第21話 妻の唯一の欠点
「まあ! この子、いったい、誰ですの?」
広間に到着すると、ベルにそう叫ばれた。無理はない。ルイは俺の後ろにぴったりとくっついているのだから。
「昨日、庭に倒れてたんだ。それで俺の部屋で寝かせてた」
「……コルベット様の部屋で? この子を?」
じろり、と睨まれた気がして、俺は慌てて首を振った。
別にベルに対して言い訳をする必要はないのだが、変な勘違いはされたくない。
「ただ寝かせてただけだ。なあ、そうだよな、ルイ?」
「……はい」
「それで、だ。着替えとか風呂とか、いろいろベルが指示してやってくれないか? 俺じゃたぶん、分かんない部分もあるし」
ルイだって、男の俺じゃ言いにくいこともあるだろう。
「分かったわ。服はわたくしの物を着てもいいし。ジゼル、この子の入浴を手伝ってあげてほしいのだけど」
「ま、待ってください!」
ルイがいきなり大きな声を出したから、俺も驚いてしまう。
「そ、その、入浴くらい、一人でできますので」
「別に、遠慮しなくていいのよ?」
「い、いえその、遠慮ではなく……」
ルイが助けを求めるように俺を見てきたが、これに関しては俺もベルに同意だ。
昨日、ルイは庭に倒れていた。ぐっすり休んだから大丈夫だとは思うが、風呂場で一人にするのは少し怖い。
「えっと……その、身体を見られたくないのです」
「身体を? ジゼルは女だぞ?」
「あ、いえ、それはその、えっと……痣や傷が、とても多いので」
ぎゅ、とルイは自分の身体を両手で抱き締めた。
痣や傷が、とても多い?
それってたぶん、昨日今日とかの話じゃないよな。
「分かった。風呂は一人で入ってもいい。でも、ちゃんと傷は手当するんだぞ」
「コルベット様……ありがとうございます!」
「ジゼル、浴室へ案内してやってくれ」
ジゼルが頷き、ルイを連れて広間を出て行った。
「コルベット様、今度はあの子を好きになりましたの?」
急に耳元で囁かれ、俺は驚いて飛び跳ねてしまった。
そんな俺を見て、ベルはくすりと笑う。
「本当に、惚れっぽすぎるわ」
「い、いや、別にまだ、好きになったとか言ってないだろ。その、そういうんじゃないし」
「本当に?」
「ああ。なんていうか、あれだって。守ってやらなきゃ、みたいな」
ルイはあまりにもぼろぼろだ。好きになっただとか、好きになってほしいだとか、それ以前の問題である。
「やっぱりコルベット様は優しいわ」
俺の目を真っ直ぐに見つめて、ベルがにっこりと笑う。
ああもう、なんか、本気で悔しいけど、やっぱりベルはめちゃくちゃ可愛い。
「朝食、あの子の分も用意してあげないといけませんわね」
微笑んで、ベルは厨房へ向かった。おそらく、料理人たちに指示を出しているのだろう。
ベルは俺の妻……この屋敷の女主人として、しっかりと使用人たちを扱えるようになってきている。
それでいて、まだ俺の母がいるから、でしゃばるようなことはしない。
本当に、ベルはいい妻だ。
俺を愛してくれないという一点を除けば、だが。
◇
「ありがとうございました」
ジゼルに連れられて戻ってきたルイは、まるで別人のようだった。
ベルの服を借りたのだろうが、サイズが合っておらずぶかぶかだ。それがいっそう、俺の庇護欲を刺激する。
「なんか飲むか? あ、朝食もちゃんとあるからな。ベルがあまり重たい物は避けるべきだって言ったけど、肉とか魚もあるし」
テーブルの上に並べたルイ用の朝食は、しっかりと煮込んだスープと柔らかい果物だけだ。
あまり食べていない時に、がっつりとした物がよくないのは俺にも分かる。
でもこう、なんか、肉とか魚とか、なんでも食わせたくなっちゃうんだよな。
華奢で可愛い、を通り越して、ルイの細さは非健康的だ。
「いえ。その、これで大丈夫です。というか、これを全部、食べてもいいんでしょうか?」
上目遣いで見つめられ、俺はすぐに頷いた。
「もちろん。足りなかったらいくらでも用意するからな」
ルイは瞳を輝かせ、いただきます、とスープを飲み始めた。一口飲むたびに、美味しい、とか、温かい、なんて感想を呟いているのがいじらしい。
「コルベット様、少しいいですか」
ルイが夢中でスープを飲んでいる間に、ジゼルが俺の背後に近づいてきた。
こんな時ですら、ベルの視線がめちゃくちゃ痛い。
「なんだ?」
「……傷の手当をしたのですが、おそらく、あの子は虐待を受けていたのだと思います」
囁くように言うと、ジゼルは俺から離れていった。
薄々そうだろうとは思っていたけど、やっぱりそうか。
不意に目が合って、ルイは控えめに微笑んだ。
こんなに可愛い子を虐待するなんて、絶対に許せない。
美味しい物を食べさせて、温かい暮らしをさせてやりたい。
この子も、俺が幸せにしてやらないとな。