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第51話(ジゼル視点)格好いい人

「ジゼル、ちょっといいか」


 廊下の掃除をしていると、コルベット様に話しかけられた。

 起きたばかりなのかまだ寝間着姿だ。しかも、かなり眠そうである。


「おはようございます、コルベット様」


 とっさに頭を下げたのは、使用人としての礼儀……だけではなく、顔を合わせるのが少し気まずかったからだ。


「なにか用事でしょうか」


 目を合わせないようにしながら聞くと、コルベット様がくすっと笑った。


「俺に気を遣う必要はないからな、ジゼル」

「……はい」

「というか、もっと喜べ。お前の大好きなベルが、ようやく俺と離婚するんだぞ」


 ちら、とコルベット様の顔を見る。

 ちゃんと笑っているし、先程の言葉に嘘はなさそうだ。


「お前の家族のことだが、正式に離婚を発表するのと同じタイミングで、雇用契約書を送ろうと思っている。それでいいか?」

「ありがとうございます、コルベット様」


 コルベット様から見れば、私は妻の想い人だ。そして、二人の離婚の原因でもある。

 そんな私にも、コルベット様はこうして優しくしてくれる。


 離婚後も職を与えてくれるだけじゃなく、家族のことにまで気を配ってくれるんだから。


 ベル様が女学校の学長に就任し、私はその秘書を務めることになっているのだ。


「なあ、ジゼル」

「はい」

「俺が言うのもおかしな話かもしれないが、ベルのこと、よろしくな」


 予想外の言葉に顔を上げると、コルベット様は焦ったように両手を振った。


「悪い。お前に対して言うようなことじゃないよな?」

「いえ、そうではなく……どうして、こんなに優しくしてくれるんですか?」


 コルベット様は男で、その上裕福な伯爵家の当主だ。

 私なんかに優しくする必要はないし、女子教育を推進する必要もない。


「コルベット様は、優しすぎます」


 私やベル様だけでなく、悪徳商人から逃げてきたルイにも、領民であるアグネスやスザンヌに対しても。


 私が今まで生きてきた中で、きっとコルベット様は一番他人に優しい。


「なんだよ、急に。そんなに褒められたら照れるだろ。褒められる機会なんか、全然なかったのに」

「きっとそれは、周りに見る目がない人が多かったんですよ」


 私には貴族のことなんてよく分からない。だから、社交界でコルベット様がどんな風に振る舞っているのかも、どう思われているのかも想像できない。


 コルベット様のよさは、ちゃんと関わらないと分からないのかもしれないな。


 見た目がいいわけじゃないし、なにか目立つ才能があるわけではない。

 だからきっと、華やかな人の中では埋もれてしまうのだろう。


 けれど、身分問わず人に優しくし、他人の幸せのために行動できる人なんて滅多にいないはずだ。


「コルベット様は、すごく格好いいですよ」

「ジゼル……」

「私もいつか、コルベット様みたいになりたいです」


 使用人の家に生まれ、小さい時から働かなければ生きていけなかった。

 仕事を通じて大好きな人に出会ったけれど、立場や性別のせいで、彼女を幸せにしてあげることなんてできないと思っていた。


 自分や家族、そしてベル様のことだけで頭がいっぱいで、他人のことなんて全く考えられなかった。


 でも、ここにきて、いろんな人と出会い、王都でのジャム販売を通じてたくさんの人の気持ちに触れることができた。


 ベル様と一緒に、これからは人のためになにかしたい。


 そんな気持ちが、初めて自分の中に芽生えたのだ。


「……お前、俺にそんなこと言ったってバレたら、ベルに怒られるぞ」


 コルベット様の顔が赤い。


「それも悪くないかもしれません。ベル様に嫉妬されるのは好きですから」

「お前なあ……」


 呆れたようにコルベット様が溜息を吐く。


「まあ、とにかく、俺に変に気を遣う必要はないからな。そう言いたかっただけだ」


 わざわざ、それを言うために話しかけてきたのか。


 人が良すぎて、いつか誰かに騙されてしまいそうだ。


 もしベル様が悪女だったら、今頃財産も何もかも、根こそぎ奪われていたのでは?

 いや、違う。


 コルベット様はちゃんと、見る目がある人だ。


「分かりました。コルベット様には今後、気を遣いません」

「……そう宣言されるのも、なんかあれなんだが」

「冗談です」

「顔が変わらないから、ジゼルの冗談は分かりにくいんだよ」


 使用人が冗談を言えるほど距離の近い領主なんて、きっと滅多にいませんよ。


 そう言おうかと思ったけど、なんとなくやめた。


「あと、屋敷を出ても、たまには遊びにこいよ」

「はい。その時は、美味しいお菓子でもくれますか?」

「分かった。なんか用意してやるから」


 じゃあな、と言ってコルベット様は去っていった。

 その背中を見ながら、彼と出会った当時のことを思い出す。


 最初は、彼が憎くてたまらなかった。

 伯爵家の当主だというだけで、ベル様を妻にすることができる男なんて、憎まない理由がない。


 けれど私は、彼に救われた。


 ベル様と結婚した男が他の男だったら、今頃、私とベル様はどうなっていたのだろう。


 コルベット様。


 心の中で、そっと呼びかけてみる。


 私は貴方に助けられてばかりだ。

 でもいつか、貴方のように他人のためを思って動ける立派な人になれたら……。


 その時は、私と友達になってくれますか?


 きっと、私がそう言えるのはずっと先のことだ。

 でも今は、そんな未来のことを考えて笑うことができる。


 ありがとう、コルベット様。


 何度目かも分からない感謝の言葉を、私はまた胸の中で呟いた。

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