第54話 ファーストキス
ルイが、力強く俺を見つめている。
普通、キスを待つ時って、目を閉じるんじゃないのか?
いや、普通なんて知らないけど。
正直、まだ頭の中が上手く整理できたわけじゃない。
だけど、俺の中で明確なことが一つある。
俺は、ルイが俺以外の誰かを愛することが嫌だ。
今、ルイが俺のことを好きじゃなくなったら、俺は立っていられなくなるかもしれない。
この先のことなんて分からない。けれど今、俺はルイに支えられている。
そして、俺だって、ルイのことを支えてやりたいと思う。
初めて出会った時、ルイを守りたいと思った。
その気持ちは今も変わっていない。
「ルイ」
名前を呼ぶ。ルイが一瞬だけ、泣きそうな顔をしたような気がした。
ルイだって不安なんだ。
そう思うと、愛しさが一気にこみ上げてくる。
覚悟を決めよう。これ以上悩んで、ルイに辛い思いをさせるわけにはいかない。
そっと、ルイの頬に手を伸ばす。
情けないことに、俺の両手は震えていた。
非モテな俺は、もちろん誰かとキスをするのは初めてだ。そりゃあ、ギャルゲーなんかじゃ、数えきれないほどしてきたけど。
まさかファーストキスの相手が、男の娘になるとは……。
「俺と、恋人になってくれ」
そっと、ルイの小さい唇に自分のそれを重ねる。
ルイの唇は柔らかくて、そして、生温かい。
これがキスってやつか……。
ゆっくりと口を離すと、瞳に涙をためたルイと目が合った。
「コルベット様……っ!」
俺の名前を呼んで、ルイが勢いよく抱き着いてくる。
ルイの頭を撫でてやると、ルイは声を上げて泣き始めた。
「よかったぁ……っ!」
俺の胸に、ルイがぐいぐいと顔を押しつける。
俺に恋人になろうって言われて、俺にキスされて、嬉しくて泣いてるんだよな。
ルイは本当に、俺のことが好きなんだ。
「僕、頑張りますから。頑張ってずっと、綺麗で、可愛くいられるようにします。
できるだけ長く、コルベット様に愛してもらえるように」
健気なことを言って、ルイは笑った。
「……ルイ」
見た目が変わっても、ルイに全く同じ気持ちを抱き続けているかは分からない。
でも、きっと、ルイがどれだけいかつい男になったとしても、ルイを守ってやりたいという気持ちは変わらないだろう。
「それを言うのは俺だ。俺も、お前にずっと好きでいてもらえるように、頑張らないとな」
ルイは美人だ。男にも女にもモテるだろう。俺と違って、ルイは恋人なんて選び放題のはずだ。
それなのに、ルイはこんな俺を選んでくれた。
しかも俺は、きっとどこかで、ルイが向けてくれる好意に甘えていた。
そんなんじゃだめだ。
俺自身も、ちゃんと努力しないと。
「コルベット様」
「なんだ?」
「恋人らしく、甘えてもいいですか?」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「今日は、コルベット様と一緒に寝たいです」
きらきらとした目で、ルイが俺を見つめてくる。
もちろん、断るはずがない。
ない……が。
恋人同士が一緒に寝るって、そういうことか? いや、さすがに、付き合った初日にそういうことなわけないよな?
俺が混乱していると、ルイがくすっと笑った。
「冗談です」
「じょ、冗談かよ……」
「一応まだ、コルベット様は既婚者ですし」
一応、というところを強調してルイは言った。
確かにその通りだ。
正式な離婚発表はもう少し先になるのだから。
「コルベット様、これからは恋人として、よろしくお願いしますね!」
◇
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
扉を開くと、ベルが立っている。
「どうかしたか?」
「おめでとうございます、コルベット様。ルイから、話は聞きましたわ」
俺を見て、ベルがにやにやと笑う。なんだか照れくさくて、すぐに目を逸らしてしまった。
「ルイとコルベット様なら、きっといい恋人になりますわ」
「ありがとうな、ベル。わざわざ祝いにきてくれたのか?」
「それもありますけれど、一つ、報告がありますの」
「報告?」
ベルは姿勢を正し、真っ直ぐに俺を見つめた。
「わたくし、離婚と同時に、ジゼルを愛していると公表することにしますわ。
女性を愛していると、はっきりと公言します」
「ベル……」
日本と同じく、この国ではまだ同性婚は認められていない。
そんな中で、ジゼルを愛していると宣言するのはとても勇気がいることだろう。
「女の子同士でも結婚できる未来を作りたいの。だからそのために、公表することにしたわ」
女子教育推進だけでなく、ベルは同性婚設立のための活動をするつもりなのだろう。
本当、すごい奴だな、ベルは。
「コルベット様の前妻は女好きだと、悪く言われてしまうかもしれないわ」
「悪く言われたら、お前たちを一番応援していたのが俺だと教えてやるよ」
そう返すと、ベルはくすっと笑った。