第30話 大切なこと
ルイが男だった、という事実があまりにも衝撃的過ぎて、何を言えばいいのか分からない。
ルイも黙り込んで俯いてしまった。
「コルベット様」
ベルが近寄ってきて、俺の腕をそっと引っ張った。
「その、どうしたらいいかしら? とりあえず、コルベット様にお伝えするからと、門の前で待たせているの」
「え? あ、ああ……」
そうだ。今はとりあえず、何をすべきかを考えなければいけない。
ルイの元主人……ルイを襲おうとした奴が、ルイを探してこの屋敷までやってきているのだ。
「俺が話をしよう。ベルは、ここでルイと一緒にいてやってくれ。会いたくないだろうからな」
俺の言葉に、ベルは安心したような顔で頷いた。
「あ、あの、コルベット様……」
俺が歩き出すと、背後から小さい声で呼びとめられた。ルイである。
振り向くと、ルイは泣きそうな顔で俺をじっと見つめている。
「あの、僕、ずっと、ずっとコルベット様を騙していて……」
ルイの瞳から涙が溢れ出した。
ルイの泣き顔を見ていると、心臓がきゅっと締めつけられる。
ルイが男だろうと女だろうと、俺は、ルイの泣き顔なんて見たくないんだ。
「大丈夫だから。とりあえず、ここで待ってろ」
正直、もっと早く言ってほしかった、という気持ちはある。
でも、ルイが俺に悪意があって、男であることを黙っていたわけじゃないことは分かる。
「ベル、ルイをよろしくな」
ルイに聞きたいことも、言いたいこともある。
でもまず俺がすべきなのは、ルイの元主人をここから追い返すことだ。
◇
ベルが言った通り、屋敷の前に一台の馬車が止まっていた。
そして、馬車のすぐ近くに、一人の男が立っている。
「おお、貴方がデュボア伯爵様ですか」
俺と目が合うと、男はそう言って頭を下げた。
「ああ」
男……ジェームズの年齢は40歳前後といったところだろうか。かなり立派な体格で、日に焼けていることもあってやけに威圧感がある。
わりと整った顔立ちをしているが、胡散臭い目をしている……と思うのは、俺が彼に悪意を持っているからかもしれない。
やたらと派手な服を着ていて、首や腕には豪華な飾りをつけている。
どうやら、かなり裕福な商人らしい。
「私、ジェームズと申します。今日は私の使用人が、こちらへきているという話を聞いてやってまいりました」
「……らしいな」
「ルイ、という少年です。いやあ、申し訳ありません。少し厳しく注意したところ、怖がって逃げてしまいまして。使用人の教育は難しいですね」
じわじわと、ジェームズが一歩ずつ距離を詰めてくる。
値踏みするような視線がめちゃくちゃ不愉快だ。
「いるんでしょう? ここに」
ジェームズは、ルイがここにいることを確信しているようだ。
「ああ。ルイはここにいる。俺の聞いた話だと、厳しく注意されたどころじゃなかったらしいけどな」
精一杯の目力で、ジェームズを思いきり睨みつける。
しかしジェームズには、たいした効果はない。
「なんと。まあ、所詮、使用人の言うことですよ。自分に都合のいいことを言っているだけです」
「……お前の言葉が真実だと証明できるのか?」
俺がそう言うと、ジェームズは呆れたように溜息を吐いた。
「よほど、ルイが気に入ったようですな。もしかして、もう試されましたか?」
「は?」
「伯爵様は新婚だと聞いていましたが、まさか、少年を楽しむ余裕がおありとは。さすがにこの話が広まれば、伯爵様も奥様も困るのでは?」
もしかしてこいつ、俺がルイと身体の関係を持っていて、だから俺がルイを庇っていると思ってるのか?
その上で、俺を脅してるのか?
確かにジェームズの言う通り、新婚の俺が美少年を寵愛している、という噂が出回るのはまずい。
領民たちからの信頼を失うかもしれないし、社交界での評判だって落ちるだろう。
「私は使用人に厳しくしてしまい、その結果使用人が逃げた。お優しい伯爵様は一時使用人を保護し、反省した私に彼を返した。……それでいいでしょう?」
ジェームズが口の端を上げて笑った。
おとなしくルイを返さなければ妙な噂を流すぞ、と俺を脅しているのだ。
俺は今後、女学校設立へ向けて動く予定だ。そのためには、領民の賛成も必要になってくる。
そんな状況で、悪い噂を流されたくはない。
でも、だからといって、分かりましたとルイを返せるはずはないのだ。
ルイをこいつに返せば、ルイはどうなる?
今度こそ、ルイはこいつにいいようにされてしまうだろう。
そんなの、絶対に許せない。
「ルイは返さない」
俺が断言すると、ジェームズは驚いたように目を見開いた。
俺が、脅しに屈するような男に見えたのだろうか。
俺は、ルイを守ると決めた。
その気持ちは、一度だって揺らいでいない。
ルイが男だろうと、女だろうと、関係ない。
大切なのは、俺にとって、ルイが心底大事だってことだ。