第39話 広場見学
「ここが王都……!」
馬車を下りた全員が、うっとりとした目で周囲を見回している。
周りを見れば、人、人、人。
とにかく人が多い。
道には様々な店が並んでいて、少し先にある広場には露店がある。どこも賑わっていて、明るい声で満ちている。
すごいエネルギーだな。
穏やかな領地に比べ、ここは活気がすごい。
やはり、人が集まる場所には特別な力が宿るのかもしれない。
修学旅行で東京へ行った時も、似たようなことを考えたっけ。
俺は東京の大学に通っていたが、出身は九州の田舎だ。元々、都会には慣れていなかった。
って、まずいまずい。
俺が王都に見惚れてどうする。
領主として、みんなを率いる立場だというのに。
「まず、そこにある宿にいらない荷物をおく。それが終わったら、広場に行くぞ」
広場にある露店は、毎日同じ店というわけじゃない。
役所に申請書を出して一定額を払えば、誰でも自由に店を出すことができるのだ。
もちろん俺も、事前に申請してある。
販売期間は明日からの3日間だ。
「市場の雰囲気を観察して、明日からの販売にいかすぞ」
おー! と全員が声をそろえた。
日頃はこんなことをしそうにないアグネスですら、だ。
やっぱり、みんなテンションが上がってるな。
「持ってきたジャム全部売るつもりで頑張ります!」
スザンヌが言うと、全員が力強く頷いた。頼もしい限りだ。
「ああ。次の販売はいつだ、って客に言わせないとな」
上手くいく、という確信があるわけじゃない。
しかし、ある程度の自信はある。だって、俺にはこんなにもたくさんの美少女がついているのだから。
◇
荷物をおいて広場に移動すると、人の多さにまた驚かされた。
遠目からでも賑わっているのは分かったが、かなりの密度だ。
「ジゼル、はぐれないように手を繋ぐ必要がありそうだわ」
「アグネス、はぐれないように手繋ごうよ!」
積極的な女子たちが、それぞれ意中の相手の手をとる。
まるで夏祭りみたいだ。いや、女の子と夏祭りに行ったことなんてないから、分かんないんだけど。
ちら、とルイへ視線を向けると、ルイはくすっと笑った。
「僕、人混みが怖いんです。よかったら、手を繋いでくれませんか?」
人混みが怖いなんていうのは、100%嘘だ。恋愛初心者の俺にも、それくらいのことは分かる。
でも、嘘を嘘だと指摘しなきゃいけない、なんて義務はない。
「……ああ。それは大変だな」
そう言って、俺はルイの手を握った。
小さくて華奢な手だ。とても、俺と同じ男の手だとは思えない。
でも、ルイはこれから、どんどん成長していくんだよな。
ルイはまだ、少年、と呼ばれるような年齢だ。
これから身長は伸びるだろうし、体格だって立派になっていくかもしれない。
いつまでも、男の娘でいるとは限らない。
ルイと恋愛的な意味で向き合うってことは、そういうこともちゃんと受け入れるってことだ。
背が伸びて、もし筋骨隆々になったとしても、俺はちゃんとルイを可愛いと思えるのか?
「コルベット様、見てください。美味しそうなケーキが売っていますよ」
ルイは俺の手を軽く引いて、反対側の手で近くにある屋台を指差した。
どうやら、カップケーキの店らしい。
胡桃とチョコレートがのせられたカップケーキは小ぶりで、歩きながら食べるのに向いている。
「食うか?」
「いいんですか?」
「ああ」
みんなもいるか? と聞こうとして後ろを振り返り、俺は思わず溜息を吐いた。
誰も、俺たちのことなんて見ていなかったのである。
ちゃんと視察って分かってるのか? 全員、デートを楽しんでいるようにしか見えないんだが。
でもまあ、楽しんでいるなら、それでいいか。
「俺たちだけで食うか」
「はい!」
屋台の主人に声をかけ、カップケーキを2個注文する。
髭面の店主はかなり愛想がよかった。
「デート、楽しんでくださいね」
そう言いながらカップケーキを手渡される。
デート……に見えてるのか、俺たちは。
まあ、傍から見れば、ルイは完全な美少女だもんな。
俺の方がつり合わない、って思われてる可能性は高いけど。
「僕たち、デートに見えるんですね」
俺からカップケーキを受け取ると、ルイは嬉しそうに笑った。
その笑顔が可愛くて、やっぱり胸が高鳴る。
男だから……なんて頭じゃいろいろ考えるけど、結局、心はルイにときめくんだよな。
この世界で出会って、唯一俺を好きになってくれたのがルイだ。
そしてきっと、俺のことを一番必要としてくれている。
「見てください、コルベット様。やはりどこの屋台も、店主の愛想がいいですね」
「ああ、そうみたいだな」
「こうした場では、どうやらお客さんとのコミュニケーションも大切みたいですね」
しかも真面目だ。
正直、文句のつけどころがない。
……俺が絆されるのも、時間の問題かも。