第57話 慌ただしい準備
いよいよ三日後、女学校の設立式が行われる。
女学校前に領民を集め、女学校の運営開始を宣言する。そして、学長がベルであること、教師としてアグネスが働くことを知らせる。
加えて、そこで俺とベルは離婚宣言を行う。
わざわざめでたい場で離婚発表をすることにしたのは、不仲による離婚説を打ち消すためだ。
「当日の衣服はどうなさいますか?」
そう聞いてきたのはルイだ。俺と恋人になってからも、こうして変わらず使用人として働いてくれている。
「ガブリエル様は、縁起よく、派手な衣服がいいとおっしゃっていましたが」
「……いや、母さんが言う派手な服は、さすがに派手すぎる」
派手好きの母さんにとっては、普通が既に派手なのだ。
その母さんがわざわざ派手と評する衣服を俺が着こなせるはずがない。
「無難なやつを選んでくれ」
「分かりました。他の方の衣服の色とも調整して選ばせていただきますね」
ぺこりと頭を下げて、ルイは部屋を出て行ってしまう。
……恋人って、こんなもんか?
なんかこう、もっと……ないのか?
正式な離婚はまだだとはいえ、恋人になったのだから、ルイの態度がもっと甘くなるものとばかり思っていた。
しかし、実際はそうではない。
ルイは照れているのだろうか。それとも、こちらが素なのだろうか。
「プレゼントでもあげればいいのか?」
いや、物で釣るのはどうなんだ?
悩んでいると、再び扉が開いた。
「ルイ! 戻ってきて……母さん?」
そこに立っていたのは可憐な俺の恋人ではなく、インパクトのある母親だった。
「ルイじゃなくて悪かったわね」
「べ、別にそんなこと言ってないだろ」
「あら、そう」
言いながら、母さんは勝手に部屋のソファーに座った。
離婚報告から数日は落ち込んでいたものの、今ではすっかりいつも通りだ。
「ルイは本当にいい子ね。働き者だし、よく気が利くわ」
母さんは最近、前以上にルイのことを気に入っている。
もしかして、俺とルイの関係に気づいているのか?
でも、気づいてたら、なにか言ってきそうだよな。
母さんは、ルイが男だということをちゃんと知っている。ルイの元主人がここを訪ねてきて、大騒ぎしたからだ。
そして母さんはルイの性別を知った前後で、特にルイに対する態度は変わっていない。
「ところでコルベット、あの子をどうするつもりなの?」
「え? どうするって、そんな、まだ……」
「まだってなによ。あの子がここにきて、もうずいぶんと経つじゃないの」
そっちか。付き合ってからだと勘違いしちゃっただろ。
「ああ、それはそうだな。でも、どうするっていうのはなにをだ?」
「あの子の立場よ。ここで働いてくれているけれど、正式に雇っているわけじゃないわ」
「あ……」
そういえば、そうだった。
特に命じたわけでもないのに、働き者のルイが使用人として働いてくれているだけだ。
もちろん、それに応じた給料は支払っているが。
「ベルと一緒に、ジゼルもここを出て行くわ。正式に使用人として雇ってもいいし、コルベット個人の秘書にしてもいいと思うわよ」
「分かった。考えてみる」
俺がそう言うと、母さんは部屋を出て行った。どうやら、用事はそれだけだったようだ。
それにしても、ルイを何の名目で雇うか、か。
俺としては別に、働いてもらわなくたっていいけど……。
ルイは働き者で、その上器用だ。掃除は元々得意だったし、料理人に教わって、最近はちょっとした料理ならできるようになったという。
しかも、商家で働いていたため、文字の読み書きと簡単な計算ならできる。
「秘書っていうのも、いいかもしれないな」
これから俺も、いろいろと忙しくなっていく。
そんな中でどうせ頼るのはルイなのだから、それに相応しい役職を与えるべきだ。
「秘書ってことにすれば、堂々と連れまわせるしな」
うん、それがいい。
どこにでも連れまわせるってことは、今度の女学校設立式でも、俺の隣にいるってことだよな。
俺の衣装なんてどうでもいいが、ルイにはちゃんとしたものを着せてやらないと。
女物を選んでも、男物を選んでも、きっとルイなら文句も言わずに着るだろう。そして、何を着ても似合うはずだ。
よし。
サプライズで、ルイにぴったりの衣装を用意してやろう。
それと同時に秘書にすると伝えれば、ルイはきっと喜んでくれるはずだ。
俺は慌てて部屋を出た。まだ、母さんの背中が見える。
「母さん! 早急に、仕立て屋を呼びたいんだが!」