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第31話 2つの契約

「……返さない、と言われても、あの子は私が買ったんですよ」

「買った?」

「住み込みで働くことが決まった時に、あの子の両親にはずいぶんとお金を渡しましたからねえ」


 こいつ、今度は金をゆすろうとしてるのか?


「あの子は仕事を放り出し、一人で逃げたんです。私としては、はいそうですかと、許すことは難しく……。分かるでしょう? 他の者に示しがつきませんし」


 下卑た笑みを浮かべて、男が俺を見つめてくる。


 こいつの要求は分かりやすい。

 ルイを返すか、返さないのなら、その代わりに金を払えと言っているのだ。


「分かった」


 俺が頷くと、ジェームズは驚いたように目を見開いた。もう少しごねると思っていたのだろう。


 正直、こいつの要求を受け入れたくない気持ちはある。

 しかし、ルイのことを考えれば、こいつとは早めに縁を切るのが一番だ。


「金を渡す。代わりにお前には、二度とルイに近づかないという誓約書にサインしてもらう」


 誓約書に違反すれば、俺はこいつを堂々と訴えることができる。さすがにこいつも、伯爵である俺とそこまで対立することは避けたいはずだ。


「そこで待っていろ」


 こんな奴に、俺の家に入ってほしくない。

 冷ややかな声でそう言うと、ジェームズはつまらなそうな顔で頷いた。





「ほら」


 右手でジェームズに誓約書を渡し、左手で金貨の入った麻袋を見せつける。

 何か言いたそうな顔をしつつも、ジェームズはおとなしく誓約書にサインした。


「……書きましたよ」


 俺が誓約書を受け取ると、ジェームズは乱暴に俺の手から麻袋を奪った。


「それにしても、たかが使用人にここまで金を払うとは。よっぽど気に入ったんですね」


 ジェームズはにやにやと笑い、俺に一歩近づいてきた。


「伯爵様が望むなら、美しい少年を他にも紹介しましょうか? ルイだって、いつまでも少年でいられるわけじゃないでしょう」


 ジェームズの発言に、目の奥がちかちかする。

 こいつは本当に、どうしようもないやつだ。


「帰れ、お前にもう用はない」


 話したところで分かり合えないし、分かり合いたくもない。

 俺の反応がつまらなかったのだろう。ジェームズは軽く頭を下げると、馬車に乗って去っていった。


 彼の家には、ルイと同じように、苦しんでいる少年たちが他にもいるのかもしれない。


 想像すると胸が痛んだが、俺は全ての少年を救えるような立場にはない。

 今払った金だって、正直、痛くないと言えば嘘になる。


「ルイのところに戻らないとな」


 ゆっくりと息を吐く。あんな男のことは忘れよう。俺は、ルイとしっかり向き合わなきゃいけないんだから。





「ルイ」


 中庭に戻ると、ルイはベルに支えられて立っていた。

 その身体は震えていて、目はじっと地面を見つめている。


「ほら」


 ジェームズからもらった誓約書をルイへ渡す。

 そこには金と引き換えに、彼が二度とルイに近寄らないことが明記されている。

 書面を確認すると、ルイは勢いよく顔を上げた。


「コルベット様、あの、こんな金額……」


 正直、平民が一生かかっても返せるかどうか分からない額だ。


「金のことはいい」

「……でも」

「じゃあ、代わりにお前も、俺と契約してくれ」


 ルイは顔を上げて、じっと俺を見つめてきた。

 緑色の瞳が、陽光を浴びて美しく煌めく。涙で濡れた瞳が、宝石のように見えた。


 やっぱり、めちゃくちゃ可愛いんだよな。

 こんなに可愛いのに男だなんて、今でもまだ脳が混乱している。

 でも、男だろうと女だろうとルイはルイだし、可愛いものは可愛い。


「これからは、俺には本音で話してほしい。ルイが何を考えてるのか、何を思ってるのか、ちゃんと知りたいんだ」


 ルイにはきっと、俺の他に頼れる人なんていない。

 だからこそ俺が、ルイを全力で守ってやるんだ。


「コルベット様……じゃあ、僕、これからもここにいていいんですか」

「ああ」


 ルイの瞳から涙があふれてくる。

 そして、ルイは勢いよく俺に抱き着いてきた。

 あまりの勢いに倒れそうになるが、そこはなんとか、両足の裏に力を入れて踏ん張る。


「女だって勘違いされてるんだって気づいて、でも、本当は男だって言うのが怖かったんです」

「……男だったら、俺が見捨てると思ったのか?」


 ルイは少しの間黙ってしまった。


「まあ、それもちょっと、ありますけど……」


 やっぱりあったのか。

 まあ、そうだよな。男でも、全く同じ対応をしたとは言えないし。


「僕、思っちゃったんです。コルベット様みたいな人に愛されたら、幸せだろうなって」

「え?」

「優しくて、穏やかで、一緒にいると、安心できて」


 ぎゅ、とルイは俺の手を握った。


「要するに僕、好きになっちゃったんです。コルベット様のこと」


 ハンマーで頭を殴られたみたいな衝撃に、どう答えればいいか分からなくなってしまう。

 ルイが俺を好きなんだろうということには気づいていた。

 まあ、今だって、ルイの気持ちが純度100%の恋愛感情ではないだろうと分かってはいるけれど。


 俺、生まれて初めて告白されたな……。


 しかも相手は、超絶可愛い子だ。夢にまで見たシチュエーションである。

 ただ一点、相手が男だという点を除けば。

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