われるままに外へ出る。


 空気が清浄に感じられ、今までの室内は、香水や料理の匂いでごった返していたことに気づく。


 今は……前を歩くジャマナ王子から、(かす)かに香るフレグランスが心地いい。


 夜風に乗って浮き上がる王子殿下の後ろ髪を、わたくしはただぼんやりと眺めていた。


 これが単なる恋人同士のやり取りなら、どんなに良かっただろう。


 何も考えず、心を預けてひとつになれたら……


 でも、わたくしは王女で、ジャマナ様は王子。


 お互いに、国家という大きな存在の思惑から逃れがれない政略の駒であり、そこに感情は必要とされていない。


 だけど……



「ウィノナッ……私はもう我慢できない!」


「きゃ……! 王子殿下!?」


「またそんな他人行儀な……ここでは私たち二人だけなのに……」


「で、でも今はまだ夜会の最中で……んむッ」



 いきなり強く抱きしめられ、わたくしたちは四角く整えられた植え込みの影に紛れる。


 ジャマナ様はわたくしの意見を無理やり唇で(ふさ)ぐと、頬をぺろりと舐めて斜め上から見下ろしてくる。


 ちょうど美しいお(ぐし)の向こうに月が見えて、髪の1本1本がキラキラと透けて輝いていた。


 

「貴女はわたしと、こういう事をしたくはないですか……?」


「そんな……わたくしからは申し上げられませんわ……」


「では、私が嫌なら拒否してください」


「ひゃ……!」


「ああ、愛している……ウィノナ」



 王子殿下は、わたくしの手の平をレロリと舐めると、そのまま挑戦的な視線をこちらに向けながら指まで舌を這わす。


 そ、そんな……いつもと方向性が違いますわ……!


 ジャマナ王子の蒼瞳(そうとう)に飲み込まれそうになりながら、わたくしは引き際を見極められないでいた。





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