2.「順番どおりにしないから」part 4.
「まさか……お前は……ヴィルジェニー・イレイス? あのモラトリアム魔法使いの?」
「その呼び名は好かないんだよなぁ……けれど、王女様には感謝を。わたくしめは貴女の僕です」
何やら鷹揚に頭をポリポリと掻きながら、その美しい魔法使いは、スッと片膝をついてかしこまる。
間違いないわ……この者のプラチナブロンドの髪は、最上級の魔法使いであることを示す輝きを湛えているもの。
ニルヴァーナ王国は人間の国だけれど、このヴィルジェニー・イレイスはかれこれ数百年同じ姿をしていると言われ、かなり異色の存在だった。
それでも民が困ったときには、どこからともなくフラッと現れ、乾季に雨を降らせたり壊れた城壁を直したりしてくれた。
わたくしも数年前に一度だけ会ったことがあるけれど、被災地で崩れた山を直しながら、生き埋めにされた人々を助けていたわ。
敵ではないけれど、王宮の呼び出しには応じない、自由すぎる魔法使い。
人々は彼のことを親しみを込めて『モラトリアム魔法使い』と呼んでいたのだけれど……やっぱり、本人は気に入ってなかったのね。
わたくしは、あまりの展開に驚いて呆気に取られそうになりながらも、気を取り直して質問を続けた。
「問う。なぜあのような場所で奴隷になっていたのか」
すると、魔法使いは悪気なく言う。
「面白そうだから、魔国探検でもしようと思って。でも失敗して囚われてしまったんだ」
「あなたね、なぜそんなに勝手気ままなことばかり……! まあいいわ、次の質問に行きますわよ?」
「どうぞどうぞ」
まったく……どうにも度し難い人物だわ……
わたくしは居住まいを正し、コホンとひとつ咳払いをすると、質問をする態勢に入る。
「問う。わたくしの喉に呪いをかけたか」
「呪いではありません、王女様。これは祝福ですよ」
「祝福ですって!? これのどこが祝福だというの?」
「嘘つきを見つける祝福です。現在の王女様は嘘発見器のような状態にあり、嘘つきを目の前にすると、声が出なくなるのです」
「そ、そんなッ! ……んんッ、ということはお前、今この場で嘘はついていないということになるわね……」
「仰せの通りです。わたくしは嘘偽りは申し上げておりません」
何ということですの!?
それではまるで、ジャマナ王子殿下が嘘つきみたいじゃない……
いいえ……いいえ、わかっていたことですわ。
きっとあの王子殿下はわたくしを襲わせ、味方の振りをしているのでしょう。
すでに婚約関係にあるわたくしに対して、いったい何故そんな小細工が必要なのかわかりませんけれど、気を抜いてはいけないんだわ……
「姫様、またお爪を噛んでおりますよ」
「あら、ごめんなさいサーラ。気づかなかったわ」
考え事に没頭すると爪を噛んでしまうのは、幼少期からの悪い癖だ。
今ではほとんど治ったと思っていたけれど、あまりの重責に悪癖が再発してしまったのね……
「問う。わたくしの祝福を解呪できるのか」
「解呪はできませんよ。祝福なんですから。まあ、しばらくすれば効果は薄まるでしょう」
「あなたね! ……で、そのしばらくって言うのは具体的にどのくらいですの?」
「さあ……1週間から1年ってとこですかね?」
「はあ!? お前、いい加減におし!! わたくしは、重大な責任を持ってこの魔国に嫁がなければいけないのですよ? 王子殿下の前で声が出なければ、交渉も何もできないではありませんの!」
「すみません、あのときはそれしか方法が無かったもので、後先考えずに祝福してしまいました」
な、何なんですの!? この殿方は……
王宮に上がらなかったのは、何か信念があるのかと思っていたけれど、もしかしたら単に無責任なだけだったのかもしれないわね。
人が良いから、困った人には手助けしてくれていたということかしら?
わたくしは、どっと疲れてしまい、魔法使いヴィルジェニー・イレイスの出鱈目っぷりに目をつぶることにした。
「やってしまったことは仕方ありませんわね……お前、これからどうするつもりなの? ニルヴァーナに帰るなら、アトマに送らせますわよ」
「お気遣いありがとう、王女様。でも大丈夫です。自分で帰れますので」
「そんなことを言って、お前は奴隷になっていたじゃないの。わたくしはニルヴァーナの王族として、お前を保護する義務があるのです!」
「真面目だなぁ……ではアトマさんを紹介してもらっていいですか? 帰るかどうかは別として」
「そうですわね、サーラ、アトマを呼んでくれるかしら……え、ちょっと待ちなさい。帰るかどうかは別ですって?」
「はい、魔国とニルヴァーナを移動する秘訣を聞きたいと思いまして」
「あのね! ……はぁ、もういいわ。そうだ、まだ聞きたいことがあったのよ。いいかしら?」
「どうぞ、何でもお答えします」
「お前以外にも、魔国にとらわれている者は居るの? なにか噂を聞いたことはあるかしら?」
ジャマナ王子殿下の配下の者たちは、人間狩りをするような口振りだったわ……
強がって露悪的な物言いをしていただけかもしれませんけど、念のため確認すべきでしょう。
わたくしの真剣な様子を見て、ヴィルジェニー・イレイスは居住まいを正す。
「王女様に申し上げます。私の弟子を取り返してくださいませんでしょうか」
やっぱり居るんじゃない!!
わたくしは叫び出したい気分を抑えながら、ドアの外に待っているであろう魔国の王子殿下に、そろそろ言い訳が必要だわ……などと別の心配をしていた。
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「あの奴隷はどうしたのです? 貴女の身が心配で気が気ではありませんでしたよ」
あの後、魔法使いヴィルジェニー・イレイスは、アトマと連れ立ってニルヴァーナ王国に向かった。
そしてわたくしも身繕いをし、しつこくドアの前に居たジャマナ王子殿下を、誰も居ない居室に迎え入れる。
まあ当然、そのようなご指摘は受けるだろうと思っておりましたので、サーラときちんと打ち合わせは出来ておりますわ。
「おき……あり……ゴホッ! しば……ら……」
「失礼いたします。姫様は奴隷の処分を手づからいたしまして、お疲れでございます。しばらくは、疲労が解消されるまでお休みになりたいとのことでございます」
「そうか、ではウィノナ、私もしばらくここに居よう」
居なくていいのに! ……と思いながらも、わたくしは微笑んで軽く頷く。
ですけれど、ずっと王子殿下に居られると声が出せなくて本当に困るわ……
さっき閉め出してしまったので、さすがにもう出て行けとは言えないし……一体どうすればいいのかしら?