第23話 甘い瞳
「じゃあ、行くか」
「はい」
ルイが頷いて、俺の後ろをついてくる。小さな歩幅を見ているだけでにやけそうになるのを必死にこらえた。
今日、スザンヌのところへ行く。
屋敷で行う、第一回目の特別授業の話をするためだ。
ベルとジゼルは屋敷で授業の計画を立てている。まあ、実際は俺がいないところで、思う存分いちゃついているに違いない。
女学校設立へ向けて動くということに対しては、母さんも好意的だった。
もちろん、全てが上手くいけば俺とベルが離婚する、なんて話はしていないが。
馬車に乗り込んで、スザンヌの家を目指す。
この辺が珍しいのか、ルイは馬車に乗ってからずっと外を眺めている。
そして、二人しか乗っていないというのに、ルイはずっと俺の隣だ。
なんかこう、可愛すぎるな……。
ルイ16歳で、ベルより2歳若い。俺と比べると、5歳も差がある。
けれど子供と言いきってしまうほど幼くはないせいで、手が触れ合うとどきどきしてしまう。
今日ルイが着ているのは、若草色のワンピースだ。それほど高値な物ではないが、母さんに頼んでいい感じの物を用意してもらった。
母さんとしては、ルイを屋敷へおいておくのは大賛成らしい。
使用人としておいてもいいし、俺の愛人にしてもいい、ということだ。
「見てください、今日は天気がいいですね!」
外を指差し、ルイがにこにこと笑う。ここへきた当初より、ルイはずいぶん明るくなった。
それに俺には特別懐いてくれていて、俺と二人きりの時は、いつもより元気に見える。
「ルイは読み書きならできるんだよな?」
「はい。でも、少しだけです」
「じゃあ、ルイにとっても、いい機会になるといいな」
ルイはちゃんとした教育を受けたわけじゃない。しかし商家で働く中で、簡単な読み書きと計算は教えられたという。
「お、見えてきたぞ」
家を訪ねることを今日は前もって連絡している。そのため、屋敷の前でスザンヌとその両親が立っていた。
馬車を下りると、領主様! という声で迎えられる。この前と同じで、スザンヌは満面の笑みを浮かべていた。
「領主様、そちらは?」
俺の背中に隠れるようにして立ったルイを見て、スザンヌが首を傾げた。
「あ、えーっと、この子は……」
どう答えるのが正解だ?
新しい使用人? いや、だとしたら、こうやって俺が特別扱いして連れてきてるのは不自然だろう。
でも、庭に倒れてた、なんて言ったら、ルイの事情まで話さなきゃいけなくなる。
たぶん、それは望ましいことじゃない。
これから一緒に学ぶ友達になるかもしれない相手に、嫌な過去を知られたくはないだろう。
「親戚! 俺の親戚なんだ」
「親戚?」
「ああ。しばらく、俺の家で預かることになったんだ。仲良くしてやってくれ」
「まあ、そうだったんですね!」
スザンヌはにっこりと笑って、よろしくお願いします! と頭を下げる。
相変わらず真っ直ぐな笑顔が可愛い子だ。
でも、そういえばなんか、今日は前と服装が違うな。
まあ、事前にくることを伝えてたんだから当たり前か。
以前会った時は、農作業できそうな動きやすい服装だった。
しかし今日は、スザンヌによく似合う萌黄色のワンピースを着ている。
こういう格好も似合うな。
応援したくなる、というか。
洗練された美しさ、というわけではない。着飾ることが不慣れなのか、どこかぎこちない雰囲気もある。
でもそれがかえって、彼女の魅力を引き立てている気がした。
「今日はスザンヌに話があってきたんだ」
「私に、話が?」
「ああ。すぐに女学校設立は無理だが、今度、屋敷で女子向けに勉強会を開こうと思ってる。
簡単な読み書きの予定なんだが、よかったら、どうだ?」
スザンヌはあまり勉強は得意ではなさそうだが、大きな農家の娘だ。さすがに、読み書きくらいはできるだろう。
しかしスザンヌは、すぐに頷いた。
「ぜひ! 私、お友達もたくさん誘いますから」
「そうしてくれると助かる。俺としては、どんどん活動を広げていきたいしな」
ちら、とスザンヌの背後に控える両親へ視線を送った。
先日はあまり乗り気ではなさそうに見えたが、今日は違う。頑張れ、なんて優しい顔でスザンヌの背中を押している。
気が変わっただけか?
まあ、反対されないなら、それでいいけど。
「そうだ。勉強が得意な知り合いはいないか? 女学校の教師になれそうな、女の子の」
ふと教師を探していることを思い出し、軽い気持ちで俺はそう尋ねた。
しかしスザンヌは真剣な表情になり、いきなり大声で叫んだのだ。
「います! アグネスなら、きっと、やりたいと言うはずです!」
スザンヌの声が大きすぎて、思わず耳を塞ぎそうになった。
しかしスザンヌは興奮していて、自分が大声を出したという自覚もなさそうだ。
「領主様、お願いです。どうか、どうかアグネスを!」
「と、とりあえず、そのアグネスに会わせてくれ」
「ぜひ! すぐにつれてきますから!」
にこにこと、スザンヌは心底幸せそうに笑う。
その瞳があまりにも甘い色を帯びていて、俺は、なんだか悪い予感がしてしまった。