第42話 やっぱり、離婚したい
「今ので今日の分、全部なくなったぞ!」
俺がそう言うと、レジを担当していたアグネスが満面の笑みを浮かべた。
もうすぐ日が暮れるが、まだ市場は続く。
しかし、この時点で今日の分のジャムが全て完売したのである。
購入者はほとんどが女性客だったが、中には男性客もいた。
もちろん、中には美少女につられただけの者もいる。
だが大半の購入者が、俺たちの活動を応援していると声をかけてくれた。
「今日はもう宿に戻るか」
時間的にまだ王都を観光できないことはないが、全員疲れがたまっている。
案の定、俺の言葉にみんなは勢いよく頷いた。
◇
販売に夢中で、昼食をとる時間がなかった。
もちろん空腹だが、それ以上に疲れていて、なかなか何かを食べようという気にはなれない。
「コルベット様、夕飯、どこかへ行きますか? それとも、ルームサービスを頼みますか?」
俺と同様、いや、呼び込みをしていたからそれ以上に疲れているだろうに、ルイは俺を気遣ってくれる。
やっぱりルイは優しいな。
「今日はルームサービスにしたいんだが。……ルイはどうだ?」
「僕もです。だって、ここで二人きりで、一緒に食べられるってことでしょう?」
可愛い。
こんな可愛いことを言ってくれる子になんて、もう出会えない気がする。
疲れた頭に、ルイの圧倒的な可愛さはよく効く。
俺はぼんやりと頷いて、そのままベッドに倒れた。
「悪い。少し寝せてくれ」
「はい。食事がきたら、起こしますね」
お前もゆっくりしていいんだぞ、と言ってすぐ、俺は意識を手放してしまった。
◇
夕飯を終えてルイと談笑していると、部屋の扉がノックされた。
ルイが扉を開けると、ベルが部屋に入ってくる。
「コルベット様、ちょっといいかしら?」
ベルも部屋で少し休めたのだろう。疲れがとれたのか、すっきりとした顔つきだ。
そして動きやすいように、髪の毛をポニーテールにしている。
やっぱり、めちゃくちゃ可愛いな。
そう思った瞬間、コルベット様、と不満げなルイの声が聞こえた。
振り向くと、ルイが拗ねた顔で唇を尖らせている。
俺とベルが本当の夫婦ではないことは知っているが、それでも俺がベルにでれでれするのは気に入らないんだろう。
「ああ、いいけど」
俺が応じると、ベルは申し訳なさそうにルイを見た。
「申し訳ないけれど、二人にしてもらえるかしら?」
「……分かりました。では僕は、ジゼルさんのところへ行っておきますので」
そう言い残し、ルイは部屋を出て行った。
ジゼルのところへ行く、というのはルイなりの抵抗なのだろう、たぶん。
「どうしたんだ、ベル?」
「改めて話がしたかったんですわ、夫婦として」
「まあ、とりあえず座ったらどうだ?」
頷いて、ベルは俺の隣ではなく正面に座った。
「わたくし、今日の活動を通じて、すごく感動しました。
思っていたよりもずっと多くの人が、わたくしたちを応援してくださったんですもの」
「ああ。俺も、正直驚いた」
意志の強い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。
「最初は、ジゼルと幸せになることだけを考えていましたわ。
でも、いろいろと活動をして、こうして、少しずつ、わたくしの考えも変わったの」
ベルは勢いよく立ち上がった。
「女子教育を推進していきたいと、わたくしは心の底から思うようになったの。
女学校を作って職を得て、ジゼルと幸せになる。
それだけがゴールじゃないって、思うようになったの」
ベルの白い頬が、だんだんと熱を帯びていく。
生気に満ちた瞳が眩しくて、思わず目を逸らしそうになってしまった。
本当、いい女なんだよな、ベルって。
見た目で妻として選んだが、ベルは内面も素晴らしい女性だ。
「これからもわたくし、頑張り続けるわ。そして……」
すう、とベルが息を吸い込む。
きっと、ここからが一番伝えたいことなのだろう。
「女学校設立と同時に、離婚してほしいの」
初めから、俺たちは離婚を目指している。
けれど改めてそう言われると、少しだけ落ち込みそうになってしまう。
「離婚して、ジゼルを……女性を愛していると公表するわ。
自分を偽らず、誠実に頑張りたいの」
ベルは今まで見た中で、一番綺麗に笑った。
「コルベット様には、たくさん迷惑をかけてしまうことになると思うわ。
だけど……お願い。これからも、一緒に頑張ってほしいんです!」
ベルは深々と頭を下げた。
確かに離婚したとしても、俺の支援なしにベルはやっていけないだろう。
「俺の答えなんて、決まってるだろ」
領地で学校を作り、領地に住み続けるのなら、ベルは俺が守るべき領民だ。
領主として、彼女を幸せにする責任がある。
それに俺はずっと前から、ベルを幸せにすると決めているのだから。
「言っただろう? お前も、ジゼルも、全員まとめて幸せにするって」
今の俺、もしかしたらめちゃくちゃ格好いいかもしれないな。
もちろん、見た目以外は、だけど。
「ありがとうございますわ、コルベット様……!」
潤んだ瞳でベルが俺を見つめる。
やっぱりベルには、悲しい顔なんて似合わない。ずっと、こうして嬉しそうな顔をしていてほしい。
「学校を作ったら、離婚しよう」