第34話 前世知識(オタク知識)
「教育改革をしつつ、すぐに経済的な利益を出す……か」
椅子に座り、頭を抱える。なかなかいいアイディアが思い浮かばないのだ。
「これってまあ、元の世界でもよくある問題かもな」
身近な例でいくと、大学進学の時もそうだった。
大卒の方が生涯年収は高くなると分かっていても、受験費用や学費が払えずに大学受験を諦める人もいた。
目先のことばかりを気にして、なんて言えるのは恵まれた人間だけだ。
そして領主である俺は、恵まれた立場で恵まれた発言ばかりするわけにはいかない。
「労働力が減ると、その分仕事がまわらなくなる。
仕事がまわらなくなると、他人を雇うために金を払うか、生産量を減らすしかないよな」
結果的に家庭の収入が減り、場合によっては生活苦に陥ることもある。
そんな状況では、女学校の設立を反対する領民がいてもおかしくない。
「うーん……あっ!」
ふと、俺はあることを思い出した。
フェアトレードである。
俺も別に詳しいわけじゃないけど、スーパーとかでたまに見かけたし、社会の授業とかでやった記憶がある。
確か、他の商品と比べると少し割高になるものの、生産者にちゃんと金を払ってる……みたいな制度だったよな。
「俺はまあ、あんまり買えなかったけど」
金に余裕のある人ならともかく、俺はしがない普通の男子大学生だった。
物を買う時に、自分の懐事情より顔も見えない生産者を優先できる余裕はない。
「でも、気分がいい時とか、金がある時はたまに買ってたんだよな」
俺には縁がなかったが、常にフェアトレードの商品だけを買う意識高い系の人だってそれなりにいるはずだ。
「同じ物でも、どう売り出すかが大事なのかもしれないな」
呟いて、今度はコラボカフェのことを思い出した。
美味しくない……どころか不味い料理を高値で販売していることもある。
まあ、オタクの俺は、美味しくないと分かっていながらも、何度もコラボカフェへ足を運んでしまったわけだが。
要するに商売においては、売り出し方がかなり重要なのだ。
これを利用して、領内の商品に付加価値をつけられないだろうか。
「女性の社会進出・女性の教育に力を入れている……って、絶対、売り出しポイントにはなるよな?」
王都では、田舎よりも女子教育を求める声も大きいと聞く。
「それに、うちには美少女も多い」
彼女たちが生産者だと顔を売ることで、俺のような美少女好きの男に高値で商品を売りつけられるかもしれない。
「物は試しだよな」
うん、と深く頷いて、俺は立ち上がった。
せっかく作戦を思いついたのだから、試さない手はない。
◇
「女子教育を支援する商品を売り出す……どういうことなの、それ?」
俺の考えを話すと、ベルは不思議そうに首を傾げた。
彼女の隣に座るジゼルも不思議そうな顔を浮かべている。
思いついた作戦を共有するため、俺はさっそく二人を部屋に呼んだのだ。
そしてもちろん、俺の隣にはルイが座っている。ルイが俺の横に座りたがったのもあるし、ベルとジゼルが俺の横に座りたがらなかったのもある。
「単純に言うと、何でもいいんだが、商品を普通より高値で売るんだ。そうだな。領内で生産してるジャムでもいいし、ワインなんかでもいい」
「普通より高くしたら売れないんじゃないの?」
「だから、値段以外の付加価値を持たせるんだよ」
とびきりのどや顔を披露すると、隣に座るルイだけが拍手してくれた。
「この商品の売り上げの一部……他の同じ商品より高い分は、女子教育のための資金にすると明言するんだ。
そうすれば、金に余裕があって俺たちの考えを支持する人が買ってくれる」
三人は少しの間黙り込み、俺が言っていることの意味を考え始めた。
俺にとっては当たり前の考え方でも、三人にとっては新鮮な発想なのかもしれない。
「それ、いいかもしれないわね」
最初に頷いたのはベルだった。
「それで儲けた分のお金で、領民たちを支援するんでしょ? 教育をちゃんと受けられるように」
「ああ、そういうことだ」
伯爵家の金だけで領民を支えることはできないし、無理を続ければ教育制度を変えるどころか、デュボア伯爵家自体が潰れてしまう。
そのため、外部から資金を得ることは極めて重要なのである。
「それにコルベット様だけじゃなく私たちが主体的にその活動をすることによって、女性の社会進出にもなる、ってことよね?」
「ああ。ベルの言う通りだ。ベルたちがこの活動に参加すること自体が、いい宣伝になる」
女子教育のために、なんて言いながら、活動の中心になっているのが男ばかりでは説得力がない。
「しかも、ベル様のように華やかな方が動けば、人々の心を掴みやすいでしょうね」
ジゼルがそう口にすると、ベルがうっとりとした視線をジゼルへ向け始めた。
「ジゼルみたいな美人の方がきっとみんなの心を掴むわ。わたくしからすると、ちょっと複雑だけど」
「……私だって同じ気持ちですよ、ベル様」
二人が黙って見つめ合い始めたため、俺はわざとらしく咳払いした。
「悪いけど、いちゃつくのはよそでやってくれ」
いちゃつくなんて……! とさらにいちゃつき始めた二人には呆れるしかない。
「成功すれば、きっとコルベット様の名声も高まりますよ。先進的で、素晴らしい領主だと」
俺の隣でルイがそっと囁いた。
心酔したような眼差しで見つめられると照れくさいし、少しだけルイのことが心配になる。
「コルベット様なら、絶対大丈夫ですよ」
そう言って笑ったルイは、抱きしめたくなるほど可愛かった。