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第24話 教師候補

「すぐ近くに住んでいるんです。私、急いで呼んできますね」

「えっ? あ、ああ。分かった」


 スザンヌは頷くと、すぐに走っていった。

 可愛らしいワンピースとは不釣り合いの、全速力の走りである。


「領主様、申し訳ありません。うちのスザンヌが……」

「ああ、いや、いいんだ。友人を紹介してもらえるのも、ありがたいことだしな」


 スザンヌが教えてくれなければ、勉強が得意な女の子に出会うことなんてできなかったはずだ。

 だから、彼女が紹介してくれるのはありがたい。


「で、そのアグネスっていうのは、どんな子なんだ?」


 俺の問いに、スザンヌの父親はすぐ答えてくれた。


「イーサンさんの末娘ですよ」

「イーサンの!?」


 驚いて、思わず立ち上がってしまう。

 イーサンは、領民の代表と言っていい男だ。自治会の会長であり、領内では珍しい商家の男である。

 いくら領主の俺であっても、何か領内の大きな決め事をする時、イーサンの意見を無視することはできない。


「確かに、イーサンの子なら、厳しく勉強させられていそうだな」


 彼は少々気難しい男だ。神経質なところがあって、俺はちょっと苦手でもある。

 責任感のある人間だが、融通が利かないところも多い。


「確か年齢は、今年で23歳かと」

「23歳……」


 俺より2つ上だな。


「行き遅れのアグネスと、裏で笑われています」


 いきなり声が聞こえてきて、俺は慌てて振り向いた。

 俺の隣にいたルイも、びっくりしたような表情をしている。


「驚かせてしまって申し訳ありません、領主様。私がアグネスです」

「え、ああ、いや……」


 藍色の髪に、漆黒の瞳。口元にあるホクロが、厚みのある唇を引き立てている。

 少したれ目気味で、どこか気怠そうな雰囲気を纏っている女性だ。

 そして、目のやり場に困るほど、豊満な身体つきをしているのが服の上からでも分かった。


 なんかこう、最近はどっちかって言うと肉体的な意味では控えめな子を目にしてたからな……。


 セクシーなお姉さん、という言葉がよく似合う。俺は思わず目を逸らしてしまった。


 これが、年上の色気ってやつか!?


「領主様、この子がアグネスです」

「この子、って……友達、なんだよな?」


 かなり年が離れている気がするけど、という言葉は飲み込んだ。

 女性に年齢の話をするべきではない、というのは、きっとここでも通用する鉄則だろう。


「はい。小さい頃から、アグネスはよく私の面倒を見てくれていて。

 私、読み書きだってアグネスに教えてもらったんです。すごく頭がいいんですから!」

「言い過ぎよ、スザンヌ」


 アグネスが軽くたしねめると、はーい、とスザンヌは不満そうな声で返事をした。

 しかし、アグネスへ向けている視線は限りなく甘い。


「領主様、私、勉強は好きなんです。領主様のお役に立てるほど得意かは、分かりませんが……」

「大丈夫よ! アグネスなら!」

「こら、スザンヌ。今私は領主様にお話ししているのよ」


 はーい、と拗ねたように返事をするスザンヌは子供のようで可愛らしい。

 可愛らしいが、しかし……。


 俺に対する態度と、あまりにも違いすぎないか?

 なんかこれ、デジャヴを感じるんだが……。


「女のくせにそんなに勉強してどうするのかと、お父様にも、お兄様たちにもよく言われます」


 寂しげに微笑み、アグネスは長い髪を耳にかけた。

 それだけで、ものすごい色気が漂う。ごくり、と俺は無意識のうちにつばを飲み込んだ。


「アグネスは、どうしてそんなに勉強するんだ?」

「好きなんです」


 やばい。俺に言われたわけじゃないのに、死ぬほどどきどきする。


 さすがに俺、いろんな子にどきどきしすぎじゃないか? いくら美女だからって、節操がなさすぎる。

 いやでも、美女相手にときめくな、なんて言うのは無理があるよな。


「知らないことを知ることも、分からないことを考えるのも。わくわくするんです」

「そ、そうか」

「はい。でも、それが何の役に立つのかと言われれば、私は何も言えません」


 アグネスは目を伏せ、軽く息を吐いた。


「お父様には、勉強ばかりせず、さっさと結婚しろと言われていますが……」

「もったいないって! ねえ、領主様、お願いです。

 アグネスを先生にしてください。そうすれば、アグネスは大好きな勉強を仕事にできるんです!」


 ああ、そうか。

 勉強が好きでもないスザンヌが女学校の設立にあれほど興奮していたのは、きっとアグネスのためだ。


 ベルは、スザンヌは自由になるための手段を求めているのだと言っていた。

 もしかしたらそれも、アグネスのためなのかもしれない。


「領主様、どうでしょうか……?」


 不安そうなスザンヌの眼差し。そして、縋るようなアグネスの眼差し。


「分かった。教師候補として、ちゃんと考えておく」


 ぱあっ、と一瞬で二人の顔が華やぐ。

 そして満面の笑顔のまま、二人は抱き合った。


 ……いやいや、こいつらはさすがに、ベルとジゼルとは違うよな?

 ただ単純に、仲がいいだけだよな?


 うん。そうだ。きっとそうに違いない。

 友人のことを助けた俺のことをスザンヌは好きになり、そして俺とスザンヌが恋に落ちるのだ。

 目を閉じて、楽しい未来のことだけを妄想した。

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