表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/62

第41話 みんなの思い

「女子教育に対する、支援……?」


 客が目をきょとんとさせた。

 葡萄ジャムと女子教育がどう結びついているのか、全く分からないのだろう。


「わたくしたちは、デュボア伯爵家の領地からきました。葡萄はそこの名産品ですわ」


 ベルが朗々と説明し始めたおかげで、少しずつ周りの人が寄ってくる。

 女子教育、という一見とっつきにくい話題だが、ベルが語ることでみんなが興味を持っているのだろう。


 王都じゃ田舎より女子教育が進んでいるとはいえ、女子教育の話をするのは男ばかりだもんな。


 そんな中で、美少女のベルが自ら活動しているのだ。注目されるのも当然である。


「わたくしたちは今、女子教育のために、女学校設立を目指しています。

 ですが、教育にはやはりお金がかかってしまいます」


 ベルが悲しげな表情になって目を伏せた。


 ……こいつ、もしかしなくても、演説上手いな?


「そこでわたくしたちが考えたのが、こちらの商品です。

 この葡萄ジャムの価格には、女子教育に対する募金も含まれているんです。皆さんがこのジャムを購入してくださることが、わたくしたちへの支援に繋がるのです」


 ベルはジャムの入った瓶を一つ手にとり、高らかに掲げてみせた。


「少しでも、女子教育に関心のある皆さま。

 どうか、力を貸してくれないでしょうか? わたくしたち女性が自立して生きるために、教育は必要不可欠なのです」


 ベルの話を聞いて、興味なさそうに去っていく奴もいる。

 きっと、ベルの見た目だけにつられた奴だ。


 正直、その気持ちも分からないわけじゃない。

 可愛い女の子が小難しい話を始めると、なんか萎えるっていうか……。


 ベルたちが可愛さを前面に押し出して買ってくれと客に媚びた方が、ジャムの売り上げは伸びるかもしれない。

 しかし、それではだめなのだ。


「このジャムは、通常の物より少し高くなっています。

 でもその少しが、女子教育の発展に繋がるのです!」


 ベルが大声で言いきる。

 一瞬、あたりを静寂が包み込んだ。


 ……どうだ?


 どくん、どくんと心臓がうるさい。


 永遠にも一瞬にも感じられる時間が過ぎた後、一人の老婦人が店の前に歩み出てきた。

 そして、ベルを見てにっこりと笑う。


「このジャム、3ついただこうかしら」

「い、いいんですか!?」

「ええ」


 老婦人は頷くと、少しだけ寂しそうに笑った。


「私も若い時、女性でも学校に通えたら……と何度も思ったのよ。

 今の私には知識もなければ、たいしたお金もない。だから、女子教育のために、私ができることなんてないと思っていたわ」


 でも、と老婦人は言葉を続ける。


「これを買うだけで私も、女子教育推進の役に立てるのね」


 老婆の瞳には、わずかに涙がにじんでいる。

 それを見て、俺まで泣きそうになってしまった。


 そうだよな。

 この人みたいに、教育を受けられなかったことを悲しんでいる女性はきっとたくさんいる。


 それでもこの人は、ベルたちを支援しようとしてくれた。

 自分と同じ苦労をしろ、なんて言わずに、ベルたちを救おうとしてくれたのだ。


「本当に、ありがとうございます!」


 ベルだけじゃなく、他のみんなも、何度も頭を下げる。

 いいのよ、なんて言って、老婦人は代金と引き換えにジャムを受け取り、満足そうな顔で立ち去っていく。


 すると入れ替わりで、今度は中年の女性がレジ前にやってきた。


「私もジャム、ください。……1つしか買えないけど」

「そんな! 1つ買ってくださるだけで、本当にありがたいですわ!」


 ベルがそう言うと、女性客の後ろに少しずつ列ができ始めた。

 並んでくれたのは、全員女性だ。


 ……美少女が売れば、ある程度は男が買うだろ、なんて思ってた俺が馬鹿みたいだ。

 今並んでくれているお客さんはみんな、女子教育を少しでも推進したいと思ってくれている人たちなんだ。


 今俺は、初めて自分が取り組んでいることの重みを実感できた気がする。


 きっとこれから、俺たちはいろんな人に注目される。期待だってされるだろう。その分、幻滅されることもあるかもしれない。


 でも、やるしかないよな、ここまできたら。


「コルベット様」


 ルイがこっそり俺に近づいてきた。


「僕、呼び込みに行ってきますね。広場のいろんな場所で、ちゃんと伝えてきます」

「……ああ。でも危ないから、一人では行くなよ」

「はい。分かってますよ」


 頷いた後、ルイが俺の耳元で囁く。


「上手くいけば、コルベット様は先進的な伯爵として、すごく有名になっちゃいますね」


 ルイがお茶目な笑顔を見せてくれた。

 もしかしたら、俺をリラックスさせようとしてくれたのかもしれない。


「ああ、そうだな」


 女子教育を推進した、先進的で領民思いの伯爵。


 そんな風にちやほやされるのも悪くない。

 でも将来、そうやって俺ばかりが評価されるのは絶対に間違っている。


 ベルやジゼル、スザンヌやアグネス、そしてルイ。

 彼女たちがいなければ、俺は今ここに立っていない。

 そして今、葡萄ジャムを買ってくれている人たち。


 評価されるべきなのは、みんなだ。

 みんなの思いがあるから、俺はきっとこれからも頑張っていける。


 すう、と大きく息を吸い込んだ。

 新鮮な空気が肺を満たし、気づけば俺は笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ