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第28話 知的美人お姉さん

 なんとか無事に、授業が終わった。

 終わりました、と報告にきた時のベルは疲れきっていたが、同時にすっきりとした顔をしていた。


「今日の学びが、みんなに何かしらの変化を与えていれば、俺は嬉しい」


 その言葉で挨拶を締めくくると、一斉に拍手が送られてきた。

 先程は退屈そうにしていた少女も、今はきらきらと瞳を輝かせている。


 ベルのおかげだな、きっと。


「気をつけて帰るように」


 はい、という元気のいい声が聞こえる。

 部屋の奥に控えていたジゼルが退室を促すと、みんなが部屋を出て行き始めた。


「あの、領主様」


 そんな中で、一人だけ俺に声をかけてきた子がいる。

 アグネスだ。


「少しお時間をいただいてもいいでしょうか?できれば、その……二人きりでお話したくて」


 囁くような声で言って、アグネスが身を寄せてくる。

 身体が触れ合いそうになって、慌てて俺は一歩後ろへ下がった。


 いや、今のは不可抗力なんだから、逃げる必要なんてなかっただろ!


 とっさの判断に悔やんでいると、背後から鋭い視線を感じた。ちら、と振り向くと、頬を膨らませたスザンヌがこちらを見ている。


 この視線、俺に対してなのか? それとも、アグネスに対してなのか?


「だめ、ですか?」

「だめじゃない」


 即答してしまった。

 いや、仕方ない。だってアグネスは、かなりの美人なのだ。


 俺の好みはどちらかというと、可愛らしい年下だ。

 けれど、セクシーなお姉さんの魅力に抗えるほど、強靭な精神は持ち合わせていない。


「じゃあ、こっちに……」

「はい」


 さすがに俺の部屋へ連れ込むのはまずい。

 というか、密室は避けた方がいいよな。


 悩んだ結果、中庭へアグネスを連れ出すことにした。外なら、二人きりで話をしても問題はないだろう。





「時間を作ってくださり、ありがとうございます」


 アグネスが深々とお辞儀をする。さらさらの黒髪が揺れて、ふわり、と甘い香りがした。


「いや、こっちこそ、参加してくれて助かった。アグネスには、簡単な内容だったと思うが」

「重要なのは内容ではありません。学べる機会を作ってくれたことが、私は嬉しいのです」


 目が合うと、アグネスは控えめに微笑んだ。

 もちろん色気はある。けれどどこか弱々しい雰囲気も纏っていて、それがさらに彼女を魅力的にしていた。


「女学校を作りたいと、そう思っておられるのですよね?」

「ああ。アグネスはどう思う?」

「私としては、とても嬉しく思います。何度、男に生まれていたら、と望んだか分からないくらいですから」


 アグネスはイーサンの娘だ。平民ではあるが、金銭的に不自由はしていない。

 もしアグネスが男なら、領内の学校にはもちろん通っていただろう。本人が望めば、王都へ進学できていたかもしれない。


「私はもう、学校へ通えるような年齢ではないかもしれません。でも今後、私のような思いをする子が減ると思うと、すごく嬉しくて」

「アグネス……」

「私は近々、結婚させられると思います。行き遅れの私に、良縁があるかは分かりませんが」


 もし望まぬ結婚をすれば、アグネスはどうなってしまうのだろう。

 妻が勉強をすることをよしと思わない男であれば、きっとアグネスは大好きな勉強を奪われてしまう。


「……女学校の教師として職を得ても、それは変わらないのか?」

「領主様……!」


 アグネスは涙でいっぱいになった瞳で俺を見つめた。


「教師になるなら、教えるためにも学び続けてもらう必要がある。つまり、アグネスの勉強費用は、学校の経費ということになるな」

「……そんな。どうして私に、そこまでよくしてくれようと思うのです?」


 アグネスが俺に近づいてきた。

 少しだけ身体が触れ合って、どくん、と心臓が飛び跳ねる。


「俺が領主だからだ。俺の仕事は、領民一人ひとりが幸せに過ごせるようにすることだと思ってる」


 正直、ちょっと見栄を張った。

 アグネスが美人だから、という理由も、十二分にあるからである。


「私、領主様のこと、心から尊敬します」


 アグネスはぎゅっと俺の手を握った。


「父は女学校設立に反対かもしれませんが……私にできることは、何でもしますから」


 アグネスが握った手を引き寄せたせいで、俺の手がわずかに彼女の胸元に当たった。

 しかしアグネスは気づいていないらしく、真剣に俺の目を見つめている。


「アグネス……」


 今、もしかしたら、めちゃくちゃいい雰囲気なんじゃないか?

 年上の美人お姉さんも、考えてみれば最高だよな。


 俺がにやけそうになった、その瞬間。


「二人とも、ちょっと距離が近すぎません?」


 スザンヌの声がして、慌てて振り向く。

 スザンヌの後ろには、ふくれっ面のルイもいた。

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