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第46話 未来のために

「領主様! 呼んでくだされば、すぐに私が参りましたのに……!」


 俺の顔を見た瞬間、イーサンが勢いよく頭を下げた。

 いきなり俺がイーサンの家にやってきただけで、彼が謝る必要なんてないのに。


「謝らないでくれ。俺がアグネスに無理を言って、ここへきたんだ」

「ですが……」

「それに、今日はお前に頼みたいこともある」


 俺がそう言った瞬間、イーサンは表情を硬くした。


 いくら領主の言うことでも、納得できなければ従えない。

 イーサンの顔には、はっきりとそう書いてある。


「とりあえず、中へお入りください」

「ああ、ありがとう」





 案内されたのは、イーサン宅の居間だ。

 隅々まで綺麗に掃除され、必要最低限の物しか置かれていない空間はどこか落ち着かない。


「今日は、王都での販売活動について報告にきた」


 アグネス、と名前を呼ぶと、後ろに控えていたアグネスが前に出てきた。

 先程確認した報告書を取り出し、イーサンへ説明を始める。


 既に大体のことは伝えているのだろうが、形式上、必要なことだ。


「……というわけで、王都での販売活動は大成功でした。

 今後も同様の取り組みを続ければ、一定の収入は見込めるかと」


 アグネスが説明を終えると、イーサンは難しそうな顔で頷いた。

 しばらく沈黙が続いたが、イーサンがゆっくりと口を開く。


「今回の販売活動が成功したということは、よく分かりました。私としても、それは喜ばしいことだと思います。

 ……ですが、一回だけの成功で、今後も上手くいくと断言することはできません」


 大きくはないが、しっかりとした声だ。

 誰に対しても、イーサンはきちんと言うべきことを言う。

 そんな男だからこそ、領民たちから信頼されているのだ。


「じゃあ、イーサンは何回成功すれば、上手くいくと思うんだ?」


 俺の問いかけに、イーサンはすぐに答えてはくれなかった。


「……具体的に何回だとは、すぐに答えられません」


 この返答は予測済みだ。俺だって、聞かれても答えられない。


「確かにイーサンの言う通り、一度上手くいったからといって、これからも上手くいくとは限らない。

 でも、このまま何度も販売を続けておいて、いっこうに女子教育が進まなかったら、商品を買ってくれた人たちはどう思うだろうな」


 女子教育への支援にあてると言うから通常より高い金額で商品を購入してくれたのだ。

 にも関わらず俺たちが何もしなければ、騙されたと思うかもしれない。


 最悪の場合、嘘をついて高額な商品を売りつけられた、なんて文句を言われる可能性もある。


「それは……不誠実だと、思われてしまうかもしれません」

「だろう? だからこそ、多少無理をしてでも、改革を進めることが大事なんだ。

 それも、外部の目に見える形でな」


 狡い、と言われても仕方ない。

 俺は自分の意見を通すために、イーサンが反対意見を言えないように話を持っていっているのだから。


「……では、改革を進めたにも関わらず、上手くいかなかった時はどうするのですか?」

「その時は、領主として俺が責任を持つ」


 断言すると、イーサンは小さな溜息を吐いた。


「最初から、領主様の考えは決まっていたんですね」


 その通りだ。どうやってイーサンを説得するかについては考えたが、俺の……いや、俺たちの意見を曲げるつもりはない。


「ああ。責任は俺がとる。だから、イーサンには、他の領民を説得してほしい」

「どのような形で責任をとってくださるのですか?」


 領主として頭を下げるだけでは、責任をとったことにはならない。


 イーサンの目はそう語っていた。

 そうだよな。俺だって、俺の謝罪に、そこまでの価値があるなんて思ってない。


「金だ」


 幸いなことに、俺は金を持っている。

 全ての問題を解決するほどの大金は持っていないが、責任をとるくらいの金はある。


 もし失敗すれば裕福な暮らしが終わり、貧乏貴族になってしまうかもしれない。


 けれど未来のためには、今動かなければいけない。

 王都での販売活動を通じて、俺はそう感じるようになった。


「分かりました」


 イーサンが頷く。そして、ぎこちない微笑みを浮かべた。


「元々私は、金銭的な問題さえ解決すれば、女子教育を推進するということには賛成ですから」

「じゃあ、他の奴らも説得してくれるのか?」

「確約はできません。ですが、私からも話をしましょう」

「イーサン……!」


 ありがとう、と頭を下げると、イーサンも慌てて頭を下げた。


「領主様」

「なんだ?」

「今後も、アグネスのことをよろしくお願いします」


 そう言ったイーサンは、見たことがないほど、穏やかな表情を浮かべていた。

 おそらくこれは、父親としての顔だ。


「私はただ、アグネスには幸せになってもらいたいだけなのです」

「任せてくれ。俺も同じだ」


 俺の言葉に、イーサンは少しだけ驚いたようだった。

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