表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/62

第53話(ルイ視点)ここでキスして

 僕が差し出した手を、コルベット様はじっと見つめている。

 すぐにこの手をとってくれるとは思っていなかったけれど、やっぱりちょっと悲しい。


「僕は男で、その上貧しい平民です。でも、僕は貴方の恋人になりたい」


 コルベット様の瞳をじっと見つめる。逸らしてはいけない。今日は、気持ちを全部伝えると決めているから。


「……俺は」


 コルベット様の声は震えている。


 ああ、本当にこの人は優しい。


 無理ならさっさと断ってしまえばいいし、少しでも気があるのならあっさりと頷いてしまえばいい。

 僕のことなんて、簡単に切り捨てられる立場にあるのだから。


 でも、コルベット様はそんなことはしない。

 きっと僕は、そういうところを好きになってしまったのだと思う。


「コルベット様。別に僕は、永遠の愛を誓えなんて言ってません。

 前にも言ったでしょう? 試してみるのはどうかと」

「……ルイ」

「そもそも世の恋人たちだって、みんながみんな、永遠の愛を誓えるわけじゃないですよ」


 恋人になったからといって、夫婦になるわけじゃない。

 それに、夫婦になったって別れる時は別れる。


「……でも、もしその、俺が……」

「僕を嫌いになったら、ですか?」

「嫌いになんてなるわけないだろ!」


 反射的にコルベット様はそう叫んだ。きっと紛れもない彼の本音で、僕はそれが嬉しくてたまらない。


「恋人として見れなくなったら、その時は別れるしかない。それだけの話です」

「お前は、それでいいのか?」

「嫌ですよ。もしそんな時がきたら、泣いて喚いて、捨てないでくれと縋るでしょうね」


 もし捨てられそうになったら、きっと僕は全力でコルベット様の優しさに付け込もうとする。


「でも、それでも無理なら、僕は貴方の前から消えます」


 これは嘘だ。たぶん恋人として捨てられても、使用人として傍においてくれと頭を下げるだろう。

 こんなに温かい場所を、僕は他に知らないから。


「ここを出て、お前はどうするんだ?」

「分かりません。でも、生きていく術はあると思います。コルベット様が女性を好きなように、男性が好きな人もいますから」


 狡いことを言っていると、自分でも分かる。

 こんなことを言えば、コルベット様が僕を心配することは明らかなのに。


「……俺は、ルイに出ていってほしくない」

「僕も、出て行きたくないですよ」

「それにお前が……ルイが、他の誰かを特別だと言うのも、嫌なんだ」


 そう言ったコルベット様の頬は、赤く染まっていた。


「……俺を特別だと言ってくれるのは、お前だけだ」


 きっと違いますよ。

 もっとたくさんの人に出会えば、貴方を好きになってくれる人はたくさんいる。

 その中にはたぶん、普通の女の人だっているはずです。


 心の中で思うだけだ。そんなこと、絶対に言わない。


「コルベット様」


 強引にコルベット様の手を握る。

 そして、ぐい、と顔を近づけた。


「貴方が、どうしても僕を恋人として見れないというのなら、僕を好きになってくれないのなら……」


 ごくり、とコルベット様が唾を飲み込んだ。


「僕は、貴方を好きなことをやめる努力をします。

 ただの使用人になれるよう、必要以上に貴方に近づこうとはしません。

 他の誰かを特別に思えるよう、頑張ります」


 コルベット様がぎゅっと僕の手を握り返してくれた。そして、その手はわずかに震えている。


 ごめんなさい、コルベット様。

 でも、こんな言い方をすることしか、僕は思いつかなかったんです。


 本当は、他の誰かを好きになるつもりなんてない。

 もし今日振られたとしても、明日からまた頑張るつもりだ。


 でもそれを言ってしまえば、いつもと同じになってしまう。


「それが嫌だということは、コルベット様も、少しは僕が好きだということでしょう?」


 じっとコルベット様の瞳を見つめる。彼の目に映る僕は、とても必死な顔をしていた。


「先のことなんて聞きません。でも、今コルベット様が僕を受け入れてくれるのなら、今、僕のことを少しでも好きだと思ってくれているのなら……」


 すう、と大きく息を吸い込む。足の裏に力を入れて、しっかりと立つ。


「今、ここでキスしてください」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ